No, 2 [This is my effect] 運命の少年は喜劇を求める
さてさて第二話です。
主人公は交錯した世界で馬鹿丸出しで我侭に生きていきます。
その様子をご鑑賞ください。
バトルは次回になります。
No, 2 [This is my effect] 運命の少年は喜劇を求める
「只の土を鮮やかに彩る花や草や木々は天に向かいその身を伸ばす。
その根は地より生命力を吸収していて、彼等の栄養源の半数を占める。
残るは天の太陽より降り注ぐ「生の力」を吸収しているとの事であった。
さて、これを科学的、魔術的に説明しなさい。」
「これは、中々・・・・・・・。」
今現在、俺は教室の一角で試験問題と真剣に睨み合いをしている。
といっても、まだ義務教育の復習段階なのだが。それでも試験は試験である。
昨日、学園長こと「あーちゃん」から衝撃的な事実を叩きつけられて、困惑していたが、
悶々としていても腹は膨れないのでその問題は一旦置いておいた。のだが、
それで全て問題が解決する訳では無かった。
昨夜の事である。
「ニーちゃん?」怖い。顔を上げたら鬼の形相をした我が義妹が立っているのだろう。
「ええ、はい。もう反省しまくりです。」昨晩、義妹に何故か説教されてしまったのだ。
昨日の行動全般は皆が納得の良く様な普通の事をしていたはずなのに!である。
全く不条理極まりないが、悪い事をしたのは俺なのだろうから反論はしなかったが。
「前から思っていたけど、兄ちゃんって結構モテない様に見えて綺麗な娘とかから慕われていることって多々あったんだったね・・・・・・はぁ、気を付けないといけないなぁ。」
何?それは聞き捨てならない発言ですな、YOU。悲しい事だがそれは絶対無い事象なのに。
「・・・・・それは生まれてこの方一度もモテた試しの無い俺に向かっての冗談にしては、少々悲しい気分になってしまう発言だ!我、ここに訂正を求めん!」
「だってクラスの皆はそう思っていると思うよ。」
きっぱりかっちり言われてしまった。
「・・・何故、そこまで断言できるんだ、お前。」
流石に疑問だったので一応聞いてみたら、何故かとても悲しい顔をして、無言に。
「クラスの服部さんとの関係だって良好そうだったし・・・」ああ、もしかして?
「・・・・・妬いてるのか・・・?」
「・・・・・・・・・っ!?」
露骨に反応があった。
俺を慕ってくれて、その上で心配をしてくれているのだろう。
全くありがたい話だ。
現代の社会において兄弟愛なんて義理でもお断りが普通なのに、この子は優しい。
だけど、忘れているならもう一度誓おう。何度でもこの誓いを口にしよう。
生きている俺にとって、人生の全てを捧げてもいいと平気で叫べる誓いを。
「別にあいつは只の俺の友達だよ。確かに可愛いけど、俺の中で一番大切なのはお前だよ。
だから、そんなに心配しなくても大丈夫だ。俺はずっとお前の傍に居る。これだけは絶対だ。誰にもお前を渡したりしないし、俺もお前の物だ。前に言っただろ、覚えてないか?」
そして紅葉は全身の肌を真っ赤に染めて恥ずかしがりながらこう言った。
「ふう、本当にお兄ちゃんの我侭は昔から上記を逸しているよね、ホント・・・・・」
「おう、それしか無いからな。俺の欠点であり、一番の長所だろう?」
その時の俺は思わず笑っていただろう。
その昔、俺がまだ小学生の時の話。
その頃の俺は孤独な少年の一般的な末路を辿ろうとしていた。
孤児院で暮らし、親も居ない孤児の身。
学校の大半の生徒は親と家族が居た。大勢の友達が居た。仲間が居たらしい。
だが、俺には居なかった。
先生から聞いた話では俺の家族は死んだらしい。
そう、俺は覚えていない。9歳までの記憶が抜け落ちているのだ。
雨の中、血塗れの俺を抱き抱えて運んでくれたのは孤児院の園長先生だった。
大戦の戦火に巻き込まれて俺を除いて全員が死んでしまった様だ。
だから、俺には何も無かった。繋がりも、愛も。
ある日の午後0時を回っただろうか。そんな夜更けだった事を鮮明に覚えている。
準備したのは、ロープ、昇り台、睡眠薬。
自殺する人間が主に用意する一式を準備した。
耐え難い地獄だったのだ。
学校は、俺にとって逃げ場の無いと思える場所だったのだ。
朝。
登校すれば机が壊れている。きっと何処かの馬鹿が魔術で壊したのだろう。
昼。
給食を取って貰えない。折角手に入れたアンパンを一部男子に目の前で食われる。
俺を可愛そうだと思ってくれ、自分のパンをくれた人を苛めるのだ。俺より酷く。
二度と俺に味方しない様に。俺を孤独で居させる為に。
夜。
岐路を歩いていたら、学校の連中にボコボコにされた事もあった。
孤児院に石を投げ込まれた事もあった。他の孤児がやられた事もあったのだと言う。
それは、一部の最低な親の所為であった。それを信じた子の所為であった。
しかし、俺が何より許せなかったのは自身の所為で孤児院が巻き込まれた事だ。
その日、俺は決意した。
もう、俺の所為で皆が傷つくのは嫌だ。
だから、俺が居なくなれば全て解決するのだと。
自暴自棄になり、そう思い込んでいた。
彼女とあの日、倉庫の中で会うまでは。
少女は自分の名前を「桜木 紅葉」と名乗った事は頭の中に鮮明な記憶として有る。
それが彼女との出会いであり、季節は彼女が一際美しい、秋の事だった。
その夜、俺は驚愕していた。
こっそり盗み出した倉庫の鍵が無意味になっていた。
既に誰かが居た。
体育倉庫の鍵を誰かが開けて入ったのだ。
「(こんな夜更けに一体誰が・・・・・・?)」
俺は深く考える事も無く好奇心に任せて扉を開けた。開けようとした。
そして、その寸前で気付いた。
すすり泣く声が聞こえたのだ。それも自分よりも年下の年代の少女の声だった。
俺は焦って直に扉を開けた。
そして、彼女を見つけた。
奥の方で泣いていた少女は此方の物音に気付いたようで、こっちを見ている。
そして、その可憐さに見とれていた俺は接近する彼女に気付かなかった。
「ううう・・・・・・うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああんんん!!!」
「え、えええ!?」
いきなり抱きつかれて押し倒されてしまった。
俺の服に涙と鼻水でグシャグシャになった顔を擦りつけながらこの子は泣いていた。
誰かに会えた事が嬉しかったのか、孤独感から開放された反動なのだろうか、服を華奢な腕では想像し得ない程の力で握り締めている。
まるで離したくないと叫ぶように強く、強く。
「こわかった・・・・怖かったよぉぉぉ・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は暫く彼女をそのままにしておいた。
下手に刺激して想像外の事態を引き起こしてしまう危険があったからだ。
それに、これだけ人に求められた事等今まで無かったから、少し嬉しかったのもある。
ふと、俺は想像してしまった。
俺も彼女の様に思うがままに泣けたら、どれ程良かっただろうか。
涙を流す程の暖かい思い出が無い俺は、普通に泣けなかった。
孤児院に来た時も、壮絶な暴食や虐げにあったとしても、一滴たりとも。
そして、彼女はこんなに小さいのに此処にいる。
彼女は長らく孤独に耐えて生活し、ここに引き取られたと考えていい。
恐らくこの子も大戦の孤児なのだろう。
所々ボロボロな服が、それを証明する十分な材料だった。
「おとう、さん・・・・・・・・おかぁ、さん・・・・・・・・・」
不意にこんな言葉が少女の口から毀れる。
唐突に頭脳は理解した。
目の前にある、今此処にある事実を。
「(ああ、そうか。こういう事だったんだ。)」
ようやく解った。
目を背けて見ぬ振りをしていた事の真実を理解できた。
これが孤児。これが孤独。
記憶なんて無くとも解る。
きっとこの子の抱いている感情は自分と同じ。
大切な者が傷ついて、失って、二度と会えなくなる。
俺だったら、この孤児院が火事で全焼してしまう様なら一晩中泣き続けるだろう。
それと、全く同じ感情をこの小さな体は背負って生きていく。
幼い少女が背負って生きて行くのには重過ぎる荷だろう。
まして、この子は幼いながらにそれを疑わせる美しさがあった。
正直可愛過ぎる。このまま抱きしめていたい感情に駆られる事もしばしばある。
しかし、この少女はいずれ社会に出て、一人で生きていくのだろう。
汚く、醜い大人はこの小さく美しい少女を汚していくだろう。その牙でこの少女を狙う。
その想像に、身勝手な欲望に、幼い俺の正義は意義を唱えていた。
一度は自らの死を受け入れようとしていた馬鹿は、この時そう思ったらしい。
今から思い返してみれば、俺も相当な馬鹿だと言えるだろうが。
只、俺は許せなかったんだ。
これ以上の不幸にこの幼い少女を晒そうと言うのか。
何の罪も無く、何も解らぬまま、汚され、踏み躙られろとでも言いたいのか。
この子を産み出して置いて逝った家族の思いは無駄に成るとでも言いたいか。
この子が自分自身では居られなくなって、仮初の道化師になれとでも。
俺の抱いているこの体に幾度もの欲望を塗り固めて、石にでもなれと。
ふざけんじゃねぇぞ、クソッタレがアアアアアアアアア!!!
そうは、させない。
この子は一体何をした。
どんな罪があって、そんな事を出来るというのだ。
どんなくだらない願望があって、この小さな命の未来まで奪おうというのだ。
有っていいわけが無い。
悲劇だけの物語なんて、誰の心にも虚無感しか残さないじゃないか。
悲しいだけのヒロインなんて、誰が望んでなるものか。
(この子の助けになりたい・・・・・・・・・・・・・でも、)
しかし、非力で内気な俺はこの子が救えない。
今でこそ言えるがあの頃は酷く引っ込み思案だったのだ。
罪は我が身のみにあり。故にその者は罪に問われず。
そんな身勝手な自虐的思考が、当然だと誤解していた。
しかし、この我侭さと融通の効かない性格は、現在も継続中なのだが。
(いや、でもなんかじゃないだろ!だからこそなんだろうが!!)
だが、例え非力でも盾にはなれる。なってみせる。
だから、手は出させない。絶対に許さない。
俺が許さない。
絶対に守る。守りきると決めた。
今、俺が決めた。
誰であろうと、どんな理由が有ろうと、この子だけは俺が守る。
だから、死なない。
今はまだ、この子が幸せじゃない。
他の皆も、貸した借りをまだ返せてもいないのだ。
だから、死ぬ訳にはいかない。
そんな状況のこの子を置いて何も出来ずに死んでいく事など俺は出来ない。
それは、そんなやり方は、そんな死に様は!
俺という人間のあり方ではないのだから!!
「・・・・・・・・・・・・る。」
「え・・・・・・・・・・?な、に・・・・・?」
彼女は突然強くなった力に動揺している様だった。
彼女の体を引き寄せて告げる。
疑問の色を浮かべる顔を真っ直ぐに見つめて。
せめて、今、不安を一人で抱え込まなくてもいい様に。寂しく無いように。
俺が今彼女の出来るだけの助けになる為に。
「これからは違う、もう一人でなく必要なんか無い。」
そうだ。これからは違う。
俺や、院長先生が守る。
先生が救ってくれた命だけど、この命は勝手にさせて貰う事に決めた。
例えこの決断が間違っていても、その先に絶望しか残っていなくても、
「この気持ちは絶対に嘘ではない」と、そういえる限り間違ってなんかいないのだから。
なるべく素直に、正直に、思った事を伝えよう。
生きている今、この瞬間を大切にしよう。
「一人で泣かないでいいんだ。皆と、お兄ちゃんがずっと一緒に居るから・・・・・・」
「・・・・・・・それは、でも・・・・・・」
そう、いずれは皆失われる。
血と骨は砂に帰り、残されるのは記憶のみ。
それは誰もがいずれは直面する恐怖。
死を見て、感じて、自らもそうであると自覚したときの恐怖等計り知れない物がある。
だが、それは怯える為に得る物ではない。
それは前に進み続けるために。
「僕は、君の家族の代わりにはなれない。でもね、」
「?」
「君が良ければ、君の新しい家族になってもいいかな?」
「・・・・・・・・・・・なって、くれるの・・・?」
「ああ。約束する、俺は君が幸せになれるまで一緒に居る。誰も愛してくれなくても、俺が君を愛してあげる。だから、此処にいていいんだ。生きていていいんだよ、君は。ここの皆は戦争で家族を亡くした人が来るんだ。だから、君と同じ物を背負ってる。皆、寂しくても生きている。生きようって必死になって、皆の分まで幸せなろうって、さ。
だから、一緒に頑張ろう。誰も幸せにしてくれない程、この世界は怖くないのだから。」
「うん・・・・・、ありがとう。優しいね、お兄ちゃん・・・・・・・・・」
「はは。そういってもらえると、本当に生きていて良かったって思えるよ・・・・。」
こうして、僕と妹は出会った。そして、俺が生きる事を選んだ瞬間だった。
そして、今。
今も昔も変わらない。俺は俺で、紅葉は紅葉で。
しかし、昔と比べても紅葉の容姿は可憐なままで、さらに磨きが掛かっている様に見える。
「え!?ちょっ、お兄ちゃん!?」いつの間にか抱き寄せていたらしい。
「こ、ここここれは、どどどどど、どういう・・・・・!!??」
恥ずかしいのか顔が真っ赤になっている。体の密着している部分から温もりが伝わる。
抱きしめたまま、俺はもう一度決意を口にする。
「俺は絶対にお前を守る。世界だろうが人間だろうが犠牲にしたって構わない。俺は俺の守りたいものを命を賭して守る。そして、紅葉、お前が大好きだ。一番好きだ。」
「うん、あたしもお兄ちゃんを愛している。」
この言葉を聴く度に心からの幸福を感じる事が出来る。
これはあくまで俺の我侭だ。本当は紅葉がこの返答に応じる必要は無い。
だから、これは紅葉が俺を慕ってくれているという事の証明になる。
愛していると言う表現は色々入り混じっているが、この際それも受け入れよう。
この瞬間が永遠に続く事を願い、そして、この時を奪う神を俺は許さない。
例えこの身が地獄の業火に焼かれようと、その願いだけは、絶対に捨てない。
世界の循環であろうと、この誓いは消させる訳にはいかないのだから。
改めて昨夜そう誓ったのだった。
翌日、玄関先に一通の封筒が落ちていた。
部屋の鍵が開けられた痕跡は無い。
恐らくは魔術によって投函されたのだろう。
それ以前に、この建物は「強大な一個の近代魔術霊装」として作られた物らしい。
「霊装」とは、古くから魔術師が用いてきた魔術専用の道具のことだ。
魔術を用いる際に一々面倒な準備をしてから魔術を発動させる事は面倒なのだ。して、
それを簡略化し、複数のジャンルに分かれる事によって現代まで残ってきた道具なのだ。
壷や杖、人形など、その系統でさえ多岐に渡る。
しかし、それは一例を挙げたに過ぎない。
近代技術の中に魔術的意味を付加させる物品を追加する事で魔術霊装としての役割を
追加する事も出来るのだ。
例えば扉。この扉は内部に空洞があり、その中に魔術的刻印を刻む事で霊装としている。
基本性能はそこらの防犯装置よりは格安で効率的・効果的らしい。
運用にはそれなりに整った環境が必要なようで建て替え工事はしない予定だそうだ。
「(この送り主はそれを考慮している。つまりはこの学園の関係者である事は明白だな。)」
一応妹に「解除の術」を使ってもらった。しかし、それは無駄足だった。
「これ、解除術式がもう解けていたと思っていいね。」
「どういうことだ?」
「送り主のあて先が・・・・・お兄ちゃんだって事。」
「何・・・・・・?」
一応世界には「防護・庇護魔術」も存在する。
これは対象の空間を魔力で作り上げた「擬似的な界」で接触・進入を拒むと言う物。
応用すれば「封筒の中身を見られない様に保護する」と言う風にも使える魔術なのだ。
解除術式と併用すれば「特定の誰かにしか見ることが出来ない様にする」事も出来る。
「つまり、だ。この送り主は俺に用があるって事か?一体何の為に・・・・・・・・?」
「わからない。でも、人に聞かれたくない内容だって事は確かだね。」
「・・・・・・俺、紹介した人物に心辺りがあるぞ。」
「本当!?ああ、でも・・・・」
「服部だ。恐らくアイツが俺の情報を流しているに違いない!!」
「でも、お兄ちゃん?前に全校生徒の前でスピーチした事があるよね?」
「ああ、そうか・・」
その通り。顔写真を入手して、情報取引を持ちかける輩も居ない事は無いだろう。
「でも、お兄ちゃんの詳細な情報はその親友さんから流れたのかも知れないね。」
「ああ、明日尋ねてみようと思う。っと、その前にこの中身を確認しておこう。」
そして、封筒の中身を確認する。そこには丁寧に書かれた文字の羅列があった。
しかし、丁寧は良いのだが、何と書いてあるのか全く理解出来ないのだった。
おそらく日本語であろうが、残念な事にこう言った分野は両方専門外であった。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「・・・・・・読める、か?」「・・・・・・・・・・・多分、大丈夫じゃないね、うん。」
そんなこんなで、二重の用件が重なって服部京子を頼る事になったのであった。
そして、昼休み。
「おーい、ハンゾー君。」服部が嫌う名称であえて呼んでみる。
「誰が半蔵君だ、誰が!!」
「パンがああああぁあああぁぁぁぁぁぁ!!??」
顔面に高熱の物体がフルスピードで直撃した。
投げつけられた熱々のパンの威力が尋常じゃない事を再認識したのだが、ここは負けん!
ガシッッと、投げる時に前に出した右腕をしっかり掴んだ。
「ちょっと顔貸してくれ!」
「ええ!?あ、あたしのご飯~~~~っ!!」
そんなこんなで無理やり彼女を義妹の待つ屋上へと連行するのであった。
こうして強制的に服部京子は尋問と解析と空腹の三重苦を味わう羽目になったのだった。
屋上。
半ば拉致同然に連行された彼女に俺は拘束解放時、そのまま吹き飛ばされた。
一体どんな魔術を使ったのか、痕跡は残ってないわ、その後も尋常じゃない位痛いわ。
食べ物の恨みは何時の時代も恐ろしい事を痛感したのだった。
「・・・・成程ね。そういう事なら言ってくれればいいのに、水臭いじゃないか?」
一通りの説明を終え、彼女が発した第一声であった。が、
笑顔に黒い影が有る。何時もの彼女の態度ではない。こ、これは、・・・・・・・・・・・・
「・・・・・えっと、あの、その、服部さん。お、怒っていらっしゃる?」
「当然だろ☆」即答だった。
生命の危機!?こんな事で死ねないだろう、俺!な、何とかしないと!
「すんません。ごめんなさい。悪気はあったんだ。面白そうだったから!!」
__________________________________あ。
俺の馬鹿野郎ッ!!何で本当の事を話しているかなぁ、オイ!?
そして、当然の如く俺の失策の煽りを諸に受けた本人はと言えば。
「普通此処は謝る所だろうとか、悪気ありでやっていたのかとか、面白ければそれでいいみたいな事言ってんじゃねぇぞ馬鹿野朗とか、全部すっ飛ばして肉ミンチにしてやろうじゃないか、ええ?」
もう纏うオーラが金色に輝いて見えそうな位怒っているのが見える・・・・
某少年漫画のぶちキレた主人公がこんな感じだったような気がする。
この時の彼女の目は草原に佇むジャッカルの目であったと言っても違和感は無い。
怒らせ過ぎて半殺しにされ、血塗れのまま学校一周させられた時の記憶が蘇る。
ある時、盛り上がって調子に乗って肩なんて組んだらもう大変。
即座に体制を変換して一本背負いを決めてられてしまったのだ。その間、僅か十五秒。
その後、むきに成った猛獣少女の超絶鉄拳制裁を食らって瀕死になり、
何故か小言をブツブツと呟きながら校内を引きずられて行ったのだった。
しかし、前回から俺が何も教訓を得ていないと思ったら大間違いだ、服部よ。
もうお前の弱点は・・・・・・・・・、
きっちりかっちり、お見通しだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
そして、俺は完全無欠の美少女こと、服部京子唯一の弱点を取り出す。
いや、そもそもこうなる事前提で準備していた俺もどうかと思うが、背に腹は何とやら。
今までの接触経験から、俺が導き出した唯一の弱点とは___________!
「ほーれ、ほれ。どうだ、参ったか?」
「あはははははははっははははは!!わ、わかっ、た、から、や・・やめ、あはははは!!」
一瞬にして立場・優劣が一気に逆転した。
正直「アレ」がここまで活躍するとは思っていなかったのだが、まぁいい。
結果良ければ全て良し、とは思わないが助かったのには違いないだろう。
しかし、これは・・・・・・・・・・
今、俺は一匹、いや一人とじゃれている最中である。
どうもこの状態だとこいつが猫耳つけてじゃれている様にも見えてしまうのだった。
因みにその当人は先程までマジギレだった、服部京子その人である。
「これって人間には効かないはずだけどなぁ・・・・・」
対服部京子専用独自開発最終決戦兵器。その名は________________!!
いわゆる『猫じゃらし』である。
一般的な使用方法は猫の前でぶらぶらさせると猫パンチが観察できるアレである。
しかし、それを一般と表記するならば、これは例外となるのだろう。
彼女の首筋の所をそろり、そろり。
「あ、ははははっはははっはははは、はははははあああああ!!」
そのまま数分が経過。
ついに無敵戦隊の総司令は一本の植物に屈したのだった。
情報提供等はしていないという事で容疑も晴れた。
「で、これを解読・・・・・・って、これは・・・・?」
「どうした、もうわかったのか?」
「いや、これは日本系統の魔術印。「ルーン」の一種だと思ってくれれば良いと思う。」
「ん?ぱっと見は日本語の形に酷似している様にも見えるけど・・・・」
「先生はこういった言語関係の専門じゃないでしょ?解んなくて当然だよ。
この文は記号を変換して意味を付加したものではなく、元々の文に沿って記号を当てはめて内容を伝える形式の魔術暗号だね。一般的なのは魔術を用いれば容易いだろうけど、これは脳内で記号変換してそれを書き記した・・・・・・?何て解り難い事をするんだ・・・・」。
「なぁ、何で其処まで詳しく解るんだ?俺にはさっぱりなんだが。」
「具体的には?」
「サハラ砂漠の大地並みにさっぱりだ。」
「それはさっぱり過ぎだろ!それは殺風景と言うんだ!本当に何も解らないのか!?」
「大丈夫。後で補修授業してあげるから。」
「すいません、それだけは勘弁してください。」
そんなこんなで10分が経過し、一通りの解析作業が終了した。
確かに服部の解析作業の手際は恐ろしく早かったと記憶している。
一分経たない内に文章の変換手段を脳内で逆算するなど並みの人間では出来ないだろう。
瞬く間に作業の中心である相手の変換方針や記号の解読をやって見せたのだ。
しかし、この後は我が義妹が独壇場だった事は鮮明でかつ明確に記録されただろう。
たったの二分で服部がやってのけた脳内変換公式の逆算を口頭説明で理解したのだから。
「後は出来そうだから、お兄ちゃん達は遊んでいてもいいよ~~。」
それから五分と少々が経過した後、作業が終了したのだった。
しかし、問題はこれから山を越えても居なかったのだった事を忘れていた。
戻ってきた妹はなんだか膨れっ面だったのだが、一応結果を渡してくれた。
そのまま隅っこでぶつぶつ言っていたのが気になったので、内容を確認してみたら、
そこに書かれていた内容に俺は絶句し、服部は当然の様な呆れ顔で此方をみている。
「明日、学園敷地内運動場に丑三つ時に来られたし。 如月 」
結論、どう見ても果し状にしか見えない手紙が入っていたのだった。
日本の旧暦の今日は厄日と書かれている気がしてならなかった。
午後の授業終了後、俺の共同部屋で作戦会議が行われようとしていた。
人数は三人。
俺。義妹こと紅葉。服部の三人である。
「この手紙を見る限りでは相手は「魔競」を神崎に対して実行しようとしている。」
「魔競だって・・・・・・・・・?」
俺はとても危機的な状況らしい事を自覚した。
魔術戦闘競争制度。通称:「魔競」と呼ばれるこの制度は画期的であるらしい。
いくら魔術の知識や能力を発言させても実際の状況で出来なければ意味がない。
それはどんな分野であっても言える事だが、魔術は特に危険性が高いのだ。
体内の魔力を精製しても、それを十分な技量で掌握しなければ暴走して自滅する。
そういった人材を戦闘経験により能力・魔術師としての技量を高める為に制定されたのだ。
戦闘は至極単純な物。どちらかが戦闘不能になれば終了である。
その手段は魔術や自身のスキルで無ければいけないと言うものであって、規制もある。
しかし、その対戦条件には学年の差は無い。
よって、上級生が下級生に一方的に勝つ、と言った例も無い訳では無いのだ。
だがしかし、今現在の状況は深刻だ。
対戦相手は同級生で、しかも学年第二位。
試合条件は自身に決定的な敗北を決定していたが、その上相手が相手なのだ。
如月 真理阿。
俺のクラスでも一度耳にした超絶お金持ちの令嬢であり、魔術の天才。
魔術師の知識・対応力が試されるテスト、「魔道筆記試験」の上位ランカー。
しかし、その冷徹な性格と容赦の無い言動と魔術はまさに絶対の壁そのもの。
ついた異名は「永久の絶対零度」。
全てが彼女の目の前では無いも同然の光景であった事から付いた異名。
氷雪系統の魔術に精通し、ありとあらゆる物を凍結させる姿は雪女さながらである。
故に、彼女の周囲には尊敬と恐怖を常に意識しなければ冷徹な制裁が下されると言う。
そんな彼女が俺に対して決闘を挑むと言うのだ。
「こ、これは一般的に言う死刑宣告なのでは・・・・!?じょ、冗談じゃねぇぞ・・・・」
通常の魔競ならば一週間の入院が酷くても精々であるが、上位ランカーは訳が違う。
魔術を別のクラス、「特進クラス」で教わり、その力量は他を圧倒する。
具体的に言うと、生徒110規模で相手をしてもその身には届かない。
正直、やっとの事で一個の俺とは比べるまでも無く相手が圧倒的戦力を保持している。
勝つ事はほぼ不可能。生き残る事さえ危険性を伴う可能性があるのだ。
因みに、魔競においてサレンダーは意味を成さない。
そもそも降伏は存在しない。
いざと言うとき降伏してどうにかなるほど魔術の世界は甘くない事が顕著に現れている部分だと思う。
まぁ、本当の実践とはいわゆる「殺し合い」と言うのが典型的な例だったと聞いた時は心苦しかった事は今でも記憶の奥底に刻まれている。
実用魔術を鍛える為にとは言え、この様な例外的な場合はこのルールでさえ苦しい。
「どう考えてもお兄ちゃんは圧倒的に不利だね。」
今更解りきっている事だがいざ口に出されてみると不安感が押し寄せてきた。
なんて肝の小さい男だろう、そんな自分の矮小さが恨めしい。
「まして、状況が状況だ。この決闘、指定時間からして普通じゃない。」
「午前二時・・・・・。いつもの熟睡時間だな、正直な所はサボりたいが、な。」
「・・・・・・やっぱり、行っちゃうの?」
静かに頷くと「な_____」意外な所から驚きの声が上がってきた。
あの冷静な服部が取り乱している。
「おい、正気か!?相手との戦力差をちゃんと考えているのか!!いくらお前でも・・・・」
確かに。あいつのいう事は真っ当だ。その判断は間違っていない。
しかし、俺はお前みたいに真っ当な人間では無い。
その手紙を送られてきたときから抱いている疑念が晴れるまでは立ち止まれない。
「いくらだろうと何だろうと真っ向勝負じゃあ太刀打ちなんか出来るわけがないだろう?」
当然、対抗策は無い事も無い。
効くかどうかは先生に太鼓判を押してもらっている。それが効かない訳が無い。
一か八かの真剣勝負。少年漫画みたいな展開があってもいい気がする。ほんの少し。
「・・・・・まさか、勝算があると言うのか・・・・?」
「ま、真っ当じゃない方法だけどな。勝っても後味悪いし出来れば使いたくはないけど。」
無理でもやるしか無い。それ以外は選ばない。
俺という存在は、それ以外の選択肢等元より持たないのだから。
そうして刻々と時は過ぎ、約束の時を迎えようとしていたのだった。
一方其の頃。
学校外の隣接した森林。
その森林の最深部、周囲の霊脈の中心地に位置する建造物。
外見は古びたマンションそのものなのだが、それは「外部から」である。
関係者は全員この建物の正体を知っている。
これは「虚像」。
魔術によって「見せている」だけの実在しない映像の産物である。
そこで、紅の水晶を眺めている人物が一人佇んでいた。
煌々と紅の光を反射光として輝かせるそれは語るまでも無い神話の遺物。
既に歴史的価値を証明され、かつ悪影響を世界に与える神具であった。
それを操る彼女も並みの魔術師ではない。
長く美しい銀色の髪を靡かせ、彼女は水晶の内部に意識を移していた。
魔術が普及したこのご時勢、全くこういう人間が居ても不思議ではない。
奇妙なのはその周辺の状況だった。
周囲に嫌と言うほど満ち満ちている氷河を連想させる巨大な氷の欠片。
今にも昏睡してしまいそうな極度に冷やされた空間。
その中央。
元々は貴重かつ永久的に保存する為の魔術を施された魔法陣の内部。
人間が数人倒れている。
全員が教員免許を取得した教員クラスの魔道師であった事を彼女は知らない。
周囲の人間に意識は無く、うめき声さえも聞こえない。
その体が自意識で動く事はありえない。
首より下の全身は氷漬けになっていた。
いくら優秀な魔術師と言えど全身を冷凍され硬直された状態では死の危険もある。
それをやってのけた張本人。
そこに安置されていたはずの「特別」な水晶を眺めながらその少女は呟く。
「お前だけは、必ず消す。・・・・・・・・・・・神崎、拓夢・・・・・・」
その少女こそ、如月真理阿と名乗ったその人であった。
丑三つ時。
午前二時半からの三十分間を指す時間単位である。
日本では陰と陽を中心にする陰陽学の視点から、最も不吉とされる時間帯である。
言い伝えでは鬼や怪異・妖が徘徊する現象が今日の京都では確認されていた様だ。
その不吉極まりない時間帯、俺は指定された場所まで足を運んでいた。
学外の学校指定専用運動場である。
最初に言っておかねば成るまい。
ここは想像以上に広い。何せ学校が学校である。スケールが桁違いだ。
(成程、色々やらかす腹って事か。しかも、ご丁寧に運動場とは・・・・・・・・・)
運動場は逃げ隠れする場所もない。グラウンドの中に入れば蜂の巣だ。
学校とは中々の距離がある。それ以前に保持している範囲が広すぎる。
これでは逃げ場が全くといっていいほど無いではないか。
一対一の喧嘩ならまだしも、魔術戦を行うとすれば最悪の条件だ。
その超アウェイで今から戦うのだ。緊張で寝てもいられない。
「それで、成功する可能性はどのくらいだ?」
一応紅葉の確認を取る。服部は五月蝿いので部屋に置いてきた。
「絶対成功しないよ。恐らく0%だと思う。これでどう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いや、そんな事は聞くまでもなかった。
自分でもこんな滅茶苦茶な作戦が成功するなんて思っては居ない。
作戦の成功確立を聞いて置きたかったのではない。
用はポテンシャルの問題である。
どれだけの逆境か。それだけが俺の聞きたかった事だった。
おそらく彼女は止めたいのだろう。
先程から俺の服の袖を摘んでいる。そこから小刻みな振動が伝わってくるのを感じる。
だが、彼女はあくまで教員だ。教員に止める権限等無い事を承知している。
そこで矛盾を感じている。そう思ってくれている。それで十分だ。
それだけで、絶対に帰ってこようと絶対に思っていられる。
義兄は行こうとしている。
断言できる。
絶対に兄では彼女には敵わない。
例え自分だとしても勝利の難しい氷雪魔術の天才の少女。
それに対して魔術一つロクに習得する事も出来ない落ち毀れ生徒の兄。
力の差は圧倒的。技術面でも相手に分がある。
獅子に対して鼠の赤子を放り込んでみよう。鼠は獅子に勝てるだろうか?
そんな無謀な賭け染みた実験を試行する研究者と大して変わらない。
敗北は眼に見えている。
しかし、私は教育者としてこの決闘を止められない。
もしかしたら、帰って来る時は五体満足では無くなっているかもしれない。
心なんて簡単に砕かれてしまうかも知れない。
それは、目の前の彼には一番解っている事だ。
何者よりも、誰よりも彼が一番怖いはずだ。
しかし、彼の足はその距離が縮まる程により力強さを増している。
その背を見る度に止められなくなりそうだった。
それだけ彼の闘志は圧倒的過ぎて言葉に出来ない。
情けない事に、今の私では彼を止める事も一言掛ける事も出来ない。
だから、少しだけ彼の服の裾を引く。
気持ちを素直に言葉に出来ない私は、なんて酷い女なのだろう。
指定場所のグラウンドに着く直前。
そして、彼はこう呟いていた。小さく、力強く、そう、言い聞かせるように。
「上等じゃねぇか。奇跡って奴は、誰でも起こせるって事を証明してやる。」
さて、二話が終わりました。
次回で主人公死亡フラグが建つのか、あるいは・・・・・・・・・・・・・・・・
何はともあれ次回にご期待ください。