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没落令嬢の異国結婚録  作者: 江本マシメサ
一章【星を胸に旅立つ少女】

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10.ザン家に改革を!!

 昨日の騒動を思い出して、私は一人頭を抱えていた。

 詐欺先生の所に養子に行かなくてもいいということは良いことだったが、問題はシン・ユーと義母だ。あの二人はどうしてこう仲が悪いのか。

 そんな親子の事情をリー・リンに尋ねると、自分はまだザン家に勤めはじめて二年なので他の使用人に聞いて下さいと言われてしまう。

 ちなみにリー・リンの居た二年の間、会話はほとんど無く、言い争いをすることも無かったらしい。


 もしかしなくても関係の悪化原因は私にあるのだ。


 なんとかしなくては!! と思った私はとある目標を定める。


 色々と危ないザン家を改革しよう、と。


 勿論下手に首を突っ込めば、怖いご当主様に叱られる事が分かっていたので、あくまでも実行はさり気なくしなければならない。


 一番大きな問題点として、まずはシン・ユーの持病についての原因追及と適切な治療だ。

 奥様特権を使って行った使用人尋問調査で判明したことなのだが、シン・ユーは生まれた時から一度もお医者さんに掛かったことがないらしい。具合が悪い時の対応はすべて占い師に尋ねるとか。

 その話を聞いて私はひっくり返りそうになったが、華族の間では普通のことだと聞いて、更に驚いてしまった。

 大華輪国での医師は胡散臭い職の者、というのが常識で、信用していないのだという。

 風邪を引いたときはまず占い師に相談をして、どうすればいいのか聞く習慣が染み付いているとか。

 怪我を負った時は治癒術師という職を持つ者が居て、無償で回復をしてくれる施設があるらしい。自分の国には魔術師が居なかったので、俄かには信じがたい話ではあるが。


 しかしながら、よくもまあ医師を信用しないという環境の中で暮らせるものだなと呆れてしまった。

 話をしてくれたリー・リン曰く、このように占い師を盲信しているのは、経済的に余裕のある華族だけらしい。占い師に占術を頼む際には多大な料金を請求されるので、暮らしに余裕の無い者達は何か体に不調を覚えれば医師を頼るのだという。


 つい最近、華族の者達の平均寿命は短いという統計をとある研究者が発表したが、当の止ん事ない身分の方々はそんな研究結果を信じようとせず、占い師を頼る毎日を送っている。


 このままではシン・ユーが早死にしてしまうかもしれないので、私は下町にある診療所へ行く計画を立てていた。


 ◇◇◇


 日付も変わるような深夜、私は一人居間でシン・ユーの帰りを待っていた。

 襲い来る睡魔と闘いながら何度か船を漕ぎ掛けるも、その度に頬を叩いて自らを奮い立たせる。


 居間で待つこと一時間、ついにシン・ユーが帰って来た。


「何用だ?」

「あした、出掛ける」

「は?」

「大丈夫? 行ける?」


 明日は使用人達に聞いた診療所へ行こうと、書いた地図を片手に張り切っていたが、一番偉い給仕担当のおっさんが、出掛ける時は当主の許可が必要だと言うので、こうして待っていたのだ。


 勿論屋敷から馬車乗り場への道順も完璧だ。誰にも迷惑は掛けまい。

 私の拙い喋りで医師の先生にシン・ユーの症状が伝わるか心配だな、と思っていた矢先にリー・リンが同行してくれると言ってくれたので、その点は安心している。


 シン・ユーは訝しげな表情を見せながらも、外出の許可を出してくれた。行き先は下町の市場に行く、ということにしておいた。診療所も市場の近くにあるので嘘ではない。


 ◇◇◇


 翌朝、早く目覚めた私は、部屋着に着替えてから、少し肌寒かったので長衣を纏って食堂へ行く。


「おかーさん、おはよう」

「おはよう。……もう、締まりのない顔ね」

「ごめん~」


 昨日シン・ユーを待っていたので、寝不足だった。顔を洗った後だというのに、目が開ききっていないのが自分でも分かる。


 そんな風に会話をしているうちに朝食の準備が整ったようで、給仕が近づいて来る。


「奥様、本日はどれになさいますか?」

「う~ん」


 給仕の押す台車の上には三つの鍋が置かれている。中身は全て穀物を炊いたものだ。

 大華輪国の朝食はヂョウと呼ばれている、ミィスーバイと呼ばれる穀物を大量の水分で柔らかく炊いた食べ物が主流らしい。

 パンが主食の国から来たので、初めはパンの代わりにこれか、と戸惑う気持ちがあったが、一口食べればそんな不安などふっとんでしまう程の美味しい料理だった。


 本日の粥は、青み野菜と鶏肉・黄色い豆と干した魚・貝柱と刻み野菜の三種類だ。どれにするか悩んだ末に、貝柱の粥を選んだ。


 花でも生けられそうな大きな皿に粥を装い、給仕は私の目の前に置く。粥はレンゲで食べるので、箸を使わなくてもいいので非常に楽だ。

 だが、目の前には朝食であるにも関わらず、大量の料理が並べられている。朝は粥だけで十分だというのに、よく分からない文化がある国だ。

 給仕係に聞けば、残った食事は使用人達の食事になっているという。捨てられる食材が無いので一安心だ。


 私の体は貧乏仕様に染まっていて、高級な食材を食べ過ぎるとすぐに支障をきたす残念なものとなっている。なので、朝は粥だけ頂くようにしていた。欲張って食べ過ぎると胃を痛めてしまうのだ。


 鍋の中の粥はぼこぼこと沸騰していた。そこから皿に装われた粥にも白い湯気がゆらゆらと漂っている。

 レンゲで混ぜて冷えるように努力をするが、その動きで鶏と貝柱のダシの香りがふわりと上がって来ては鼻腔を掠め、空腹状態の体に食欲を刺激してくる。


 まだ、口に入れてはいけない。今食べたらきっと口の中を火傷するだろう。


 再びレンゲで粥を混ぜ、もう大丈夫な頃だと判断し、まずはきちんと食べられる温度になっているか確認する為に少量掬い上げる。


 粥はとろ火でじっくり煮るのではなく、最初から強火でがっつり煮込むらしい。なので、米の一粒一粒が花開いたようにぱっくり割れているのだ。


 レンゲの上の粥をいつもの癖でフーフーしそうになる。長年の癖はなかなか抜けない。


 やっと口の中に入れる事のできた粥は、貝柱のダシがよく効いていて、濃厚で上品な味わいが広がる。薬味の千切りが沢山入っている為か、体の中がポカポカしてきた。トロトロになるまで炊かれた米にも味が染み込んでおり、寝ぼけた体に優しく浸透していく。


 それからなんと、下のほうには肉団子が一個だけ沈んでいて、得した気分になる。これも行儀が悪いと分かっていたが、レンゲで細かく割いてお米と一緒に美味しく頂いた。


 最後の一口は残しておくのがお決まりだ。全く、変な文化のお陰で完食という達成感を果たせぬままとなっている。


「もう、よろしいのですか?」

「……大丈夫。ありがと」

「いえいえ」


 大きな皿で一杯食べれば腹も満腹になる。もともとお腹いっぱいになる環境にいなかったので、あまり多くは食べられないのだ。


 朝食後は出掛ける準備に取り掛かった。

 診療所は朝から下町の住人達で混雑をするらしい。早めに行って帰って来なければ、馬車の本数が昼までと少ないので、最悪徒歩で帰らなければならなくなるのだ。


 衣装棚の中から地味な色合いの服を取り出して着込み、上に細かい花模様の付いた長衣を羽織る。長衣の袖の中に財布とハンカチ、診療所までの道のりが書かれた地図と馬車乗り場と乗車時間の書かれた紙切れを入れる。

 下町は治安が悪いので、巾着にでも入れて持ち歩けば、引っ手繰りの標的になるとリー・リンが教えてくれた。


 本日のお出かけはつい数分前までリー・リンと行く予定になっていたが、急な来客で通訳が必要になり、一人きりになってしまう。

 本来ならば一人で出掛けてはいけない立場にあると分かってはいたが、出来るだけ早く先生と話がしたかったので、予定は実行に移らせて貰う。


「あら、奥様」

「!!」


 誰にも見つからぬようにと、足音も立てずに玄関まで移動していると、いつも支度を手伝ってくれる使用人に呼び止められてしまった。


 リー・リンと他数名以外の使用人は華族出身らしく、彼らの間で胡散臭い存在とされる医師の居る診療所に行くと言えば眉を顰めるだろう。だから、出掛けることをバラしたくなかったのだが。


「その格好では少し寒いですわよ」

「そ、ソウかな?」

「ええ。綿入りのものをお持ちいたします」

「……ありがと」


 ここで大人しくしておくべきか、待たずに行くべきか。迷ったが、結局彼女の好意を無下にすることが出来ずに、大人しく待てをしていた。


 数分後、上着を持って来てくれた使用人は行き先も聞かずに送り出してくれた。


 バレるのではないかとドキドキしていた胸を摩りつつ、外へ出る。


 もう雪は消えてなくなり、柔らかな新芽の出る季節となっていたが、吹く風はまだ冷たい。使用人を待っていて良かったと思いつつ門を抜けると、思いも寄らぬ人物が待ち構えていた。


「遅かったな」

「ヒッ!!」

「……」


 馬に跨って私を見下ろしていたのは、ザン家のご当主、シン・ユー様だった。


「な、あ、う……」


 別に悪い事をしにいく訳ではないのに、酷く動揺をしてしまう小心者な私。だが、更にシン・ユーから驚きの一言が放たれたのである。


「――早く乗れ」

「え?」


 馬には二人乗り用の鞍が置かれていた。


 も、もしかしてシン・ユーも一緒に出掛けるの? 


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