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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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12.シン・ユーとお出かけ。その弐

 市場には沢山の店が軒を連ね、初めて見る食材や雑貨などに私は心を奪われていた。今までの高級品を扱う店の眩さ故、自然と白目状態になっていたのが嘘のようである。


 シン・ユーは私の歩幅を気にも留めずにズンズンと前を進んでいる。その間に人が入り乱れ、見失いそうになる度に走って後を追っていた。

 こんなに早く通過しては店を見る暇も無い。……まあ、目的は診療所で市場の見学でも無い訳だが。


「お嬢ちゃん」

「ん?」

甘栗ガンリーはいかがかな」

「がんり?」


 突然店先にいた男に呼び止められ、勝手に大きな黒い筒状の入れ物に入っていた殻付きの木の実を手渡される。ガンリーと呼ばれる木の実はほんのり温かく、丸っこい殻の先端は尖っていた。


「温かいうちにお食べ」

「??」


 お食べと言われても、殻は簡単に割れそうにない。

 木の実を手の平に置いたまま困り果てていると、腕を誰かに掴まれた。


「何をしている!」

「シンユウ?」


 声のした方向を見ると、目の端を吊り上げたシン・ユーの顔があった。そのまま腕を引かれて、木の実をくれた店を後にする。


 シン・ユーは私の腕を雑に掴んだまま、足早に道を進み続けていた。

 今日は草履ツァオリュという、つま先を指に引っ掛けるだけの平底の履物を履いていたので、慣れない品だった為に何度か足を縺れさせて転びそうになる。


 そして、体力の限界が訪れてとうとう我慢出来ずに本気の文句を言ってしまう事態となった。


「シンユウ、シンユウ。もっと足、ゆるく!!」

「!」


 シン・ユーは振り返って、私を見下ろす。ぜえぜえと肩で息をする私を見て、驚いた表情を見せていた。私が繊細でか弱い生き物だと今更気付いたのだろうか。


 それからシン・ユーはこちらの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるようになった。それはそれで気まずかったが、市場の風景を楽しむ余裕も出来る。


「シンユウ」

「……」

「これ、どうして温かい?」


 沈黙に耐え切れなくなった私は、手に握ったままになっていた甘栗ガンリーについて質問をしてみた。


「一度炒っているからだ」

「鍋みたいの、あったね」


 店先には店主の腰の高さ程の黒く大きなタライのようなものがあったが、その中から甘栗を出してきたことを思い出す。

 それにしても木の実を炒ってそのまま食べるとは面白い。私の国ではパンに混ぜたり、すり潰してスープに入れたりする位で、木の実単体で食べる文化は無いのだ。


「どうやって、食べる?」

「中心を爪で割り、両端を押し出せば実が出てくる」

「爪、で」


 教えてもらった通りに人差し指と親指を丸めた位の大きさの木の実に爪を立てる。が、傷が付いただけで、簡単に割れなかった。

 歩きながらふんぬー!! と力を込めるも、割れ目は入らない。

 見かねたシン・ユーが手の平から甘栗を取り上げて、パキっと割れ目を入れて、皮を押し出して実を出してくれた。


「ありがと、シンユウ!」


 再び手の平に戻ってきた甘栗は、丸っこく薄い茶色の実をしていた。そのまま口に放り込もうとしていたら、シン・ユーに手首を掴まれてしまう。


 ……何だ。食べ方を間違ったのか!?


「渋皮を剥け」

「シブ・カワ?」

「……」


 説明するのが面倒だったのか、再び甘栗は私の手から離れていく。


「!!」


 シン・ユーの言う渋皮とは、木の実を包み込む薄皮のことだったらしい。この皮は渋みがあってとても食べられるものではないという。中には皮を剥いた時に一緒に渋皮も剥ける品種もあるとか。


 渋皮を剥かれ、食べられる状態となった甘栗を、お礼を言ってから口の中に放り込む。

 口の中の甘栗は、よく火が通っているのかすぐにほっくりほろほろと解れ、風味豊かで素朴な甘味が広がる。これは味付けを一切しておらず、木の実そのものの甘さだというのだから驚きだ。


「おいしい、かった」

「そうか。……そういえば、裏庭に栗の木があったような」

「――!! シンユウ、詳しく、教える!!」


 ザン家の庭にそのような宝の木があるとは思わなかった。耳寄りな情報を集めようと、シン・ユーの袖を引いて詳細を求める。


「あるにはあるが、今はまだ時季ではない」

「!!」


 栗の実は雪が降る前に実を付けるとか。まだ一年も先の話になる。


「……なんだ」


 落胆している私が哀れだと思ったのか、その後シン・ユーは甘栗の大袋を買ってくれた。食い意地が張った子供のようだと恥ずかしくなったが、嬉しくなかったといえば嘘になる。


 栗の入った紙袋はシン・ユーが持っている。自分が持つと言ったが、綺麗に無視された。


 この時間帯になると、人通りも疎らになる。店先をゆっくりと眺めながら行く私にシン・ユーも文句を言わずに付き合ってくれている。


「あ!!」


 とある店先に置いてあった商品が気になり、はぐれない様に掴んでいたシン・ユーの袖から手を離して駆け込もうとしたのに、即座に首根っこを掴まれてしまった。


 グエっと汚い呻き声が出たが、その瞬間に大荷物を持って前が見えない状態のおっさんが通過をする。


「急に飛び出すな。危ない」

「ご、ごめん~」


 そのまま首根っこを掴まれた状態を保ちつつ、店先まで移動をする。周囲を確認しないで動いた私も悪かったので文句は言わなかったが、完全に子供扱いだった。こういうのって普通は抱き寄せたりして助けるのがお決まりなのだろうが、相手はあのザン=シン・ユーだ。物語の王子様のような、紳士的な行動を期待してはいけない。


 私が脇目も振らずに食いついたのは、箸置きだった。台の上には沢山の箸置きが並べられている。


「シンユウ!! これ、ナニ」


 一際目立っていた赤く染色された箸置きを摘んで、甘栗を脇に挟みつつ背後で腕を組んで立っているシン・ユー大先生に尋ねてみる。


「これ、変、ナニ?」

シャオ

「強い? 怖い?」

「いや、ただの軟体動物だ。何度か料理で食べた事があるだろう」

「……」


 頭部が丸く、足が八本ある蛸と呼ばれているものは、空想上の生き物ではなく、実際に存在する食材らしい。八本の足はくるりと丸まっていて、何処に箸の先端を置けばいいのか分からない代物だ。こんなものを知らずに食べていたとはなんとも恐ろしい話である。


 並べられた箸置きは二十種類ほどあるのだろうか。ザン家にある品よりは見た目など劣るが、見ていて楽しい気分になっていた。


 ふと、端にちょこんと置かれた花の箸置きが目に留まり、手に取って確認をする。もしかしなくても、これはザン家の庭にあった美しい花の箸置きだった。


「シンユウ!! こ、これ!!」


 ……えーっと、何て名前の花だっけ?

 沼に咲く花で、リー・リンに名前を聞いた筈だったが、その名称は記憶の遥か彼方へ飛んで行って綺麗に消え去っていた。


「ナニ、だっけ?」

「レン」

「あ、そ~う、レンのお花」


 流石シン・ユー大先生。お花の名前まで把握をしているとは。


 それししても、どうして泥の中からあのような花が生まれてくるのかを不思議に思っていた。


「レンの花、面白いね」

「?」

「泥に汚れないで、咲く」

「……そうだな。可笑しな花だ」


 意外なことにシン・ユーにもレンの花は不思議に映るらしい。


「きれい」


 真っ白な花弁は一枚一枚再現されており、中心にある黄色い部分まで丁寧に色付けされていた。手の平の上にちょこんと置けば、ささくれた心が癒される気がする。


 そんな癒しの時間を咳き込んで邪魔したのは、この店の主だった。


「すみませ、これ、おいくら?」


 これだけ長い間一人で盛り上がって何も買わないのは悪いと思い、このレンの花の箸置きも気に入ったのでお値段を聞いてみる。


「三百ジン


 や、安い!! こんなに綺麗な品物がたった三百ジンとは。てっきり千ジン以上するのではないかと思っていたので、お買い得な一品だと思った。


 思いのほか安かったので、もう一つ位欲しかったが、前方と背後からの早くしろ的な視線が突き刺さっていたので、さっさと購入を済ませようと袋状になっている長衣の袖に手を突っ込み、財布を探る。


「あ、あれ?」


 一生懸命袖の中を探るが、家から持って来た財布の手触りは見つからない。もしかしてどこかに落としてきたとか!? と真っ青になりかけていたが、出る前に使用人の手によって財布の入った外衣と綿入りの外衣と交換をしていたことを思い出す。

 今まで感じていた袖の重みは何だったのかと入っていた物を取り出せば、二つの包みが出てきた。中身を開いてみれば大きな饅頭が。使用人が親切で入れてくれたのだろうか。


 饅頭を手に呆然とする私を前に、再び店主が咳き込み出す。


「あ、すみま」


 無一文なので購入はお断りするしかないと考えていた折に、シン・ユーが店主に何かを差し出しているのが見えた。


「まいど」


 店主が低い声で礼を言ってそれを受け取り、私の手の平にあったレンの箸置きを取って、紙に包んでくれた。


 なんと、またしても甘栗に引き続き、シン・ユーが箸置きを買ってくれたのである。


「あ、あの」

「欲しいものがあればはっきり言え」

「ご、ごめん」

「こんな安物子供でも欲しがらない」

「ん?」


 呆れた表情を浮かべながら呟いた一言は聞き取れなかった。

 店主より受け取った箸置きが包まれたものを見て、思わず笑みが浮かんでしまう。


「シンユウ、ありがと!!」


 私は弛みきった表情のまま、シン・ユーにお礼を言った。


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