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呆気に取られていた雪沢は、しばらくなにも考えられず硬直したように動けなかった。だがやがて時間が経って落ち着いてくると、なにが起こったのかを確かめるべく行動を起こした。
まずケースを持った手をゆっくりと動かしてみる。手の動きに合わせて、周りのオーラも移動する。反対側の手に視線を移す。そちらも青いオーラで覆われているようだ。両足を見てみたがやはりオーラで覆われて見える。雪沢は鏡の前に移動して、全身を見てみる。鏡の中の雪沢は青いオーラに覆われた姿で立っていた。
「これは、せ、成功したってことかな。」
鏡の前で身体をひねって見るがやはりオーラは身体にあわせて動く。
雪沢はここで手に持ったケースを慎重に机の上に置いた。手を離して机から少し離れると、身体の周りのオーラが消えた。そしてケースを持つと再びオーラが見えるようになった。
「これは『オーラを見る能力』だよな。」
雪沢は確認するようにゆっくりとつぶやいた。
「出来たのか、あの内容は正しかったのか、魔法は実在したんだ!」
雪沢は小さくガッツポーズをとる。いろいろな考えが溢れてきて出てくる言葉のまとまりはつかなかった。
「そうだ。」
なにかを思いついたのか、雪沢はケースをもったまま階下におりていった。
キッチンでは母親が朝食の準備をしていた。手に持ったケースの感触を確かめながら、雪沢は母親の姿を視界に捉える。
母親の姿は、やはり青いオーラに包まれて見えた。
「あら、おはよう。」
雪沢に気がついた母親はそう声をかける。
「ん、おはよう。」
そう答えながら雪沢はタリスマン制作の成功を確信した。
(間違いない、これはタリスマンが出来たんだ。オーラを見る能力が発揮されてるんだ。)
朝食を素早く食べると、雪沢は駅へと向かった。駅に行く道すがら、目に入ってくる人は青や緑のオーラに包まれていた。雪沢はタリスマン作成成功の嬉しさを抑えられず、自然に顔がにやけてしまっていた。やけにニヤニヤしているものだから、すれ違う人が不審そうに見てくることもあった。
駅についてホームへとはいっていった。しばらくすると電車がはいってきた。ドアが開いて乗客が降り、ホームで待っていた人達が乗り込む。雪沢は乗り込む人達の流れに合わせて押されるように車内へと移動し、なんとか片手でつり革を確保し、もう片方の手でポケットの中のタリスマンを保護するように握りしめた。
乗客の乗り降りが終わったのかドアか閉まり電車が動き出す。雪沢は車内を見回してみたが、やはり車内の人々は青色のオーラに包まれて見える。あらためて雪沢はタリスマンの作成に成功したことを実感していた。
しかしオーラが見えることに慣れてきた雪沢は別のことも思っていた。
「たしかにすごいけど、オーラが見えるだけなんだよな。」
見えること自体はすごいことと分かっているが、だからといってそれが何かに役立つとは思えない、最初の興奮も冷めてすこし落ち着いてきた雪沢はそうも思い始めていた。
そんなことを考えていたら電車は次の駅についた。扉が開いて何人かが降車し代わりにホームで待っていた人が乗り込んで来る。もちろんこれらの人々も、青や緑のオーラに包まれていた。乗客の乗降が終わり、電車は再び動きだした。車内の人々は青いオーラに包まれて雪沢の目に映っていた。
「あれ?」
雪沢はなにか心に引っかかるものを感じた。だがその正体は分からなかった。
「なにかがおかしい気がしたんだけどな。」
辺りを再度見回してみたりしたが、とくに気になることはなかった。そうしているうちに電車は学校の最寄り駅についた。ドアが開いて乗客が降りて行く。雪沢もその流れにのって車外へと出た。周りの人々は相変わらず青や緑のオーラに包まれて見えている。引っかかりの正体が気になりながらも、雪沢は改札を出て学校へと向かった。学校への道には山水学園の生徒をはじめ、大勢の人が歩いていた。
しばらく進んでいくと信号が前方に見えた。点滅していたので、雪沢は赤に変わる前に渡ろうと走り出したが、渡り始める前に赤になってしまった。向こう側からは横断歩道を渡りかけていた人が急いで渡りきろうとかけてきていた。
「あっ。」
その光景を見て雪沢は叫んだ。これまで心に引っかかっていたことが分かったのだ。
「色が違う?」
横断歩道をこちらにかけて来ている人は、緑と青のオーラに包まれていた。だが信号待ちをしている人達は、皆青色のオーラに包まれていた。
信号が青に変わり、待っていた人達が一斉に横断歩道を渡り始めた。するとそれまで青一色だったオーラに緑色の部分が増えていった。
「動いていると緑のオーラが増えるのかな?」
雪沢は色の変化に法則性がないかを考え始めた。道を歩いている人のオーラを見てみると、やはり緑と青のオーラが確認できた。そのまま歩いていたら別の信号に来たので、赤信号になるのを待ってみることにした。信号が赤になると皆が立ち止まる。するとそれまで青と緑だったオーラが青一色へと変化していった。急いでいるのか、何人かは車が来ないのを確認して道を横断していた。それらの人のオーラには緑の部分が依然としてあった。信号が青になって歩き始めると、青一色から緑が混じったオーラへと変化して言った。
「どうもそうらしいな。止まっていると青だけど、動いていると緑の部分がでてくるようだ。」
雪沢はそう確信した。そして他の法則性はないかを探ろうとして、学校へと向かいながら道行く人を観察していた。そしてもう一つの特徴に気がついた。
「正面は緑になるけれど、背中は青いままだ。」
すれ違う人は緑の部分を確認できるのだが、同じ方向に進んでいる人の背中は青のままだった。雪沢は少し歩みを速めて前を行く生徒を追い越し、追い越す時に横に目をやってオーラの色を確認してみた。前方は緑、後方は青だった。
「動くとき前が緑に変わるのか。」
観察結果から雪沢はそう判断した。だがしばらく歩いていたら、雪沢は前からくるある人物に気がつき興味を引かれた。
「あれは初めて見るパターンだ。」
その人物のオーラは、前方左半分が緑に変色していた。そして雪沢が気がついたすぐ後に左へと曲がっていった。雪沢はその人物の後を追って道を曲がった。曲がった先を歩いていたので走って追い越し、少し先でしゃがんで靴を直すふりをして様子をうかがった。オーラは先ほどとは異なり、前面すべてが緑になっていた。
「見間違いだったのかな?」
雪沢がそう思ったとき、またしても変化が起こった。青いオーラが左から広がっていき、緑なのは右半面のみとなった。そしてしゃがんでいた雪沢を右側によけて通り過ぎていった。
「今のはもしかして。」
雪沢は元の道に戻ると、向こうからくる人とぶつかりそうなコースで歩き出した。そしてすれ違うときにぶつからない様に避ける人のオーラを観察した。そしてわかったのは歩いている時は正面が緑だが、避けようとする少し前に、そちらの方向に緑色の領域が移動する事だった。
「動こうとする方向のオーラが緑色になるみたいだ。見えるだけなら対して役に立たないと思ったけれど、こうなると違ってくるな。他にもなにかないか調べないと。」
雪沢はそう決心した。
しばらくすると雪沢は学校に到着した。教室に入っていくと、すでに何人ものクラスメートがいて、それぞれ予習をしたりケータイをいじったりしていた。全ての人の周りにオーラが見えていた。雪沢は席に着くと斜め前にいる成嶋の席を見た。彼女もすでに登校しており、友達数人と喋っていた。
「成嶋の血のおかげでこのタリスマンを作れたんだな。」
雪沢はポケットの中のタリスマンを触りながら、同時に作り方を思い出していた。
「材料にはblood of virginって書いてあった。そして成嶋の血を使ったら上手くいった。そうするとあいつは処女ってことか。」
他人の秘密を知ってしまったことに、いまさらながら雪沢はすこし罪悪感を覚えた。
「あっ、雪沢。昨日はありがとね、延期してくれて。」
成嶋が雪沢に声をかけてきた。
「お、おう。」
考えていたことがいた事だけに、不意に声をかけられて雪沢は動揺した。
「足はもう大丈夫なのか?」
「おかげさまで!もう大丈夫。」
「そりゃー、あんなに食べれば治りも早いよね。」
横から青園遥が会話に加わってきた。
「ちょっと、そんなに食べてないわよ。」
「いやいや、限定ケーキセット三つはないでしょう?」
「あ、あれはその、ちょっと美味しかったから、つい。あ、雪沢もたべたほうがいいよ、ルージナの限定ケーキセット!すごく美味しいから。」
「オレは甘いのは苦手なんだ。」
「そうだっけ?まあそんな感じだから今日の部活は参加できるわ。一年生二人も今日参加出来るのかしら?」
「昨日確認したけど大丈夫だ。」
「そう、じゃあ放課後に。」
そういうと成嶋はまた友達との会話に戻った。
午前の授業中、雪沢はクラス内のオーラを見て、なにか変化が起こらないかを観察していた。その結果いくつか色が変化する条件が分かった。
まず最初の発見は二時間目にあった。この時間は荒井先生の日本史だった。荒井先生は定年間際の男性で、ボソボソと喋るのが特徴だった。板書も少なく、毎回数多くの生徒を眠りにいざなっていた。いつもは雪沢もそのうちの一人だったが、今日はオーラの観察をする事でかろうじて睡魔から逃れていた。
周りを見ると早くも落伍者が出始めていた。村越は必死に睡魔と戦っているようで、頭ががくりと下を向いてはその衝撃で目覚めてまた顔を上げるのを繰り返していた。オーラの色を見ると、青ではあるが色が薄くなったり戻ったりを繰り返していた。青園遥は机の上に突っ伏して完全に眠っていた。オーラの色は薄い青になっていた。
次の発見は四時間目にあった。四時間目は英語だったが抜き打ちの小テストが行われた。一旦は教室内にブーイングがあふれるが、容赦なくテスト用紙が配られる。しかたなく全員テストに向かった。雪沢はテストもそこそこに、みんなのオーラを観察していた。テストに集中しだすと、頭付近の色が濃くなっていくのが分かった。しばらくして山田がテストを解き終わったらしく筆記用具を置いていた。同時に頭付近の色が元に戻って行った。雪沢がその前の席にいる清水を見てみると、やはり頭のオーラの色が元に戻っていた。しかし彼はまだ答案用紙に書き込んでいた。ふと成嶋を見てみると彼女のオーラも変化していないようだった。
その後テストを終えた生徒は増えていったが、いずれもオーラの色は山田と同じ変化をした。
さらにオーラが見えるのは肉眼で見える部分だけというのも分かった。壁の向こうにいる人のオーラを見る事は出来ず、窓から上半身だけ見えている場合は上半身のみにオーラが見えた。
「午前中の観察で、またすこしわかってきたけど、これはすごいかもしれないな。」
学食でカレーを食べながら、雪沢はタリスマンを取り出して見ていた。容れ物のせいもあってか、見た目はパッとしない。だがその能力は確かだった。
「色の変化はなんで起こるのかな?頭の働き具合かと思ったんだけど。」
眠ると薄くなり、テストで考えている時は濃くなる。頭や意識不明の活動レベルに応じて色が変わるのではないかと雪沢は仮説を立てていた。だがこれだと清水や成嶋の場合の説明がつかない。
そんな事を考えていると、後ろを清水と村越が通り過ぎた。
「さっきの英語の小テストは参ったな。」
「全くわかんなかったぜ。選択式だったからとりあえず3に丸つけといた。」
「なんだよそれ?」
「選択式の問題は3が正解の事が多いんだよ。」
「ホントかよ。」
二人はそんな会話をしながら雪沢の後ろを通っていった。
「なるほど、あの時清水はなにも考えてなかったのか。だからオーラの色も変わらなかった。とすると、成嶋も適当に答えてたのか、結構不真面目なとこもあるんだな。」
これで仮説と矛盾しない、そう雪沢は思った。
五時間目は体育だった。
「今日からはサッカーをやるぞ。とりあえずは出席番号奇数偶数でチーム分けしろ。奇数は先生の左、偶数は右に移動な。」
園田先生がグラウンドに集合していた男子に言う。ガヤガヤと騒ぎながら言われた通りに分かれて行った。雪沢は偶数組だった。
準備体操の後、しばらくはチームごとにドリブルやリフティング、トラップなどの基礎練習を行った。一通り終わったところで園田先生がいった。
「じゃあ残りの時間は試合をやるぞ。これから五分やるから各チームポジションを話し合って決めろ。」
奇数偶数それぞれのチームで話し合いがはじまる。FW希望が多くジャンケンをして決めた。そこからあふれた人間はMFに流れていった。GKはサッカー部の鈴木がやる事になり、特に希望のない人間はDFとなった。あまり運動が得意でない雪沢も特にポジションを希望しないのでDFだった。
「決まったかー?そしたら両チーム位置についとけ。」
全員がそれぞれのポジションに移動したのを見て、園田先生がホイッスルを吹いて試合がはじまった。
まずは偶数チームが攻め上がっていった。雪沢はやや前進しつつ、その様子を見ていた。ここでまた気がついた事があった。遠くの人間にはオーラが見えなかった。もともと遠くの人間は小さく見えるので、その周りのオーラも見にくくなっていったが、ある程度離れると全く見えなくなるようだった。有効範囲は30メートルぐらいだろうか。
そんな事を観察していたら、奇数チームがボールを奪い攻め上がってきた。雪沢は下がりながら相手チームのFWのオーラを見た。今ドリブルして攻めてきているのは清水だった。オーラは前面が緑になっている。このままドリブルしていくのかと思った時に、不意に前面の色が青に戻っていった。同時に左側のオーラの青色が濃くなっていった。
次の瞬間、清水は止まって左にパスを出し、ボールは左サイドにいた山田に渡った。そして彼は雪沢の正面にいた。山田は雪沢を突破しようと向かってきた。雪沢は山田のオーラを見た。
「前面が緑なのでまだ直進してくるのだろう、でも一番濃いのは中央からやや左。すこし左にコースを取るに違いない。」
雪沢はオーラの状態からそう判断して、オーラの指し示す方向に向かった。山田は雪沢の予測通りのコースを進んだので、雪沢にコースを塞がれてしまった。立ち止まったところを狙って雪沢はなんとか山田からボールを奪い、前に蹴り出した。
前半はその後も何度か雪沢のところに相手チームが来たが、オーラを見てコースを推測する事で全て防ぐことに成功した。
「これは使える、オーラで相手の行動がわかる!」
前半を終えての休憩中、雪沢は今の結果に興奮していた。またこのサッカーで、午前中に観察したオーラの色の変化に関しての推測が間違っていなかった事も分かった。
後半は偶数チームが攻めていて、なかなか雪沢達のところボールがこなかった。だが終了間際に奇数チームの千田がボールを奪うと猛烈にこちらに向かって来た。千田はサッカー部のレギュラーだ。今まではみんなに合わせて手を抜いていたようだが、最後なので本気を出してみようと思ったのだろう。
雪沢は千田のオーラを見た。前面が緑になっているが、一番濃い箇所は刻々と変化していた。進行方向を細かく変えているのだろう。雪沢はその変化を確かめながら走って行き、千田のコースを塞ぐことになんとか成功した。
千田は雪沢と対面しつつ、ボールを足で押さえて様子を伺っていた。この状態からボールを奪うのは無理と思った雪沢は、千田が動いた瞬間になんとかしようと思った。
「動こうとする方向の色が変わるに違いない。」
そう考えオーラの変化に注目していた。すると千田の右前方のオーラが緑色に変わってきた。すかさず左へと動く雪沢、ほぼ同時に千田も右に動く。雪沢はボールを奪いにいく。だがそれを見た千田のオーラはまた変化した。右前方の色は元に戻り、逆に左が緑に変化していく。それに気がついた雪沢は右に動こうとしたが、左に動き出していた身体を止める事は出来なかった。千田は雪沢を抜き去ると、そのままゴールに向かいシュートをした。幸いキーパーの鈴木が止めたので得点はされなかった。
「動きがわかっても、自分が対応出来ないと意味がないな…」
雪沢は自分の運動神経の無さを実感していた。
そこで園田先生がホイッスルを吹いて試合は終わった。全員を集めると
「よしじゃあ今日はこれで終わりにする。全員解散!」
と言って授業は終わった。
教室に帰ろうとしていた雪沢に園田先生が話しかけてきた。
「今日はなかなか動きが良かったぞ。その調子で頑張れよ!」
そう言うとまた別の生徒のところに行って何か話しかけていた。
「先生がああ言うってことは、外から見ていても動きの違いがわかるんだな。訓練を積んだ人間にはかなわないとしても。」
雪沢は、自分が実感していたことを、他人から客観的な意見として聞く事で、有効だと確信できた。