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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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14.ありがとう、いい薬です

「奥様、飴はこれにお包みになってくださいな」


 蜂蜜飴の製作に付き合ってくれた使用人、メイ・ニャオが綺麗な包み紙を用意してくれた。

 完成した飴は市販品のような丸っこい形状のものではなくて、薄く、平べったい形だ。綺麗な黄金色の飴は蜂蜜を惜しげもなく使っているので、喉のイガイガを抑えてくれるだろう。


「こんな風に包装すればお店で売っている品みたいですわね」

「うん。メーニァオの紙、綺麗」


 この見た目だったら、綺麗な包装紙に誤魔化されてシン・ユーも食べてくれないだろうか? 

 笑顔で受け取ってくれて、食べてくれる姿がどうしても想像出来なかった。


「……」

「奥様、如何なさいました?」

「おや、メイ・ニャオ。影で奥様を苛めているのかい」

「まあ! 違いますわ」


 突然気分が落ち込んでしまった私の前に現れたのは、給仕係のおっさんだ。

 名をシャン・シャという。彼が私の国でいう家令や執事の役割をこなしているらしい。ずっとただの給仕係の下っ端おっさんだと思い込んでいたことを申し訳なく思っている。


「奥様、このメイ・ニャオがお気に召さない行為をなさいましたか?」

「チ、チガウ。シンユウが、この飴食べない、思った」

「飴?」

「奥様が旦那様の為に作った愛の飴ですの」

「……」


 別に愛は特別込めていなかったが、私達の事情を使用人達は知らないので、否定はしなかった。


 シャン・シャが不思議そうに蜂蜜飴を見ていたので、喉の痛みを軽くする品だと説明してあげた。


「ほう! 奥様の祖国の民間療法ですか」

「ソウ。喉痛いの時、蜂蜜舐める」

「それはすばらしい」


 私の国では蜂蜜は高価な品だったので、風邪の時に限定して母親が持って来てくれるのを密かな楽しみにしていた位だ。

 この国では砂糖の代わりに使うらしく、お菓子作りは勿論、お酒を作ったりもするとのこと。特にお肉なんかに刷り込めば食感が柔らかくなるようで、調理の際には重宝しているらしい。ついでに肉の臭みも取れるとか。


「いやあ、蜂蜜は万能薬だとどこかで聞いた事がありましたが、喉にも効くなんて知りませんでしたなあ」

「うん。イガイガ、無くなる」

「こいつは旦那様も大喜びだ」

「……」


 そうだろうか? シン・ユーは私のことをよく分からない言動や行動をする異国人だと思っているので、受け取ってくれないかもしれない。


「奥様、どうして旦那様はお召し上がりにならないと思ったのかしら?」

「そ、それは」


 ど、どうしよう。食べてもらえない理由は単純にシン・ユーに信用されていないからであるが、言える訳が無い。何といい訳すれば良いのか。


「まーた旦那様と喧嘩ですか?」

「あ!! そ、ソウ、喧嘩、した」


 シャン・シャの勘違いのお陰で難を逃れることに成功した。そういえば彼は私がこの家に来た日に後ろで話を聞いていたではないか。もしかして助け船を出してくれたのだろうか。

 ふくよかなシャン・シャの顔を見上げるが、考えていることは全く理解出来なかった。


 ただ、ここで上手く言い逃れ出来たとしても、シン・ユーに何とかして蜂蜜飴を舐めてもらうという名案は浮かんでこない。


 うーん。食事に混入して貰うか。

 いや、その前に蜂蜜を使った品目を出してもらった方が早いか。でも、やっぱり喉がイガイガした時に舐めて貰いたいという気持ちもある。なかなか難しい問題だ。

 頭を抱えて悩んでいると、メイ・ニャオが背中を摩ってくれる。なんて優しい娘なのだ。

 私の深刻な思いが伝わったからか、シャン・シャがとある提案を出してくれた。


「でしたら、わたくしめが朝旦那様に漢方薬ハンファンイャォをお渡しする時に一緒に紛れ込ませておきましょうか?」

「ハンファイヤーヨ? ナニそれ?」

「占い師の先生から頂いた滋養強壮剤みたいです。旦那様は一日に三回服用なさっております」

「ふーん」


 漢方薬、ね。初めて聞く薬だな。また怪しいものをシン・ユーに飲ませてからに。後で詳細をリー・リンに聞かなければ。


「飴、お願い」

「かしこまりました」


 なんとか上手い具合にシン・ユーが飴を舐めてくれることを信じて、作った蜂蜜飴はシャン・シャの手に託された。


 ◇◇◇


 リー・リンの厳しい教育は相変わらずだった。

 だが、そのお陰か大華輪国語はぐんぐん上達をしていっているように感じている。


 三時間の語学の勉強を終え、休憩時間中に漢方薬について訊ねてみた。


「リイリン、漢方薬ナニ?」

「漢方薬ですか? 草の根や木の皮、木の実や薬草などを煎じた生薬のことを言います」

「ふーん。それ、怪しい?」

「どういう意味でしょう?」

「占い師、貰った、言う、怪し、むぐっ!!」


 突然リー・リンに口を塞がれ、がしっと肩を掴まれる。顔を寄せてから耳元で囁かれた言葉は、ハイデアデルンの言葉で話せというものだった。


『リー・リン! 突然何をするの!?』

『人に聞かれたらマズいものなので』

『え?』

『漢方薬とは古来より民間の薬として広まっていましたが、今は【幻影采公社】の独占販売をする薬となっています』


 大華輪国にはその昔、薬師と呼ばれる存在があった。

 薬師は具合の悪い人が尋ねてくると、安価で薬を提供していたという。この国に医師の信憑性が広まっていない理由として、民には頼るべき薬師の存在があったからだとも言われている。


 その薬師がぱったりと突然姿を消したのは百年ほど前で、それと入れ替わりに【幻影采公社】なる商会が設立されたが、関連性は確認出来ていないという。


『幻影采公社の漢方薬はとても高価な品です。街に店舗などはなく、訪問販売で売り歩いているのですが、お金の無い人に借金をさせてまで無理矢理売ったり、病人の弱みに付け込み、薬を売り続けながらお金を毟り取ったりと悪い噂の絶えない商会です』

『……もしかして、占い師と裏で繋がっているとか?』

『……』


 リー・リンの沈黙は肯定を意味する。


『前に貰ったお茶ももしかしてそうなのかな?』

『ええ。あれは漢方茶ですよ』

『そうなんだ。でも興奮作用と利尿作用が凄かっただけの普通の苦いお茶に思えたんだけど』

『健康な人にはそうでしょうね。あれは体の中の悪いものを排出する効能があるのですよ』

『へえ』


 なるほど、なるほど。分からなかった点がすっきりと解決した。

 この国で健康を損なった時に占い師が信用される訳は、裏で援助をしている幻影采公社の提供した漢方薬があるからなのか。


『リー・リンありがとう』

『いえ』

『でも何でこの話が聞かれたらマズいの?』

『……それは』


 リー・リンの表情が一気に曇る。何か言い難い事情があるのか。


『リー・リン、大丈夫だよ。この事は聞かなかったことにするから』


 だから、この話はもう止めよう、と言おうとした時、リー・リンのきつく閉ざされていた口が開かれた。


『……いえ、聞いてください』

『え?』

『命に、関わるかもしれないことです。占い師を怪しんでいるのなら、尚更』

『!?』


 リー・リンは驚くべき事実を語り始めた。


 彼女がハイデアデルン国の言葉を話せる理由として、父親が生まれ育った国だからという事情がある。リー・リンの祖父母はハイデアデルン国で商売をしていたが、治安の悪化に耐え切れず、大華輪国へ帰る事を余儀なくされたのだ。


『それから成人をした父は母の家に婿入りした訳ですが、母方の実家は占いを家業としていました』


 占い師はその家系の男にのみ伝わる一子相伝の秘儀だったが、その家には直系男子が生まれず、リー・リンの父親が跡を継ぐこととなった。


『未来を透視し、災いを退ける力のある占術とは、精霊に祈りを捧げ、体の中の気を練り混ぜ、奇跡の力を具現する神秘の力。それを直系の繋がりのない父が出来る訳が無かったのですが、何も問題はありませんでした』

『どうして?』

『占いによる奇跡と神秘の力など、とうの昔に途絶えていたからです』

『!!』

『大華輪国の占術師は全て紛い存在モノ、お金儲けをするだけの詐欺師なのです』

『や、やっぱり、そうだったんだ』

『あなたは、ハイデアデルン国で育った父と同じです。最初から占い師の存在を疑い、信用していなかった』

『……うん』


 昔は本物の占い師も居たらしいが、幻影采公社の出現により消息を絶ったと言われている。また、占い師の家系とやらも嘘で、幻影采公社の上層部の人間にその役割を任しているという。


『リー・リンのお父さんは?』

『上の人間を詐欺の疑いで告発し、殺されてしまいました』

『!!』


 それからリー・リンの一族は下町に追いやられ、貧しい生活を送っていると言い難いことまで教えてくれた。これは彼女なりの忠告だろうか。私が下手に真相の追究などを行えば、自分の命どころか、ザン家の存亡まで危ぶむことになると。


『リー・リン、ごめんね。でも、話してくれてありがとう』

『……いえ。どうか、父と同じ結末にならないで下さい。行動は慎重に』

『分かった』


 リー・リンの小さな手をぎゅっと握り締めて、私は一人で余計な行動はしないことを誓った。


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