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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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13.シン・ユーとお出かけ。その参

「他に何か必要なものはあるのか?」


 必要なものか。うーん。


 日頃お世話になっているリー・リンや使用人のお姉さん達に、ハイデアデルン国のお菓子を作って贈りたいなあとは思っていたけれど、本日は生憎の無一文。材料を買ってもそれがシン・ユーのお金だったら意味が無い気がする。後で返すと言っても聞きそうにない感じなので、今日は止めておこうと決めた。


 彼女らも仕事で世話をしているだけなので、手作りのお菓子なんぞ貰っても困惑をするということは予測出来ているが、言葉や行動が拙い私に根気強く付き合ってくれるお礼をしたかったのだ。


 今日じゃなくてもまた別の日に買いに来ればいい。そう思ったので、シン・ユーには何も必要ないと伝えることにした。


「必要、ない」

「分かった」


 気が付けば、周囲はほとんど店じまいとなっていた。箸置きで盛り上がっている間にこんなことになっているとは。店主も苛つく訳だ。

 下町付近である市場は早朝から始まり、お昼ごろに終わるとシン・ユーが教えてくれた。

 市場の出口付近には食べ物を売る屋台が軒を連ねている。ここは食品や雑貨を売る店とは違い、お昼過ぎまでやっているとか。


 屋台街に入った途端に人の密度が高くなり、ぶつかって来る勢いで歩く人たちに囲まれる。先ほど痛い目にあった私はシン・ユーの背中の服を掴み、その鍛え上げられた体を盾代わりに先へと進む。


 ここでも珍しい品々が売られていた。


 串に刺さったお肉は香辛料を振ったものと、甘辛い匂いを放つタレに漬け込んだものと二種類売っている。一本五十ジン、驚きの安さである。何の肉かは記載されていないので、少しだけ怪しく思う。

 二件目は小籠包を売る店だったが、蒸すという調理法ではなくて、大きな鍋にびっしりと並べた後に焼くという調理法で売っていた。あのもっちり柔らかな薄皮を茶色い焦げ目が付くまで焼くとどんな食感になるのか気になる所だ。六個で百ジン

 次のお店には、大きな肉の塊がどーんと店先に置いてあった。香草肉という大きな窯に香草を敷いて蒸した食べ物だという。主婦が夕食の一品として買っていくらしい。三枚百五十ジン

 どれもこれも安くてびっくりしてしまう。


 甘味を売る店もいくつかあるようだ。

 串に刺さった果物に飴を絡めた品や餡に蜜を入れて炊いたものに小さなお餅をいれた黒蜜甘汁、丸めて揚げた生地に甘い粉をかけたものなど、甘味処の店が並ぶ付近は魅惑的な香りに包まれていた。


 そんな感じに様々な種類の屋台が並んでいたが、シン・ユーはどのお店にも興味を抱かずに、サクサクと進んでいく。お坊ちゃん育ちなので、外で立ち食いというのはしないのかもしれない。……お義母様は肉包子を普通に立ち食いしていたけれどね。


 そんな感じに人通りの多い市場を抜けると、入ってきた場所にあったような使役動物受け入れの係の人たちが居た。シン・ユーは受付で馬を受け取り、人が少なくなる通りまで引いて歩くと言って先を進む。


 使用人に聞きながら描いた地図も無いので、ここがどこか把握出来ていなかった。もしかしたら診療所があると思い、周囲に気をつけて歩いていく。


「――あ!!」


 あった!! 診療所!!


 病院とは思えないボロい建物に一瞬怯んだが、このような機会はまたとないことだと思って、シン・ユーに声を掛けた。


「シンユウ、ここ、行く」

「は?」


 シン・ユーは私が指差す建物を見て、即座に顔を顰める。訝しいと思う気持ちは分からなくもない。このような朽ちた外見の場所には胡散臭い医師が居そうな気配がプンプンとしているのは私も感じていた。


「この子、見ている」


 馬の面倒は私が見ている。だから診断を受けて欲しい、ここまでは語彙が少なくて言えなかった。


「病院に行けと? 何を馬鹿なことを」


 シン・ユーは私の主張を無視してこのまま帰ろうとしている。それを何とか阻止しようと腕を引っ張るが、逆にこちらがズルズルと引かれてしまうという結果に終わった。


「シンユウ、待つーー」

「しつこい!!」

「帰る、だめ」


 全然駄目だ。私自身が信用をされていないからか、こちらの言う事を全く聞き入れようとしない。

 こうなれば私だけでも先生の話を聞きに行こうとシン・ユーから離れ、診療所の方向へ走ろうとするも、またしても首根っこを掴まれてしまう。


「あのような場所へ何をしに行くというのだ」

「は、離すーー!!」


 シン・ユーも言う事を聞かない私にキレてきているのだろう。だんだんと話すのが早くなっており、言葉の聞き取りが不能となっている。


「先生、診てくれる、体、治す」

「必要ない!!」

「シンユウ、声ガラガラ、治る、よくなる、元気出来る。お願い、先生に診て」

「……」


 首根っこを掴まれた状態で拘束から離れようとバタバタと暴れ、なんとか状況の打破を図ったが、普段から鍛えている武官様に叶うわけも無く、一連の行動は無駄に終わった。


「……」

「……」


 私が途中から大人しくなったのは、シン・ユーの殺気が一段と強まったからではない。

 無理矢理抵抗して診療所へと走りこんでも、お金を持っていないので問診などを受けられないことに気が付いたからだ。それに馬車の時間もとうに過ぎているので、帰る手段も無くなっていた。異国で自ら迷子になる勇気は無い。


 こうして私はシン・ユーに連行されているかのように帰宅をしたのだった。


「あら、仲良く出掛けたと思えば」

「……」

「……」


 共に不貞腐れ顔で帰ってきた私とシン・ユーを見て、義母が呆れたように言う。


 当たり前だ。私が出掛けたいと主張して、シン・ユーが付いて来たのに、目的地すら自由に行かせて貰えなかったのだから。


「何か買ったの?」

「甘栗、箸置き」

「はあ?」

「見る?」


 そうだ。今日は素晴らしい品を買って貰ったではないか。

 袖口から箸置きを取り出して、雑な包装を剥ぎ取る。机の上にちょこんと置いて義母に見せびらかした。


「なにこれ」

「レンのお花」

「……」


 義母の反応は想定通り。当たり前のように生活の中に箸置きが根付いている大華輪国の人には、この可愛さは理解出来ないのであろう。


「買った物が安っぽい箸置きと庶民のお菓子だなんて、全く信じられないわ。――あなた達、一体何をしに行ったの?」

「……」

「……」


 目的が果たせなかったのは悔しい。だが、私は諦めてはいないのだ。


 ◇◇◇


「リイリン、あれ、えっと、なにかな」

「……」


 最近のリー・リンは大華輪国の言葉でしか質問に応じない。


「黄色い、甘い、どろー」

「なんですかそれは」

「うーん。甘ーい、どろー、黄色いー」

「順番入れ替わっただけじゃないですか」

「……」


 私が所望するのは蜂蜜だった。この国でどういう呼び方をしているのか分からずに、特徴だけを伝えようとしていたが、敢え無く失敗に終わる。


 リー・リンに聞くのは諦めて、台所を探ることにした。


「まあ奥様、何をなさっているの?」

「!!」


 大きな調味料入れに頭を突っ込んでいると、いつも着替えを手伝ってくれる使用人に見つかってしまった。


「甘い、黄色い、汁、探して」

「黄色い甘い汁、なにかしら?」

「どろっと、汁。虫、集めてる」

「虫が集める黄色く甘い汁、どろっと……もしかして蜂蜜フォンミィのことかしら?」

「ふぉんみー?」


 上にあった棚から出されたのは琥珀色の液体の入った瓶。


「そ、それ!!」


 良かった。蜂蜜はこの国にもあった。


「これで何をなさるの?」

「使っても、平気?」

「勿論ですわ」

「良かった。これで、イー作る」

「蜂蜜の飴?」

「ソウ」


 何年か前に風邪を引いて喉を痛めた時、勤め先だった店の店長が教えてくれた秘密の飴だ。喉の炎症を抑えるだけでなく、普通に飴としても美味しいので、頼み込んで作り方を教えてもらったのだ。


「お手伝いいたしますわ」

「ありがと!」


 思いも寄らぬ助手を得て、私は蜂蜜飴作りに取り掛かる。


 作る、と言っても手順は簡単そのものだ。

 鍋の中に水と砂糖、蜂蜜を入れて沸騰させ、綺麗な黄金色に染まり、粘度が出てきたら火から鍋を下し、固まらないうちに油を塗った紙の上に垂らして完成。


「これ、舐める、喉大丈夫になる」

「そうですの。初耳ですわ」


 庶民に出回っている民間療法なので絶対の効果がある訳ではないが、気休め程度にはなるだろう。


 その前に、シン・ユーが素直に受け取ってくれるかが問題だが。


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