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2月7日

2月7日。特に何の日でもない。

強いて言えば200年以上前にナポレオン戦争が起こったぐらいだ。

しかしこの俺、後冬春登にとっては。いや、全ての男子高校生にとっては、あるスタートを切る重要な日となる。

何に向かって走るのか。ゴールは一体どこなのか。

それは一週間後の2月14日。そう、運命の日とも言われる『バレンタインデー』のことである。


バレンタインデー。英語で書けば「Valentine's Day」。

ローマの女神『ユノ』の祝日とされていたこの日は、

いつのまにか日本にまで渡来して、異性に対しチョコを献上する日へと進化を遂げていた。

いや、一律に進化と言うことは出来ないかもしれない。

それというのも16年間生きてきたこの俺のバレンタインデーの記憶と言えば、

クラスメイト全員に配るチロルチョコや、母親、親戚、隣の家の幼馴染からの物しかない。

逆にあの忌まわしきイケメンのやつらときたら、彼女がいれば彼女から優一無二のチョコレートを。

いなければ、俺の貰ったチロルチョコに加え都市伝説とも疑われる「本命」チョコと謳われるブツを受け取る姿を見てきた。


例えるならばそう、あの夏の高校野球のようだ。

努力の量はみな同じ。全身全霊を尽くして練習してきた。

しかし、強豪・弱小はどうしてもでてきてしまう。それが顔の差に繋がっているのだ。

そして義理チョコはいくつ貰っても仕方が無い。県大会でいくら活躍しようと、優勝しなければ意味が無い。

甲子園に行き全国制覇を目指す事は本命チョコを貰ったもののみに権利が与えられるのだ。


ここ近年は土日に阻まれ地獄を見る事を避ける事が出来ていた。

だがしかし、3年ぶりとなる平日のバレンタイン。中1以来の恐怖が俺を襲うことになるのだ。

それがとうとうあと一週間。最凶のカウントダウンが、下駄箱から靴を取りだしたこの瞬間から始まったのだった。


「一週間…。月の神がもう一度顔をのぞかせる事があれば、その時こそ我らの決戦の時。」

まあ、ようは次の月曜日ということだ。

俺のクラスメイトであり、戦友でもある田中はやはり言うことが違う。

「後冬よ。一週間後のこの靴箱に甘い幸せが訪れん事を祈ろう。」

「ああ。お互いにな。」

3年ぶりにこいつとまた手を組み戦えるのだと思うと全身が奮い立つ。

ということは無く、どうせ今年も一緒に貰えないまま終わるのだろう。


教室へ着くと、俺や田中の所属する7人のクラス内グループが円陣を組んでいた。

「よお、後冬に田中。お前らも早く入れよ。」

この笹原もまた運命の日に命を掛ける戦士だ。

「ちょうど今、VDについて話し合っていたんだ。お前らももちろん話しながら来たんだよな?」

VDとはバレンタインデーの略称だ。俺らだけの暗号として使用されている。

しかしこの笹原、やはりデキる。

「どこまで話は進んだんだ?」

俺は彼に状況報告を頼んだ。

「残念ながら、まだ誰が誰にやるといった情報は一つも入っていない。」

と彼は首を横に振った。

「今分かっているのは、20人の女子のうち、15人がフリーだということだ。」

「なるほど。可能性があるのは15人…、確立としてはその半分、7~8人が渡す計画をしているってところか。」

流石は田中。この冷静かつ素早い計算能力、やはり俺の見込んだ男だ。

「だが、彼氏持ちでないやつらの中でチョコを貰いたい奴となると、相当限られてくる。」

と、俺は言った。

「そうだな。逆に絶対貰いたくない顔も性格もブスなやつが3人もいる。」

その笹原の意見に皆、大きく頷き賛同の意を表した。

「それに関しては、その内二人の白川と黒谷は恋愛系イベントに諦めを持っているから問題ない。

しかし、灰原。あいつだけは、何にでもでしゃばって前に出てくる。自分を人気者だと勘違いしている。」

田中が熱弁する。

「そして最大の問題は、一番ポイントの高い持木さんの横にいつもそいつがいることだね。」

俺等の仲間の一人、遠藤がそう言って入ってきた。

「持木さんは義理チョコをくれるタイプの人。そうだろ?春登。」

「ああ。中1の時も貰った。おいしかったぜ。」

「おぉぉ」と小さな歓声が起こる。

実は去年・一昨年と、土日にもわざわざ俺の家に来て貰っていた。

生まれたころから隣の家にいた持木は仲のいい幼馴染だ。

しかしここでそれを公言してしまっては、裏切り者にされてしまう。自慢したい一心をぐっとこらえる。

「持木さんから貰えたとしよう。これほど良いことは無いだろう。」

「だが、そうすると灰原からも貰わなければならない状況になることが想定されるわけか…。」

遠藤の言葉を途中で笹原が奪う。彼と意思疎通したことに遠藤は満足げに笑みを浮かべた。

「しかし、これに関しての回避方法は無い。例え灰原でも持木さんの目の前で受け取りを断る事は紳士道に反する。」

田中はそう言ったが、俺はそのとき全くその心配をしていなかった。

なぜなら今までに一度として、持木から「みんなに配る用」のチョコを貰ったことは無いからだ。

毎年、丁寧に包装したチョコを俺が一人の時にくれる。(中身は市販のもので、十中八九みせで包装してもらっているものだが。)

というか、こいつらには持木からの義理チョコないんじゃないか?

誰かが彼女からチョコを貰っている姿なんて見たことが無い。俺以外で。


「席につけー。」

そう言って教室に入ってきたのは、担任の長野だ。

左手の薬指にはキラリと金色の指輪が光る。

結婚…。夫婦間ではチョコのやり取りはあるのだろうか。うちでは無い。

「バレンタインまであと一週間だな。男子も女子もうかれるなよ。」

小さな笑いが起こる。次の言葉で地獄を見るとも知らずに。



「うちは弁当とお茶・水以外の飲食物は持ち込み禁止だ。その日に限って朝から荷物検査を行う。」



…な…に………。

修学旅行、ましてや試験の日にさえ荷物検査などしていなかったくせに、なぜこういう時ばかり…。

思えば、この学校はどこか変だ。6月になるとやけに職員室がピリピリしていたし、

12月24・25日にはこの学校オリジナルの模試テストが丸一日×2日かけて行われた。(これには救われたが。)

恋愛イベントにそんなに抵抗があるのか!?青春時代に悪い思い出しかないとかそういうことか!?

とにかくこのままではこの二年間となんら変らないことになってしまう。朝の会が終わるとすぐに俺等は集まった。

やはりその意思は誰とてブレることなく、限りなく同一の物だった。

「どうするんだよ…。これじゃあ俺等のこの燃え盛る闘士は一体どこへ向ければ…。」

誰よりも力の入っていた田中はその反動で誰よりも落ち込んでしまっていた。

「いや、物は考えようだぞ。こうなればカップルも貰えない。差は生まれないってわけだ。」

ポジティブシンキンガー遠藤は未だ挫けていない。

「だけど、カップルは確実に別の日に渡すだろ。俺らには別の日なんて存在しないんだよ!!」

「あ…。あ…!!」

田中の反論できぬ口撃に遠藤はポテンシャルを折られ、とうとうガクリと腰を落とした。

「みろよ女子共の姿を。全く気にも留めていないぜ。最初からやる気なんて無かったんだ。」

ついにはあの笹原でさえも弱音を吐いている。もうどうにも出来ないのだろうか。

その日、俺らの肩が上がることは無かった。

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