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金曜日の放課後、雪沢が部室に行くと瀬野がすでにおり、なにかを読んでいた。

「雪沢さん、こんにちは。前の新聞読ませてもらってます。成嶋さんは一緒じゃないんですか?」

「しおりちゃん、こんにちは。成嶋は教室で友達と話してたから、ちょっと後でくるんじゃないかな。」

挨拶がすんだところで、雪沢は写真の事を聞いてみる事にした。

「しおりちゃん、こないだの新聞でオレの記事に使った写真、元の画像って今持ってるかな?」

「はい、持ってますよ。」

「ちょっとコピーさせて欲しいんだけど、いいかな?」

「はい。」

瀬野はカバンを開けてカメラを取り出すと、カバーを開けて中からメモリーを取り出した。

「コピー終わったら返してもらえますか?しおり、今日カメラ使おうと思ってるので。」

「ありがとう、すぐ返すから。」

雪沢は瀬野からメモリーを受け取ると、すぐにコンピューター室へと向かった。


コンピューター室から戻ってくると、部室には成嶋がきていた。雪沢は瀬野にメモリーを返し荷物を取ると

「今日は先に帰るわ。」

と言って部室から出ていった。

「珍しいわね。」

成嶋が出て行く雪沢に声をかけた。第二新聞部の活動は、新聞の発行前以外では特に決まった事はないので、部室にくるかどうか、部室で何をやるのも自由だった。ただ雪沢は活動日には必ずいて、魔術の本を読んだり実験をしたり、または他の第二新聞部の仲間と雑談をしているのが当たり前だった。


雪沢は部室を出ると、グラウンドの奥の通用門へと急いだ。山水学園には正面玄関と通用門があり、生徒はどちらを使っても構わないのだが、大多数は教室から近い正面玄関を使っており、通用門は狭く、また教室とグランドを挟んで反対側にあるのでごく一部の生徒しか使っていなかった。

通用門の近く、塀沿いに植えてある木の影に隠れるようにして亜崎が待っていた。

「雪沢くん、来てくれたのね。」

「約束は守るほうだぜ、オレは。」

「それで画像データはどうだったのかしら?」

「問題ない、ちゃんと持って来たよ。」

「じゃあうちに行きましょう。ちょっと遠いけど、歩いていける距離ではあるから。」

「えっ?ああ、わかった。」

そうして雪沢は亜崎について彼女の家へと向かった。


同じ頃、第二新聞部の部室に斉藤がやって来ていた。

「こんちわーす。あれ雪沢先輩は?」

「今日は帰ったわ。」

「はー、じゃあやっぱりさっきグラウンドから見かけたのは雪沢先輩だったんですね。」

斉藤はバッグをおいて、椅子に座りならそういった。

「えっ、雪沢そっちから帰ったの?」

成嶋が尋ねた。

「俺六限が体育だったんで、終わってからそのまま友達と遊んでたんですよ。そしたら通用門の方に走ってくる雪沢先輩らしき人を見かけて。門のところで誰かと会ってたみたいですね。」

「へえ、どんな人?」

「離れてたんでよくわからないですけど、髪の長い女子でしたね。」

「なるほどなるほど、それで今日は帰っちゃったのね。」

成嶋は納得したように微笑んだ。


15分ほど歩いて、雪沢は亜崎の家についた。駅からは少し遠いが閑静な住宅街の中にある一軒家だった。

「どうぞ上がって。今誰もいないから。」

玄関のドアを開けながら亜崎が言った。

「うん、お邪魔します。」

玄関を入ると廊下と階段があった。

「わたしの部屋は二階だから。」

雪沢にスリッパを出すと、可愛らしい赤いスリッパを履いて亜崎は階段を上がって行った。雪沢はその後についていった。階段は思いのほか急で、階段を登る亜崎の揺れるスカートにドキリとした。階段を上がってすぐの部屋が亜崎の部屋のようだ。

「散らかっているかもしれないけど。」

そう言って雪沢を部屋の中に招いた。そこは薄いピンクで統一された、可愛らしい部屋だった。左にはベッド、右には勉強机と本棚が壁に沿っておいてあった。亜崎はああ言ったものの、雪沢にはどこが散らかっているのかわからないほど整頓された部屋に思えた。

「飲み物持ってくるからちょっと待っていてね。」

折りたたみ式のテーブルを部屋の真ん中に広げて、クッションを雪沢に差し出すと、亜崎は部屋を出て下へと降りて行った。

「へぇ……。」

雪沢はクッションに座ると部屋を見回した。雪沢はこれが女子の部屋に入るのは初めてという事に、今更ながら気がつき緊張してきていた。ベッドを見ると枕元にぬいぐるみが置いてあった。ほんとに女の子はこういったものを置いてるんだと思いながら見ていると、なにかピンクの布のようなものが視界に入った。次の瞬間、雪沢はそれがパジャマだとわかり慌てて視線をそらして、反対側にある本棚を見た。こちらはベッドとは違って厳つい印象を受けた。雪沢も知っているオカルト関係の雑誌や書籍が並んでいた。

「お待たせ。」

亜崎が飲み物を持って戻ってきた。雪沢は飲み物を受け取ると、一口飲んで緊張で乾いた喉を潤した。

「じゃあ早速だけど、画像の分析をしましょう。」

そう言って亜崎は勉強机の上に置いてあったノートパソコンを折りたたみテーブルに移動した。すでに起動したままだったのか、すぐに画面が表示された。

「雪沢くん、画像を貰えるかしら。」

雪沢はカバンの中からメモリーを取り出すと亜崎に渡した。亜崎はノートパソコンにメモリーを装着すると、ソフトを立ち上げ画像ファイルを読み込んだ。

「これが言っていた解析ソフト?」

雪沢は画面を覗き込みながら聞いた。

「そうよ。」

亜崎は画像の足と絡まった草のあたりを拡大した。拡大する事で草の根もとの人型の影がわかりやすくなった。

「確かに人型に見えるな。」

「次の処理でこれが何なのかはっきりするかもしれないわ。」

亜崎がパソコンを操作すると画像が変化した。

「えっ?これは!」

雪沢は声を思わず声をあげた。草の根もとの人影が見えた場所から全身が白い小人が浮かび上がってきた。小人の形は大まかな人型だった。全身滑らかで表面に凹凸は見当たらなかったが、顔にあたる部分には目と口に見える三つの黒い穴があった。

「思った通りだったわ。これはホムンクルスね。」

「ホムンクルス?」

「そうよ。このソフトはね、画像から魔法が働いている箇所を抽出してくれるの。ある程度画質がよくないとうまくいかないんだけどね。この画像はかなり画質がいいみたいで、綺麗に抽出できたわ。」

「亜崎さんは一体そんなソフトをどうやって手に入れたんだ?」

「それはまだ言えないわ。」

亜崎は微笑んで雪沢を見つめると、話を続けた。

「彼が転んだのは偶然なんかじゃないの。ホムンクルスが転ばせたのよ。そしてホムンクルスがここにいたと言う事は、なんらかの魔力が働いたに違いないの。雪沢くん、思い出して。この時になにか特別な事はなかった?」

「えっ、そんな事はなかったと思うよ。」

そう言いながらも雪沢はそのときの事を思い返していた。

(あの時は男の足のオーラが赤く変わるのが見えたんだっけ。瀬野が蹴られると思ったけど、オレは男に届かないからなにか止める手段があればと思ってたかな……)

「あっ?」

ふと雪沢の頭にある考えが浮かび、思わず声が漏れた。

「なに?なにか思い出した?」

亜崎が聞いてきた。

(もしかするとこのタリスマンの能力はオーラを見るだけじゃなかったのかもしれない。あの時オレはなんとかしてアイツを止めようと必死だった。その思いがなに新しい能力を生み出したんじゃないだろうか。前にホムンクルスの作成を試してたから,その時のことが深層意識にあって、この小人を生み出したとか。)

雪沢は亜崎の問いかけには答えず、しばらくうつむいて考えていた。その間、亜崎は雪沢を見つめてじっと待っていた。

「いや、ちょっと突拍子もない考えだし。」

こんな話をしても信じてくれないかもしれないという思いがして、雪沢は話すのをためらってしまった。

「雪沢くん、それでもいいわ、話してみてもらえないかしら。あなたとわたしには不思議な縁があるように感じているの。普通だったら、わたしは知り合ったばかりの人を家に上げたりはしないし、このソフトを使うのを見せたりはしないと思うの。なにかのごまかしだと言われるのではないかと不安になるし。でもあなたは信じてくれた。だからわたしも雪沢くんの言うことを信じるわ。だから心配せずに話してほしいの。」

亜崎がゆったりとそう言った。

「わかった。信じられないかとは思うけど、オレ、人のオーラが見えるんだ。」

雪沢は決心してそうつぶやいた。

「すごいわ。そしてわたしはその言葉、信じるわよ。」

亜崎が言った通り,彼女は雪沢の言葉を信じてくれた。一呼吸置いて雪沢は話を続けた。

「オーラを見れるようになったのは、ある魔術書にあったタリスマンを作ってからなんだ。今まではその能力しかないと思ってた。でも他の-つまりホムンクルスを操るみたいな力も-あったのかもしれない。あの時、オレは写真の男が瀬野に襲いかかるのをなんとか止めようと必死だった。その思いがタリスマンの別の能力を発動させたんじゃないかと考えたんだ。」

亜崎はその話を黙って聞いていた。雪沢はオーラを見ていたが特に変化する様子はなかった。

「興味深いわ。」

話を聞き終わるとすぐに、亜崎はこう答えた。

「雪沢くん、よかったらそのタリスマンを見せてもらえないかしら?」

「ああ。」

雪沢はポケットからタリスマンを取り出すと、掌にのせて見せた。亜崎はそれを回りこんで眺め、じっくりと観察した。

「ありがとう。このことを知っている人は他にいるの?」

「いや、このことを話したのは亜崎さんが初めてだよ。」

「そうなの。じゃあこのことは二人の秘密なのね。」

微笑みながら亜崎はそうささやいた。そして一瞬沈黙し

「わたしも雪沢くんに秘密を言うわ。わたしにもそういった力があるの。わたしはね、写真に写った魔力がわかるの。」

と告白した。

「えっ?」

いきなりの言葉に雪沢は衝撃を受けた。

「わたしもさっき、雪沢くんが言ってくれた時、すごくびっくりしたの。でも同時にね、『この人は仲間』、そう思うと嬉しくなったの。」

「そうか、仲間か。」

雪沢は亜崎の言葉を繰り返した。

「それじゃさっきのソフトは?」、

「これはわたしが作ったものよ。自分がなぜ魔力を見る事ができるのか、それを知りたくて魔力が写っている画像をたくさん調べたの。そうしたら魔力がある場所では特定の法則に従って、わずかに色が変化している事を発見したの。多分わたしはその変化を感じ取っているのだと思うわ。ソフトはそれを強調して、わたしが見ているのに近い画像にするものなの。」

亜崎はここまで言うといったん口を閉じ、話題を変えた。

「雪沢くん、さっきのオーラの話だけど、もしかして私のも見えているの?」

「ああ、亜崎さんのオーラは他の人より厚かったんだ。だからオレも最初みたときから亜崎さんはなにか特別なんじゃないかと思っていた。」

「そうなのね。雪沢くんからすると、わたしが変わっているのはわかっていたのね。」

亜崎は軽く笑うと話を続けた。

「雪沢くん、さっきの推測が正しければ、もう一度ホムンクルスを出すことが出来るのではないかしら?」

「そうか。そうだね。」

「ちょっと試してみてもらえないかしら?」

亜崎は勉強机の上からシャープペンシルを取ると、部屋の端に立てた。

「これを動かしてみて?」

「わかった、どうやったのか分からないけど,やってみるよ。」

そう言うと雪沢はシャープペンシルを見て、倒れるように念じてみた。しかしなにも起こらなかった。

「ああ、あのときは叫んでいたな。」

そう言うと今度は叫びながらやってみたが、やはりなにも起こらなかった。雪沢はしばらくいろいろと試してみたが、シャープペンシルが動いたりホムンクルスが出たりする気配は感じられなかった。

「うまく行かないな。タリスマンの新しい能力って推測は違ってたんだな。」

「でも雪沢くん、話を聞いているとそのタリスマンがなにかしら影響していると考えるのは間違っていないと思うの。」

亜崎は人差し指をあごに当てて斜め上を見て考えをまとめているようだった。

「なにか別の条件があるのではないかしら?例えば他の誰かがいなくちゃいけないとか。」

「うーん、そうかなぁ?」

「雪沢くん、ホムクルスのことがはっきりしたのも、あなたとわたしの縁があったからだと思うの。だからこの事をもっとはっきりさせたいのよ。それにはホムクルスが出現したときの状況になるべく近づけるのが一番だと思うの。そのときは第二新聞部の後輩を救おうとしていたのでしょ?ならその人がいたほうがいいと思うし,その場にいた他の人もいた方がいいのではないかしら?もっとも相手の男は無理でしょうから、集めることが出来るのは第二新聞部の人達になるかしらね。」

「言われてみれば、そうかもしれないな。」

雪沢は亜崎の熱意に圧倒されていたが、あの時と近い条件にすれば、ホムンクルスが出てくるかもしれないという説には説得力を感じているのも事実だった。

「じゃあ第二新聞部の人達を集めてもらえるかしら?ホムンクルスの事は言わない方がいいでしょうね。もし集まったところでホムンクルスが出現したら、そのときにはみんなに教えればいいのではないかしら。」

「わかった。」

「わたしも早く知りたいから、なるべく早いと嬉しいな。たとえば明日の土曜とか、明後日の日曜とか。」

「聞いてみるよ。どこに集めるのがいいかな?再現するとすればあの病院なんだろうけど、ちょっとあそこに呼ぶのは難しい気がするよ。」

「そうね。じゃあ学校でいいのではないかしら?グラウンドと校舎の間の雑木林とか、あの病院の写真と似ている気がするし。」

亜崎は新聞をめくりながらそう言った。

「そうかな?まあ学校ならなにかしら理由を付けて集まりやすいけど。」

「決まりね。あ、わたしは最初隠れて見ているわね。出て行くと説明大変になりそうだし,当時の状況とも違ってしまいそうだから。」

「わかったよ。じゃあ詳細が決まったら連絡するよ。えーと……」

雪沢は連絡先を聞いていいものかどうか分からず、その先の言葉を言えないでいた。

「わたしの連絡先って教えてなかったわね。交換しましょう。」

亜崎は気にしたようすもなく、ケータイを取り出すと番号を交換した。

「じゃあ正一くん、連絡待っているわ。」

「えっ、ああ、うん。」

苗字ではなく名前を呼ばれたことに焦った雪沢は、しどろもどろな返答をして立ち上がった。

「あ、待って、正一くん。」

亜崎は雪沢の頭に手を伸ばした。直後、雪沢は頭にチクっとした痛みを感じた。

「いてっ。」

「ごめんなさい。髪の毛にゴミがついていたので取ろうと思ったのだけれど、間違って髪の毛まで引っ張ってしまったみたい。」

亜崎は謝ると、ドアを開けて雪沢を誘導するように下に降りていった。

「じゃあね、正一くん。今日はいろいろなことがわかって嬉しかったわ。またね。」

「オレもうれしかったよ。まさか他に力を持っている人がいて、こんなに早く会えるなんて。」

「そうね、すごく縁を感じるわ。」


雪沢は亜崎の家から帰る途中、魔術書にある言葉を思いだしていた。

「『魔術を正しく志せば、かならずいつか導きが訪れる。それは師となる魔術師との出会いかもしれないし、有用な魔術書との遭遇かもしれない。すべては魔術を志すもの同士の縁によって決定される』か。あの本に書いてある事は間違っていなかったんだな。そしてまたタリスマンの能力が増えるかもしれないわけだ。」

雪沢はタリスマンを手にとって見てみた。最初はオーラを見るだけだったが、このおかげで病院において男たちとの戦闘に勝利することができた。そしてそれがあったから亜崎とも知り合えた。さらにはホムンクルスを呼び出す能力があるのかもしれないと考えると、雪沢にとって魔術の世界への道標だった。そして雪沢は第二新聞部のみんなを呼び出す口実を考え始めた。だがあまりうまい嘘は考えつかず、『明日魔術に関する画期的な実験をしたいが、第二新聞部の全員いないと出来ない。』という話をしてみることにした。時間は先週の病院探検と同じく19時から始めることにしておいた。

「サトシとしおりちゃんは来てくれると思うけど、成嶋はどうかなぁ。」

やや心配しながらみんなにメールを送った。すぐにサトシから参加するとの返事があった。しばらくして成嶋からの返事があった。文句がいろいろと書いてあったが、参加はしてくれるらしい。瀬野からの返事が来たのは雪沢が家に着いた頃だったが、参加できるということだった。

雪沢はこの結果を早速亜崎に連絡した。返事はすぐ来て、彼女はあらかじめ学校にいるので始める前に連絡して欲しいと伝えて来た。


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