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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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16.シン・ユーの親友。その弐

 桃饅頭を前に、私は「待て!」をされた犬のような状態でいた。ちらりと隣に座るご主人様シン・ユーを盗み見るも、「よし!」をしてくれる気配は一向に感じない。

 こんな状況で食べても、緊張で味がしないことは分かりきっているので、別に構わないが。後で使用人の皆で食べた方が美味しく頂けるであろう。


 それよりも気になるのはシン・ユーだ。いつも以上に口数が少なく、声も嗄れていた。先ほど掴まれた手が熱かった気がして、まさか熱があるのでは!? と勘繰ってしまう。


 客人の前で確認してもいいものか。

 いいや、ここで体調を聞けばシン・ユーの恥になるかもしれない。


 まだ、この国の礼儀を全て学んだわけではなかった。だから、私の早とちりで行動を起こせば、それがザン家の誇りを傷つける事態にもなりかねるのだ。


 前屈みになって咳き込むシン・ユーの背中を、気休め目的で撫でる。このようなことをして、咳き込んでいる人が楽になるわけではない。何も出来ない自分が安心したいからするのだ。病床の母親の看病をしていた時も私は無力で、苦しみを取り除いてやれることは一度も出来なかった。


 やはり、シン・ユーの体は熱い。確実に熱があるのだろう。


 一旦落ち着いたシン・ユーの顔を覗き込む。目は充血していて、顔も仄かに赤い気がする。いつも蒼白気味なので、これは普通の状態ではない。


 咳き込んでいた時に口に当てていたハンカチを確認する。吐血の跡は無い。


 私の母親は肺結核という病気で死んだ。

 母は貴族税を返す為にお金持ちの家の使用人として働き、休日は家族の為に尽くしてくれた。


 そんな大切な母親の異変に、私も父親も気が付かなかったのである。


 微熱が長い期間続いていたが、黙っていたらしいと医者が言った時には驚いた。母は平気な振りをして暮らしていたからだ。


 そういえば、肺結核は空気感染をすると言っていた様な。シン・ユーはよく微熱を出しているとシャン・シャが言っていた。本当に結核ならば一刻も早い診断と治療が必要となるだろう。


 母が医者に掛かった時はもう手遅れだった。


 何故、今まで母親のことで悔しい思いをしていたことを忘れていたのか。何故、助かるかもしれない命を本気でどうにかしようと思わなかったのか。後悔してからでは遅いというのに。


 けれど、シン・ユーはまだ完治不可とされる状態にはなっていない、と思う。母親は発覚後すぐに痩せ細り、沢山の血を吐いていた。シン・ユーはまだ大丈夫、きっと。


「ファン・シーン、ごめん」

「ん?」


 一言、客人に謝ってから私は立ち上がると、扉の外で待機をしていたシャン・シャを呼び寄せた。


「奥様、どうかなさいましたか?」

「――大変!! シンユウが、ホカホカ!!」

「は、はい?」

「シンユウ、ゲホゲホ止まらない。先生、市場にある、先生呼んで!!」

「先生? 占い師のですか?」

「占い、チガウー!!」


 医者という言葉を忘れてしまい、もどかしい気持ちになる。占い師なんか呼んだ所で体の具合が快方に向かう訳がない。

 シン・ユーはまた激しく咳き込み始めてしまった。リー・リンを呼びに行った方が早いのか、そう思っていると、ファン・シーンが私とシャン・シャの間に割って入ってきた。


「リェン・ファちゃんは医者のことを言っているのでは?」

「医者?」

「ハイデアデルンでは、というか、この世界のほとんどの人達は病気になると医者を頼るそうだよ。だからじゃない?」

「ああ、左様でしたか。しかし……」

「駄目だよ。使用人は主人の言いつけを守らなきゃ」

「そうですね。すぐに手配致します」


 シャン・シャは私に医者を呼んできますと言って部屋から出て行った。そう、医者は【イーヂェァ】だ。肝心な時に出ないなんて残念な頭だとつくづく思う。


「大丈夫?」

「!!」


 ファン・シーンに肩を叩かれてはっとした。相変わらず何を言っているのか分からないので、反応に困ってしまう。


 だが、彼のお陰で医者を呼び寄せる手配が出来たのでお礼を言った。


「いいって。あ、シン・ユーを寝台に運ばなきゃねえ」

「?」


 ニコニコと手を振りながらシン・ユーに近付くと、その体を引っ張り揚げて、支えながら客間から出て行く。もしかして寝台へ連れて行ってくれるのだろうか。


「リェン・ファちゃん。シン・ユーの部屋教えて」

「!」


 今の言葉は少しだけ聞き取れたので、お願い通りにシン・ユーの寝室へ誘導した。


 シン・ユーは寝台の上に連れて来られ、雑に布団の上へと放り込まれていた。病人になんてことを。


「シン・ユーのことなんだけどさあ」

「ファン・シーン」

「なに?」

「言葉、聞き取れない、全く。もっと、ゆるく、ゆる、ゆっくり? 喋って」

「あー、はいはい。そういうことね。ごめんごめん。いやあ、リェン・ファちゃん反応が妙だから、早速嫌われちゃったかと思っていたんだよね」

「……」


 その後、ゆっくり喋ることを心がけてくれたお蔭で、ファン・シーンと意志を交わすことに成功をした。


「部屋、移動したほうがいいよね」

「……」


 使用人達が水差しの載った盆と頭を冷やす濡れ布巾を用意して部屋へとやって来た。後の世話は彼らに任せ、私達は再び客間へと戻る事となる。


 ◇◇◇


「ごめんね。シン・ユーいつもあんな感じだからさ、咳き込んでいて、こっちが気にかけても問題無いって言って心配すらさせてもらえないんだ。だから、今日もいつものことかって思って異変に気が付かなくて」

「大丈夫。先生、診る」


 シン・ユーは職場でもあのような状態なのだろうか。気軽に口を聞いて良い相手なのか分からず、頭の中の疑問は宙に浮いたままだ。


 心を落ち着かせようと使用人が新しく淹れ直してくれたお茶に口を付ける。お茶にそのような成分は含まれて居ないが、香り高く、温かな飲み物を啜っただけでそのような気分になれる都合のよい体なのだ。


 ふと手元が寂しいことに気が付く。顔半分の隠す扇が無くなっていた。先ほどの騒動でどこかに放り投げて来たのかも知れない。


「でも、驚いたな」

「?」

「シン・ユーの慌てた顔、初めて見たよ」

「?」

「君らがいちゃついている時の話ね」

「……」


 私が耳打ちをしようとしていた時だろうか。まさかいちゃついているように見えていたとは。なんとも複雑な話である。


「シン・ユーはね、いつもすまし顔で仕事をしていてね。いちいち小さなことを注意して来たりして、とにかく気が短くって、普段からいけ好かない奴なんだ」


 (特に前半部分が)よく分かる!! と賛同したい所だが、どこに誰の耳があるか分からないので、適当に笑って誤魔化すだけに留めておいた。


「僕はね、ここ数年シン・ユーに早く本気を出せよって柔らか~い発破をかけていたんだ。でも、いつまで経っても行動を起こさなくてね。僕、もう諦めちゃってさ」

「?」


 何の話をしているのかが全く分からない。ファン・シーンの先ほどから浮かべていた笑顔は消え、真面目な顔で語りかけている。


「君が居たら、本気になってくれるかな? それとも、もう諦めた方がいいのかなって。ねえ、どう思う?」

「何、意味?」

「――あ!」


 話の意味を聞こうとすれば、真面目な顔は消え去った後で、服のポケットから何かを取り出していた。


「見て見て」

「?」


 小さな正方形の箱から出てきたのは、花の形をした琥珀色の胸飾り? だろうか。とても綺麗な品だったが、七枚ある花弁の一枚がぱっくりと割れている。


「これね、飴なんだ」

「!!」

「姪っ子の為に買ってきたんだけれど、渡してすぐに落として、大泣きされちゃった」

「ソ、ソウ」


 その飴は花を真似て作った品だ。花弁の一枚が割れており、口を怪我するかもしれないからと母親から突き返されてしまったらしい。


「これ、どうすればいいと思う?」

「え?」

「どう考えてもね、捨てるしか無いと思って」

「駄目、捨てる!!」

「でも食べられないよ? 割れた先が尖っているから大人でも怪我するかもしれない」

「先っぽ、炙れば丸くなる。他、料理に入れる、形を作り直す。使い道、いっぱい。人の数だけ、思いつく」


 食べ物を捨てるなんてとんでもないことだ。

 私の無い頭で考えたこと以外にも使い道はあるかもしれないと、力強く伝える。

 私の熱すぎる主張に、ファン・シーンは笑いながら壊れた飴細工をくれた。……別に飴を欲していた訳ではないのだが。


「使い道は人の数だけ思いつく、ね」

「はい?」

「いや、なんでもないよ」

「う、うん」

「そろそろ帰ろうかな?」


 ファン・シーンがその言葉を呟いた瞬間に客間の扉が叩かれ、シャン・シャが医者の診断結果を言ってきた。


「シャン・シャ。シン・ユーは?」

「はい。お薬を吸引して、今は落ち着いております」

「ソウ。病気、分かる?」

「は、はい。いらっしゃった先生は、旦那様は喘息だと仰っておりました」

「喘息?」

「はい。薬を服用していれば完治の可能性もあるとのことです」

「よ、よかったー」


 シン・ユーの病気は、千華に住む人々を苦しめる病の正体だという。大気汚染が原因で発症し、自然完治はほとんど無いと言われている病だという。


「よし。シン・ユーの無事も分かったことだし、僕はお暇いたします」

「あ、何も、えーっと、おも、おもて、ない?」

「もしかしてお持て成し?」

「そう。出来なくて」

「はは。大丈夫、いい話も聞けたし」

「うん。シン・ユー、良かった」

「シン・ユーの話じゃないんだけどね」

「?」


 再びよく分からない話をするファン・シーンを見送って、今日という長い一日は終わった。


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