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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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18.大きな幸せと小さな幸せ

 シン・ユーへ渡す飴は結局あれからも毎日作って渡している。結婚式の準備などで疲れていないと言えば嘘になるが、私がシン・ユーに出来る事はこれしかないので、周囲の心配を押し切って作っていた。

 疲れた状態で作るのはよくないと毎日メイ・ニャオが手伝ってくれる。ありがたくて涙が出そうだった。


 多分忙しいのも今だけだろう。結婚式が終われば正式な妻となり、夢の絢爛豪華な貴夫人生活が待っているのかもしれない。……いや、別に贅沢三昧な生活を望んでいる訳ではないが。


 結婚式の準備期間は三ヶ月目となり、婚礼衣装(三着目)の仮縫いに立ち会ったり、披露宴中の礼儀について学んでいたりと目の回る毎日を送っていたが、少しずつ父親への手紙も書いていた。


 大華輪国からハイデアデルンへ手紙を送る場合、配送料に五十万ジンも掛かるのだ。何故かと言えば、二つの国には国交が無く、何か送る時は個人で通信局に申し込まなければならないので、五十万ジンという高額が請求される訳だ。


 私がハイデアデルン国から持って来たお金は全部で三十万ジン程だった。父親への手紙はシン・ユーとの結婚が決まったその日に書いていたが、リー・リンから驚きの配送料を聞かされて仰天・絶望し、その手紙も机の中で眠っていたのだ。


 今、私の個人の財産総額は二百万ジンと膨れ上がっている。

 これは勿論蜂蜜のど飴を作って稼いだお金だ。

 セコセコと作っていた期間は二ヶ月ちょっとであったが、その後も着想料と呼ばれるお金(一月に二十万ジン位)が私の所に届くようになっている。そんなお金と販売していた飴代が積もりに積もって短期間で二百万ジンという大金になっていたのだ。


 私はそのお金を商会券という、ハイデアデルン国で換金出来るものを発行してもらい、手紙の中へ同封した。返品したら絶対に許さないという一言を添えて。


 それから返事が届いたのは一ヵ月後だった。

 配送料が高いので、何も問題がない限り返事は要らないと書いていたのに、父は律儀にも手紙を送り返して来たのである。


 正直に言えば父の近況はとても気になっていた。大華輪国へ来てから半年以上経っているが、私だけ贅沢な暮らしをしていて、心のどこかで後ろめたいと思い、罪悪感も覚えていたのだ。


 その気持ちは父への手紙に書く事で随分と軽減されていたが、全て無くなった訳ではない。

 震える手で手紙を開封し、中に目を通す。


 手紙には私の健康と豊かな暮らしを喜ぶ文面と、半年間の父親の奮闘が記されていた。


 あれからハイデアデルンにあるライエンバルド家のお屋敷は国の資産扱いとなり、父は早々に追い出される。そんな父を助けてくれたのが、昔城で一緒に働いていた文官仲間だったとか。その元同僚は空いている独身寮を貸してくれて、尚且つまた一緒に城で働かないかと誘ってくれたが、父は何故か断ってしまったらしい。

 多分、あの温厚な父にも思うことがあったからだろうが、その複雑な心情は小娘な私には推し量ることなど難しいように感じた。


 そして父親は、体を悪くしていた原因にもなっていた印刷所と新聞配達の仕事を辞め、再就職に乗り出した。


 五十三歳の中年とは思えない思い切りの良さである。


 それから住み込みで働ける職場を探していたが、五十代のおっさんを住み込みで雇ってくれる仕事はなかなか見つからず、暇を持て余す毎日を送っていたと記されていた。


 無職生活も二ヶ月、三ヶ月となると、普通の人は不安に思うが、父はなんとかなるさというお気楽な思考で毎日を生きていたとか。やはり、一度没落を経験している人は違うなと思った。


 父は「人生成るように成る」という仕組みが出来ているのだとよく言っていた。あれやこれやと心配をするよりも、時の流れに身を任せていれば何とかなるよね、というお気楽思考。私にはとても出来ない考えだが、それでなんとかなっていた父は本当に凄い人だと考える。


 ――幸福も不幸もその人の心持ち次第で変わるんだよ。


 何の気なしに聞いていた父の言葉が、今になって深く心の中に染み渡る。前向きに生きれいれば、いつかは光在る場所に辿り着けるのかもしれない、そう、思いながら。


 そんな父の前にとある事件が起こったのが無職生活四ヶ月目。

 やっと見つけた住み込みの食堂での面接に行く途中に災難に遭ってしまう。


 あと数分でその食堂へと到着をしようとしていた所に、道端で苦しそうに蹲る妊婦が居たのだ。傍には小さな男の子が居て、おろおろとするばかりで半泣きになっていたという。


 父はそのまま見ない振りをすることが出来なかったからか、面接に行かずに妊婦を助けてしまった。もちろんその後に遅れていった食堂は面接をする前に不採用。時間も守れない人を採用する職場がある筈がない。


 このような自分の都合を後回しにするような行動ばかりするから、父は損な役回りばかり押し付けられ、自分が苦労をする人生を歩んでしまうのだろう。だが、父はそれを損だとは思っていない。実の父親ながら不思議な感性を持っているものだと感心してしまう。


 ところが、ある日父親の元に一通の採用通知が届いたのである。裏面に書かれていた商会名には勿論心当たりは無い。


 何かの間違いではないかと思いながらも、採用通知に書かれた職場に行ってみれば、そこは大きなお屋敷であり、更に中から出てきたのは父が助けた女性だったのだ。


 父は女性を病院へと連れて行ってから慌てて面接へ向かったが、経歴などが書かれた書類を病院の待合室に忘れて行っていたのだ。そして、それを見た女性のご主人が是非うちで働いて貰おうと言ったので、見事に採用が決まったという、なんとも気持ちの良い話だった。


 父はその就職先で執事をやっているという。雇い主はアルフォンソ・ベルンハルトという、ハイデアデルンの大手宝石商の商会長で更に驚いた。


 三食美味しい食事が振舞われ、温かい部屋も用意されている。一緒に働く使用人達は親切で、雇い主であるベルンハルト家の夫妻は人柄が良く、坊ちゃんはとても素直で可愛い。生まれたばかりのお嬢様も元気にすくすくと育ち、お世話の手伝いが出来ることを喜びに感じているという。


 最後に父の「おかげさまで満たされた幸せな日々を送っています」という一文を読んで、体の内側からこみ上げてくるものがあった。


 王都・千華の夜空には星が無い。

 染料を焚いた時に出る煙が原因で上空は常に曇り空で、夜もまた同じような状態なのだ。

 祖国ハイデアデルンも曇天が続く国であったが、この千華はそれの更に上を行く曇り具合なのだ。


 私が母親から貰った星は、この国には無い。大華輪国に来たばかりの頃の私はその話を聞いてから、父親を置いてきた罪悪感と相俟って酷く落ち込んでいた。


 毎日夜になれば星の無い空を見上げ、心の中で故郷に帰りたいと弱音を吐いていた。

 曇りきった夜空がハイデアデルンでの夜空と良く似ているから余計にそう思ったのだろう。


 だが、手紙を全て読み終える頃には、心の中にあったモヤモヤは全てなくなっていた。


 私の中の迷いは、この手紙のお蔭で払拭されたのだ。


 ◇◇◇


 父親のことで安心出来たからといって、この忙しさが楽になる訳は無かった。


 今日も役に立たない私を罵る義母の叫びが部屋の中に響き渡る。


「リェン・ファ!! 招待状の返事の整理が終わっていないってどういうことなの!?」

「あと、少し」

「他にすることは沢山あるのよ!! もっと急いで」

「うん。ごめん」


 結婚式の日にちが近付くにつれ、義母の荒ぶりは激しさを増していた。大華輪国の結婚式は盛大に行うらしく、その家族は準備に多大な金と労力をつぎ込むのがお決まりなのだ。


 シン・ユーともここ一ヶ月位会っていない。


 結婚式の後に一週間お休みがあるようなので、その一週間にするお仕事を夜遅くまでせっせとしているらしい。


 武官なのに体を動かすこと以外で仕事があるのかと首を傾げていたが、シン・ユーは光禄勲府という、禁中(この国の王宮みたいなもの)の門戸宿営を司る職に就いており、前に呼ばれていた中郎将というのは郎中を統率する立場にあるとシャン・シャが教えてくれた。


 その為、シン・ユー自体が門番をするという訳ではなく、そのほとんどは執務室みたいな所に引き篭もって書類整理を行っているのだとか。


 そんな訳で病弱なシン・ユーが武官に就くことが出来ていた理由がたった今発覚した。


 夕食を摂り、その後も義母と披露宴の打ち合わせを行って、食堂へメイ・ニャオと一緒に蜂蜜のど飴を作りに行く。

 その全てが終わった頃にはフラフラな状態で布団に倒れこみ、泥のように眠るのだ。


 翌朝、昨日の疲れが完全に取れない体に鞭打つようにして、起き上がる。


 また、忙しい一日の始まりだと背伸びをしてから、両手で頬を打って気合を入れた。


 少しだけでも疲労が取れるかもしれないと、渾身の傑作である小さな泉を覗き込んだ。


「――!?」


 そこには水色の布に葉っぱの刺繍、レンの花の箸置きがあるだけのものだったが、何故か新たに鳥の置物が追加されていた。


 真っ白の陶器で出来た水鳥は可愛らしい顔つきをしている。これは箸置きではなく、観賞用に作られた品だろう。


 この水鳥の置物と相まって、手作りの泉は凄まじい癒しの力を発揮してくれる。私の中の疲労感は一気に吹き飛んで行った。


 しかし、一体誰が、と思ったが、昨日の夜勤はリー・リンでこの泉の存在を知っているのもリー・リンだけだ。恐らく彼女が夜中に忍び込んできて、置いて帰ったのかもしれない。全く、愛いことをしてくれる。


 朝食後、足取り軽く廊下を歩いていると、偶然夜勤明けのリー・リンとすれ違った。


「あ、リイリン!!」


 私はリー・リンの手を両手でぎゅっと握り、感謝の気持ちを伝えた。


「リイリン、ありがと!」

「はい?」

「鳥、かわい」

「鳥? なんの」

「リェン・ファ! 早くこちらにいらっしゃい!」

「おかーさん、ちょっと、待って!」


 ゆっくり話をしたかったのに、途中で義母に呼ばれたので中途半端な感じで会話も終わってしまった。


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