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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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17/70

17.人生そんなに甘くは無い?

 ――ついに完成した。見るがいい、私の麗しき泉よ。


「何ですか、これ」

「ええっ!?」


 製作期間一ヶ月程要したあるものを、自信満々にリー・リンへと披露した。ところが、なんとなく想像はしていたが、思った以上のナニソレ的な冷たい反応に肩を落とす。


 私が忙しい毎日の暇を見つけて作っていたのは、寝台の近くにある小さな丸い机に掛ける卓布テーブルクロスだ。

 水色の布を使い、丸い緑の葉っぱをいくつも刺繍して、最後にシン・ユーから買って貰ったレンの花の箸置きを中心に添える。ザン家の庭にあるような池を布と刺繍と箸置きで作ったという訳だ。


「ナニそれ、チガウ! 綺麗!」

「はあ、葉の刺繍はお見事ですが、何故箸置きなんですか?」

「シンユウ、買った」

「旦那様が!? では、こんな安い作りに見えて値が張るものだと?」

「三百ジン

「……」


 この国でレンの花は人気があるらしく、宝石や金・銀細工、彫刻などの模型となっているらしい。

 ところが、リー・リンからしてみたら、ザン家の奥方が何故このような安物で満足をしているのかということが疑問だったとか。


「私、貧乏貴族」

「……そんな話をハイデアデルンからの移動中にしていましたね。すっかり忘れていました」


 リー・リンは私の家庭事情を知る数少ない使用人だ。こちらに物怖じすることなく、何でも言ってくれる性格は気持ちがいいし、年も近いので何でも話せる妹みたいな感じに思っている。


 ただ、この小さな池の素敵さを分かって頂けないとは非常に残念だ。


「カワイイ、のに」

「……」


 大華輪国出身の人に、この小さな池の可愛らしさは理解して貰えないのだろう。この先寝室に使用人以外の誰かが入ることも無いので、自分一人の癒しの場にすることに決めた。


 ◇◇◇


 朝食の後リー・リンとの勉強を行い、メイ・ニャオの礼儀講習を受けた後、シャン・シャに話があると言われ、使用人達が使う休憩所へと移動をした。

 男性と二人きりになるのは良くないことなので、メイ・ニャオにも同席して貰う。


「シャン・シャ、ナニ? どしたの?」

「それが、ですね」

「うん」

「奥様が作っている蜂蜜飴のことです」

「!! シンユウ、怒った?」

「いえ、違います」


 私がこっそりメイ・ニャオと作っていた蜂蜜飴は、シャン・シャの実家の商会で売れ残っている品だと言って、毎日三個ずつ渡していた。シン・ユーも特に疑問を持つことなく、受け取っていたらしい。本当に飴を毎日舐めていたかは謎だが。


 それにしても一体何が起こったものか。シャン・シャは気まずい表情を浮かべたまま、こちらを見ていた。


「ナ、ナニ? 早く、言う」

「実は――旦那様に追加で蜂蜜飴を発注したいと言われてしまったのです」

「え!?」

「まあ」


 シャン・シャは実家で販売をしていて売れ残っている商品と言っていたので、断ることが出来なかったらしい。

 なんでも喉の調子が悪いと言っていたファン・シーン(シン・ユーの数少ないと思われる親友)に飴を何個かあげたところ、その姪っ子の手にも渡り、大層気に入ってしまったという。そして、その親が買いたいと言って来たのだと。


「何個、作る?」

「……三十個です」

「作れなくもない量ですわね」

「うん。でも、三人、大変。リイリン呼ぶ」

「は、はい。今すぐ呼んできます」


 シャン・シャがリー・リンを呼びに行った間にメイ・ニャオは材料の確保に出掛ける。


 私は一人、使用人達の休憩室で、どうしてこうなったのだと頭を抱える事となった。


 ◇◇◇


 助っ人で来たリー・リンは、ワタワタと動揺するだけだった我々の力強い味方となる。


「――事情は理解しました。まずは簡易的に商会を作りましょう。深く聞かれた時の対策です」

「ああ、そうでしたな」


 とりあえず製作元として小さな商会を設立することになった。商会長は最近お菓子の屋台から独立して店を開くも、悪の巣窟である幻影采公社に潰されてしまったという可哀想なリー・リンの兄の名前を勝手に拝借する。


「商会の名前はどうしますか?」

「ウーン。よく分からないだから、リイリン決めて」

「では奥様の青い瞳の色から頂戴して、青空商会チンコン・シャンフゥイと」

「それ、イヤ!!」


 結局メイ・ニャオの決めた金公鼠商会ジンゴンシュ・シャンフゥイという名前になった。シャン・シャの実家の関連商会という扱いにしてもらうようだ。


 それにしても、食品を扱うお店なのに鼠の字が入っていて大丈夫なのかと思ったが、金公鼠という金の毛並みを持つ手の平よりも小さな鼠は、一般家庭でもよく飼われている愛玩動物で、大華輪国の民に一番愛されている可愛らしい生き物だという。ふわふわの毛が魅惑的な生き物らしい。


「あと著作権を取りましょう」

「ナニソレ?」

「自己製作物に関して他人が真似出来ない様に規制出来る権利です。この蜂蜜飴が万が一売れたら、真似して作る商会が出てくるでしょうから念の為に」

「リイリン、サスガ!」


 リー・リンを呼んでよかった。私もメイ・ニャオもシャン・シャもどちらかと言えば、ボケーとしているので、サクサクと有意義な意見を出してくれて助かっている。


「お値段は決めているのでしょうか?」

「いえ、旦那様には実家で詳細は後ほどと伝えているだけでして」

「そうですか。奥様、どうなさいますか?」

「ウーン。一個十ジン位?」

「安すぎます。一個百ジンにしましょう」

「ヒッ!! 一個百ジンする飴、ないよお」

「いえ、商いをする相手が貴人ならば、安すぎても怪しいと思われるでしょう」

「でも、飴、平べったい。安い……じゃない、くて、そ、素朴な味」

「買いたいと言ったのは向こうなので問題ありません。それに商品代からは人件費も頂かなければなりませんから、小数生産という事情を考えると妥当なお値段です」

「……ソウ」


 リー・リンはお兄さんの店で経理を担当していたらしい。なんという頼りになる存在だろうか。


 ずっとリー・リンは年下だと思っていたが、もしかしたら私より年上かもしれないという疑惑も浮上した。見た目は十代前半にしか見えないが、言動などがかなり大人びているからだ。それに大華輪国は童顔大国でもある。皆、見た目より年を取っている人が多いのだ。(一部、老けて見えるシン・ユーを除く)


 今更年齢など聞ける訳もなく、浮かんだ疑問は心の奥底へと仕舞って蓋を閉めた。


「商品名はどうします?」

「蜂蜜飴?」

「普通ですね」

「あ、喉飴! ハイデアデルン、喉飴って言う」

「では蜂蜜のど飴という名前にしましょう」


 これで決めなければならない設定は全て完了した。シャン・シャがシン・ユーに何を聞かれても平気である。


 後はシャン・シャに申請などを頼み込み、飴の製作へと取り掛かることになった。


 数日後。無事に完成をした蜂蜜のど飴達は、三千ジンと交換で旅立って行った。

 今回の報酬は一人千ジン。(シャン・シャはいいと言ったので三人で山分けだった)

 久々の給料に思わず頬が緩んでしまう。


 それからまた、数日が経って、私とメイ・ニャオ、リー・リンの三人で市場に行って屋台街で何か食べに行こうと話している所に、暗い表情のシャン・シャが現れる。


「シャン・シャ、ナニ?」

「奥様、申し訳ありません」

「ん?」

「追加発注が」

「え?」


 旅立って行った三十個の蜂蜜のど飴は、たくさんの人に配られ、喉の痛みを抑えてくれると噂となっていたらしい。


 それからというもの、何十個、何百個と蜂蜜のど飴の注文が入った。もうこうなれば三人でどうにか出来るものではないので、リー・リンの兄と元従業員達を雇って、夜にこっそりと大量生産を始めた。


 私がシン・ユーの為に作った飴は、何故か華族の間の流行となり、街でも話題となって売りたいという商店からの申し出が相次いだ。空気の悪い千華で喉の調子を悪くしている人達は思いのほか多いようだ。

 街に売る分に一個百ジンのものを売りに出すのは悪い気がしたので、リーリンが考えた、蜂蜜の量を減らして、安い包装紙に包んだ一個三十ジンの飴の販売を始める。


 こうなればザン家の厨房でこっそりと作業出来なくなってしまったので、飴の製作をリー・リンの兄が使っていた店に移し、飴の包装をザン家の厨房で行う事となった。


 連日シン・ユーが帰って来る前まで飴の包装に時間を費やし、日が出ている間は大華輪国の勉強に礼儀の講習、義母の友人とのお茶会、お買い物に付き合うなどのお嫁さん業務もこなしていたので、体は限界が近付いていた。リー・リンとメイ・ニャオも同様である。


 そんな生活が続いたある日、げっそりとうな垂れる私を見かねたシャン・シャが、とある提案をしてきた。


「あの、奥様、とても言い難いお話なのですが」

「うん?」

「この業務から退いて、リー・リンの兄君に事業を一任しては如何でしょうか?」

「……うん。ソレが、いい」


 私はもう疲れた。お金なんか要らない。


 シャン・シャの提案に光の速さで同意する。


「奥様、よろしいのですか?」


 リー・リンが不安そうに聞いてくるが、彼女の兄は真面目で働き者の好青年だ。一任しても問題はないと伝える。


 リー・リンの兄のお菓子屋は幻影采公社に潰されたというので、表立った店舗は出さないと決めていた。販売方法は通信局にある私書箱に申し込む形にしている。なので、誰が生産・販売をしているかはバレないのだ。


「リイリン。お兄さん、お願い」

「あ、ありがとうございます」


 リー・リンは私に深くお辞儀をして、礼を述べた。


 ◇◇◇


 それからも私は夜になると蜂蜜のど飴を作り続けている。シン・ユーに渡す為だ。


 そんな私の行動を見たメイ・ニャオは「愛の飴ですわ!」と喜んでいたが、断じて違うと主張したい。


 これは、そう、あれだ。毎日頑張って働くシン・ユーへの感謝の気持ちというか、なんというか。


 自分でもよく分からなかったが、毎日飽きずに飴をせっせと作り続けていた。


 そんな夜が何日か続いた日のこと。

 私は結婚式の準備でヘトヘトになった状態で飴を包装していた。


 この前一緒に行ったシン・ユーの謎のお買い物は結婚式に必要な一式を揃える為のものだったらしい。そう聞けば、あのような高価な布を買っていた理由も分かる。


 今日までにやった事と言えば、手書きの招待状の作成と披露宴で出す料理の手配、招待客の確認など、ほとんど義母が処理をしていて、その手助けをするだけだったが、文字を書くのにも、料理を決めるのにも、大華輪国のあらゆるものに不慣れな私は大して役に立っていなかった。


「――いッ!!」


 厨房の机の上に勢いよく頭を打ちつけ、はっとなる。どうやら少しの間眠っていたらしい。包みかけの飴が一枚割れていた。私の石頭で割ってしまったのだろうか。全く記憶にない。


 包まなければならない飴は残り七個。あともう少しだ、と自分を奮い立たせながら作業を再開した。


 ところが、朝、気が付けば寝台の上で眠っていたのである。


「――?」


 無意識に自分で寝室まで帰ったのだろうか?


 シン・ユーの飴は包んだ後どうしたのか。……残念ながら記憶が全く無い。


 朝食の後、シャン・シャに聞けば、厨房にきちんと包んで置いてあったので、本人に渡したという。


「昨日、厨房、灯りなかった?」

「はい。灯りは消えておりました」

「シンユウ、何か言っていた?」

「旦那様? いいえ?」

「……ソウ」


 もしかしてシン・ユーに運ばれたのでは!? と思っていたが、違うと分かって安心をした。


 こんな風になってしまい、本当に情けないと思う。こうなれば、結婚式が終わるまで飴は買って渡すようにしようかと考えつつ、食堂を後にした。


 私にはやらなければならない事が山の様に残っているのだ。

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