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元の道をさらに10分ほど登るとまたT字路があった。正門につづく道と違い、今度の道は細く、とくに標識などもなかった。ただ廃墟巡りで人が訪れているせいなのか、植物が生い茂っている感じは周りに比べると少なかった。しばらく進むと塀のなかに「黒須病院通用口」と看板がかかった、高さは2メートルほどの扉があった。

「ここから中に入れるはずです。」

「よし、やってみるよ。」

雪沢はノブを掴むとゆっくり回してみた。やや抵抗を感じたものの、ちゃんと回った。そのままノブを引くと、金属の摩擦音とともに扉が開いた。

四人は扉を抜けて病院の敷地に入った。すでに日は落ちており、病院の照明は当然ながらなく、道沿いの街灯の光がわずかに差し込んでいるものの、あたりは暗かった。

「なんか雰囲気あるな。」

「そうですね、しおりもこの雰囲気には期待しちゃいます。」

「雰囲気ありすぎですよー。」

「懐中電灯使ったほうがいいわね。雰囲気はあるけど、暗くてよくわからないわ。」

そんなことを言いながら皆はあたりを見回していた。すぐ右手には駐輪場があり、壊れた自転車が何台か放置されていた。駐輪場と並行に五階建ての建物が建っていた。窓が多くあるが大部分は割れていた。この建物の奥には、別のもう少し高い建物も見えた。地面にはコンクリートの道がのびており、脇には木が植えられていた。手入れがされていないので、根元には雑草が生い茂っていた。

「ここは病室だったみたいですね。」

そう言いながら瀬野は駐輪場や建物の写真を撮っていた。

「幽霊を見たってのはどの辺り?」

「診療室などがある本館という建物らしいです。」

「じゃあ早速その本館を探してみようか。」

雪沢はそう言うと、懐中電灯で前方を照らしながら、奥の建物に向かって歩き出した。ちょっと進むと道の脇に案内板があり、照らしてみると

<本館←→第一病室>

と書いてあった。

「向こうに見えるのが本館みたいだな。」

「あそこが…。あそこで見たって話があるんですよね?」

斉藤が不安そうに言った。

「しおりの聞いた話だとそうでした。」

「大丈夫よ、斉藤君。あたしが原因を解明するから。」

雪沢は三人のオーラを見た。斉藤は紫色っぽい青だった。これは怯えているからだろうか?瀬野は駅で見た時よりも濃い青で、この廃墟に来たことでさらに興奮しているのだろう。成嶋は普段と変わらないようだった。

「じゃあ、あの本館に行ってみようか。サトシも平気だよな?」

「え、あ、はい。」

そうして四人は本館へと続く道を進んで行った。


しばらくすると左右に分かれるT字路に突き当たった。左手五十メートルほど先には先ほどの正面入口があり、右手十メートル先に本館があった。雪沢達は右に曲がると本館玄関に到着した。病院の玄関だけあってかなり大きい。外側のドアの奥にもう一つドアがあり、どちらも透明な中央から開く形の自動ドアだった。雪沢はドアの前に立ってみたがドアは反応しなかった。

「当たり前だけど、開かないな。」

だがドアは完全に閉まっておらず、左右のドアの間に少し隙間があった。雪沢はそこに手を入れてドアを横に動かしてみた。それを見て斉藤は反対側のドアを動かそうとしていた。ドアは重かったが人力で開かないほどではなく、ゆっくりと動いて隙間は人が通れる大きさまで広がった。

「よし、サトシ、中のドアも開くか試すぞ。」

「はい。」

二人は中に入り内側のドアを見た。これもドアが完全には閉まっておらず、隙間があったのでそこに手をかけてドアを開くことが出来た。

「これで中に入れるな。」

雪沢達は女子二人を呼ぼうと一旦外へと出た。成嶋と瀬野は本館から少し離れたところにおり、瀬野が本館や辺りの写真を撮っていた。

「ドア開けたから中に入れるぞ。」

「そう、ありがとう。でも瀬野さんが撮り終わるまでちょっと待って。」

「大丈夫です。十分撮れましたから。」

瀬野はそう言うと入り口の方に歩いてきた。そして全員で病院内へと入った。


入った場所は広いロビーだった。外からの光はわずかに入るだけで、かなり暗くて視界は悪い。だがオーラは明るい時と変わらず見えていた。これならばみんなを見失うことはないだろう。

雪沢達は懐中電灯を照らして辺りの様子を確かめた。ロビーにはソファーがいくつか置いてあった。元はきちんと並んでいただろうけれども、今はバラバラの向きになっていた。右手には複数の窓口がある受付のカウンターが見えた。正面には上へのエスカレーターがあり、エスカレーターの奥には診察室があるようだった。床には埃がつもりゴミが散らかっていた。

「なるほど、これはいてもおかしくなさそうだな。」

雪沢がつぶやく。

「しおりちゃん、どの辺で見たかわかるかな?」

「三階らしいです。」

「あそこのエスカレーターを登って三階にいってみるか。」

「雪沢さん、ちょっと待ってもらっていいですか?しおり、このあたりの写真を撮りたいです。」

「ああ、もちろん。」

瀬野はカメラを構えて付近の写真を撮りはじめた。フラッシュが光り、暗闇に慣れてきた目に眩しく感じた。

その時、ガタッという音が奥の方から聞こえてきた。一瞬全員の身体が固まった。

「今何か聞こえましたよね?」

小声で斉藤が言った。

「ああ、奥の方から聞こえてきたな。」

雪沢はそう答えると、音のしたエレベーター奥を照らしてみたがそこには何もなかった。だがちょっと安心した雪沢が懐中電灯を下ろそうとすると、今度は別の音が聞こえてきた。コツンと乾いた音が連続して室内に反響しており、どうやら足音のようだ。

「雪沢先輩、まさか出ちゃったんですね?」

「あ、ああ。」

「そんな訳ないでしょ、多分廃墟見学に来ている別の人よ。」

うろたえている雪沢を尻目に、成嶋がそう答えた。その間にも足音は段々と大きくなってきていた。そしてエレベーター奥を照らしている懐中電灯の明かりの中に人影が現れた。

「わっ。」

幽霊かと思った斎藤は小声で驚きの声をあげた。だが向こうからは

「なんだよ、眩しいな。」

と怒鳴り声が返ってきた。あわてて雪沢は懐中電灯の明かりを下に向ける。成嶋の言った通り、幽霊ではなく人間のようだ。同時に雪沢はその周りに青のオーラを確認した。

その男はどんどんと雪沢達に近づいてきた。近づいてくるにつれて、段々と姿がはっきりしてきた。雪沢達と同じく高校生のようで、ブレザーの制服を崩して着ていた。背は高く細身で、制服から出ている手足は骨ばっていた。顔も頬がこけており、目が細く表情は硬く不機嫌そうに見えた。

「お前たち、何?」

そばまで来ると男はそう言った。

「えーと、オレ達ここの病院に廃墟見学に。あなたもですか?」

「知らねーよ、ここは俺たちの場所だから勝手に入ってもらっちゃ困るんだよ。」

雪沢が言い終わるのを待たずに男は言った。

「えっ、俺たちの場所って?」

「そうだよ。まあ知らなかったのはしょうがないとして、入ってきたからには入場料をもらわないとな~」

「なんだそれ?」

理不尽な要求に斉藤が思わず声をあげる。男は斉藤をみると

「なんだもなにも、それがヒトとしての常識だろが?」

と言って睨みつけてきた。斉藤も負けじと睨み返す。雪沢は睨み合っている二人を呆気に取られて見つめていた。二人ともオーラは濃い青だった。斉藤は先ほどの怯えた状態ではないのを知って、雪沢はすこし安心した。

ふと視界の端に、青いオーラが動くのが見えた。雪沢がそちらに顔を向けると、奥から別の男がやってくるのが見えた。

「よう、どうだった?」

奥の男が細身の男に声をかけた。細身の男は斉藤を睨んだまま少し下がり、奥の男のほうを向くと

「ああ、客みたいだ。」

と答えた。

奥からくる男は最初の男と違いかなり太っており、ドスドスという足音をたててこちらに近づいてきた。丸顔で首が身体に埋まっているように見える。最初の男と同じ制服を着ていたが、サイズがあっていないのか前が大きく開いていて別の服のように思えた。

「ふーん。」

最初の男の隣までやってくると、辺りを見回した。

「なんだ、女もいるじゃん。」

太った男はそう言うと、雪沢の脇を抜けて瀬野の方へ向かった。身体のわりに動きは素早かった。そして瀬野の隣まで来ると腕を掴んだ。

「きゃっ。」

瀬野が悲鳴をあげる。

「せっかく来てくれたんだし、俺たちと遊ぼうぜ。」

太った男は瀬野に顔を近づけて言った。瀬野は必死に顔を遠ざけようとするが、腕を掴まれているため思うように動けなかった。

「やめろっ!」

斉藤が太った男の腕を掴み、瀬野から離そうとした。

「うるせーよ。」

太った男はもう片方の手で拳を作ると斉藤の顔めがけて振り上げ、斉藤は地面に倒れてしまった。だがその隙に瀬野は掴まれてる腕を振りほどいて逃げる事ができた。

「斉藤くんっ!」

逃げてきた瀬野をかばうようにしつつ、成嶋が叫ぶ。

「あーあ、せっかく女おいてけば入場料チャラにしようと思ったのに。余計なことすっから殴られちゃったな。」

細身の男がにやけながら言った。

この間、雪沢はなにも行動する事ができずに、ただ起っている事を見ているしかなかった。ただ一連のオーラの変化は観察していた。太った男が拳を振り上げる時にはその辺りの色が赤く変化していた。初めて見る色だったが、攻撃の際にそう変化するのだろうと推測出来た。瀬野のオーラは紫に近く、おそらく怯えているのだろう。成嶋は特に変化はないようだった。そして倒れている斉藤のオーラも青いままだった。

「よっ。」

軽い掛け声と共に斉藤が起き上がって雪沢のそばに立った。

「大丈夫かサトシ?」

「はい、不意をつかれたのでバランス崩してこけはしたもの、避けましたから。」

確かにそう答える斉藤の顔はなんの傷もあざもなかった。雪沢と斉藤は、奥に細身の男、入口側には太った男かいて挟まれていた。成嶋と瀬野は太った男の向こうにいた。

「ちっ、運のいいやつだな。」

太った男が立ち上がった斉藤を見るとイラついた声で言った。同時に成嶋達の様子もうかがっている。

「雪沢先輩、どうしましょう?」

小声で斉藤が尋ねてきた。

「なんとか逃げないとな。でもこいつらをどうにかしないと難しそうだな。」

「俺、どちらか一人の相手なら出来ると思います。」

「そうなのか?」

「幽霊はダメですけど、こいつらみたいに掴めるやつならなんとか。」

「わかった。オレも一人をなんとかしてみる。」

雪沢には武道の経験も無ければ喧嘩をしたこともなかった。しかし“オーラを見て相手の行動を予測すれば自分も相手ができる”、そんな自信があった。

「そう、この力をいま使わなくてどうするんだ。」

雪沢は自分に言い聞かせるように小声でつぶやくと、太った男の向こうにいる成嶋と瀬野を探した。ちょうど成嶋もこちらを見ていたらしく視線があった。二人ともオーラの色は落ち着いていた。

「逃げろっ!」

雪沢が成嶋に叫んだ。それを聞いた成嶋と瀬野は入り口に向かって走り出した。だが瀬野は靴のせいもあって速くは走れていなかった。

「ちっ、逃げるなよ。」

太った男は二人を追いかけようと振り返って走り出そうとしたが、斉藤が肩をつかんで動きを止めた。

「またお前かよ。」

斉藤の腕を振りほどくと、太った男の右手が赤いオーラに包まれた。次の瞬間、男は斉藤の顔面めがけて殴りかかった。だが斉藤は男の腕に自分の腕を押し当てて、回すようにして払いのけた。軌道を変えられた太った男は目標を失い、止まる事ができずにそのまま床に倒れこんでしまった。

「さっきのお返しだ。」

斉藤が言い放った。

「てめぇ?」

太った男は起き上がると、斉藤を睨んでそう怒鳴った。二人は相手の出方をうかがい、互いに次の行動を起こすタイミングを図っていた。

斉藤が太った男の相手をするようなので、雪沢は細身の男の相手をするため振り向いた。男も斉藤と太った男の戦いを見ていたようだが、今は視線を雪沢に向けじっと睨んでいた。そして不意ににやけて

「どけや、女追いかけたいからさ。」

と言った。

「やだね。」

雪沢は男のオーラの変化に注意しながら答えた。

「そうかよ。じゃあ、ちょっと痛い体験してみるか?」

そう言うと細身の男は拳を構えて雪沢の方へ踏み込んできた。雪沢は男のオーラ見て、前方がやや緑になっていたものの、その他の変化はなかったので殴ってはこないと思ってその場とどまった。細身の男は足で地面を叩いて大きな音を出したが、雪沢の予想通り殴ってはこなかった。まずはフェイントをしてきたのだろう。細身の男は足を戻すと何度か同じ事を繰り返したが、雪沢もオーラを見て、攻撃の予兆がないのを確認していた。

「お前、余裕かましてるな?」

細身の男は雪沢がフェイントにかからなかったのが予想外だったようで、焦っているようだ。雪沢はそう言っている男の右手のオーラが赤く変色していくのに気がついた。

「…ふっ!」

叫びながら細身の男が右の拳で殴りかかってきた。オーラの変化で右手の攻撃があると予想していた雪沢だったが、反射的に両手で頭をガードしながら右手から遠ざかろうと右に動いた。男はフック気味に軌道を変えてきて、雪沢の肩を強打した。

「っ!」

肩から広がった衝撃は身体の中を通り抜け、痛みに雪沢は顔をしかめた。そんな中細身の男を見ると、今度は左手のオーラが赤く変色していった。男の左拳はまっすぐ伸びて雪沢のガードを捉えた。雪沢は殴られながらもとっさに後ずさって距離を取る事は出来たが、腕と肩に殴られた痛みが残った。

「お前みたいな奴をやるのは弱いものイジメになっちまうな。」

打撃を当てて落ち着いてきたのか、細身の男は雪沢をみつつしゃべり出した。

「俺はそういうの、大好きだよ!」

再び男は雪沢に対して踏み込みつつ殴りかかってきた。雪沢はオーラの変化を見て、その行動の予測ができた。

(右手のオーラが赤い。さっきは反対側に逃げたけど、それじゃダメだ。殴ってくる腕の方向に逃げなくちゃ。)

さらには痛みによる防衛本能で思考速度が上がっていたのか、雪沢は瞬時に前回の失敗を踏まえた対応策を思いついた。そして相手が右手で殴りかかってくるのに合わせて、左方向に移動して避けた。細身の男は雪沢を見失い、大きくバランスを崩した。細身の男の右側に回り込む事になった雪沢は、そのタイミングを逃さず男を力一杯右から押した。細身の男は立っていることが出来ずに、そのまま地面に倒れこんだ。

「クソッ、てめえ?」

細身の男は立ち上がりながらそう叫んだ。雪沢は男と距離をとり、次の攻撃に備えて態勢を整えようとした。

「うおりゃっ!」

その時横からそんな叫び声が聞こえ、続けて太った男が投げ飛ばされてきた。太った男は細身の男に突っ込み、細身の男は跳ね飛ばされて柱に激しくぶつかった。そして二人とも呻き声をあげて地面に横たわってしまった。

「雪沢先輩、だいじょうぶですか?」

斉藤が駆け寄ってきて聞いた。

「ああ、なんとかな。あいつはサトシがやったんだよな?」

雪沢は太った男を指差して聞いた。

「はい、ちょっと手こずりましたけどなんとか勝てました。投げたあいつが雪沢先輩の相手にぶつかったのは偶然ですけど、ラッキーでした。」

「すごいな。なにか武術やってるんだっけ?」

「以前に少しだけ。今回はそれが役に立ちました。」

「頼もしいな、助かったよ。」

雪沢は地面の二人のオーラを見て、薄い青であることを確かめた。これならばしばらくは起き上がってこないだろう。

「よし、成嶋達を追いかけよう。」

「はい。」

そして雪沢と斉藤は入口へと走って行った。


「きゃあ!」

雪沢と斉藤が外に出た時に、あたりに女の子の悲鳴が響いた。悲鳴は病室の建物の方から聞こえてきた。二人は急いでそちらに向かった。本館の前の道を曲がると、20メートル程先に三人の人影が見えた。成嶋と瀬野以外にもう一人いる。

「仲間がいたのか。」

雪沢はそう言うと、そちらに走って行った。近づいていくにつれ、三人の姿がはっきりしてきた。成嶋と瀬野の後ろから男が後を追っていた。近づいた事でオーラも見えるようになり、男の足のあたりが赤く変化していっているのが分かった。

「やめろっ!」

男まではまだ距離があって蹴るのを止めるのは物理的には出来そうもないが、なんとか止めたいというせめてもの思いで雪沢は叫んだ。

次の瞬間、あたりに閃光がきらめいた。反射的に雪沢は顔を背けその場に止まった。前に視線を戻すと男が倒れていた。その奥にはカメラを構えた瀬野が立っていた。

「動くな。」

斉藤が倒れている男に素早く近づいて、腕を固めながら起き上がれないように馬乗りになった。

「大丈夫か?」

雪沢は成嶋に尋ねた。

「ええ、大丈夫よ。瀬野さんの機転でたすかったわ。」

「フラッシュで目くらましとは、よく思いついたね。」

「こないだ見た映画でやっていたのを思い出したんです。うまくいくかわかりませんでしたけど、雪沢さんたちがきてくれたので、失敗しても何とかなると思いました。」

瀬野はやや興奮気味にそう話した。

雪沢は斉藤が押さえつけている男を見た。先ほどの二人と同じ制服のようだ。足元を見ると草が足に絡まっていた。フラッシュをたかれた時に足元が見えずに転んでしまったんだろうか。

「こいつはどうしようか?」

「そうだ、その子に聞きたいことがあるのよ。」

成嶋が男に近づいていくと、横にしゃがんで質問を始めた。

「あなたは病院の中にいた二人の仲間ね?」

「さあね。」

その答えを聞いた斉藤は男の腕を締め上げた。

「痛てぇ。わかった、言うよ、仲間だよ。」

「他にもいるの?」

「いない、三人だよ。」

斉藤は締め付けを緩めていないのか、男は苦痛に耐えながら言った。

「ここでなにをしていたの?」

「廃墟見学にくる奴らを襲って金を奪ったり、女をさらったり…」

「ここに幽霊が出るって話を広めたりした?」

「その話は元々あったんだ。俺たちはやってない。」

「でもあなた達を見て、幽霊だと勘違いした人はいたんじゃない?」

「…ああ、確かに。前はきた奴らを脅かしてたな。今は面倒になってやってないけど。」

「わかったわ、ありがとう。」

質問が終わったのか成嶋は立ち上がった。

「そうそう。さっきの襲った話だけど犯罪の証拠になるわ。会話は録音してあるし顔も写真に撮ってるから、あまり変な事は考えないようにしてね。」

そして静かにこう付け加えた。男は地面に押し付けられたまま頷いた。

「さて、病院の中にいた二人がやってこないうちに帰りましょうか。」

成嶋は男から離れると、雪沢にそう言った。

「そうだな、そうした方がいいな。」

雪沢は斉藤に身振りで帰ることを伝えた。斉藤はそれを見ると

「ちょっと待ってください。」

と言うと男の首筋に素早く手刀をあてた。軽くうめきをあげると、男は動かなくなった。

「念のため、気絶させときました。」

成嶋と瀬野は驚きの表情で見ていた。

「斉藤くんて、すごいわね。」

「まったくだ。サトシがいなかったらさっきもやばかったと思うよ。」

雪沢は男のオーラが薄くなっていくのを確認しながらそう答えた。


病院から外に出ると、バス停まで会話もなく早足で戻っていった。途中何度か後ろを見たが、男達が追ってくる様子はなかった。バス停に着くとすぐにバスがやってきた。車内には他の乗客はおらず、雪沢たちは後ろの席に座った。バスが動き出すとようやっと安心したのか、雪沢が口を開いた。

「今回は大変なことになってごめん。」

「すいません、しおりが提案したばっかりに。」

「いや、オレも事前に下見とか調査しとくべきだったよ。」

「でも幸い誰も怪我せずに戻ってこれたのはよかったわ。」

「サトシのおかげだな。まさかあんなに強かったなんて、知らなかったよ。」

「いや、そんな。前にちょっとだけやってましたけど、たまたまですよ。」

そう謙遜しているが、斉藤はちょっと嬉しそうだ。

「あと幽霊の正体もあいつらだってわかったしね。取材の目的はなんとか達成できたわ。」

「そっちの目的は達成したんだろうけど、そもそもの目的の廃墟見学はほとんどできなかったから、大成功とは言いがたいな。」

「雪沢さん大丈夫です。しおりは結構楽しめましたし、写真もたくさん撮りましたから。」

「そう言ってもらえると、助かるけれど。」

「実は、本館から出た後ちょっとだけ裏に回ってみたんです。すぐもどったんですけど、その時さっきの男にみつかっちゃったみたいで…すいません。」

「しおりちゃんって結構行動的なんだな。」

「瀬野さん、結果無事だったからいいけど、雪沢先輩が逃げろっていったんだからそれに従わないとダメだよ。」

「ごめんなさい、斉藤君。」

斉藤が瀬野に対して意見し、瀬野はしょげながら謝った。そうしているとバスは七王子の駅についていた。

「とにかく色々あったけれども、無事に終わってよかった。明日はゆっくり休んで、月曜に今日の取材を元に新しい新聞をつくることにしよう。」

最後に雪沢が今後の予定を決めて、廃墟見学は終了となった。

帰りの電車の方向はみな一緒だった。雪沢と成嶋は七王子の隣の豊山で降り、斉藤と瀬野と別れた。

「今日の雪沢は頼もしかったわ。」

歩きながら、成嶋がそう話しかけてきた。

「まあ、たまにはね。」

「でも、幽霊はいなくて残念だったわね?」

「ああ。」

成嶋の言葉を聞きつつ、雪沢は今日の出来事を思い返していた。タリスマンの力でオーラを見ることで行動を読み、格闘経験のない雪沢でもなんとか相手をすることが出来た。魔法の力で危機を脱したことに雪沢はとても感激していた。幽霊の噂が嘘かどうかなどよりも、よっぽど重要なことだった。

「なんか変ね。幽霊を人がやってたとか、いつもならもっと残念そうなのに。」

「そうか?気のせいだろ。」

「結構本気で感謝してるのよ。ありがとう。」

「成嶋こそ素直すぎておかしくないか?」

「まあ、たまには。」

成嶋は笑ってそう答えると

「じゃ、私帰るわね。」

と言って走って行った。走っていく成嶋を見たが、オーラはいつもと変わらないようだった。

「成嶋はやっぱり度胸すわってるんだな。」

雪沢は誰ともなく言うと家への道へと向かった。


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