3
家の最寄り駅の豊山駅で電車を待っていると、後ろから雪沢を呼ぶ声がした。
「あれ、雪沢?今日はやけに早いのね」
声の主は成嶋だった。小学校から一緒なので、成嶋も同じ駅を使っていた。
「なルしまこそいつもこんなに早いの?」
雪沢は例の妄想を思い出して少し動揺して、名前を呼ぶ声がやや裏返ってしまった。
「なに動揺してるのよ。あー、もしかしてはまた変なことするつもりで早くきたのね?」
いつもと同じように喋ってくれる成嶋を目にして、雪沢は「彼女が自分の妄想を知る術がない」という当たり前のことにようやっと気がついた。ちょっと落ち着いた雪沢は答える。
「たまには早くきてみても良いだろ。」
「そうやってムキに反論するところがますます怪しいわね。なんかやつれてるし、徹夜で何かやってたとか?」
成嶋はときどきやけに観察力がある。
「これが普通の顔だって」
いま彼女に知られるとまた捨てられてしまいそうな気がして、雪沢はごまかす。だがこの機会に成嶋でタリスマンの能力を試してみることにした。と言ってもどうするのが正しいかは分からないので、とりあえず眉間に力を入れて成嶋を凝視してみる。
「ちょっと、その変な顔が普通の顔なの?まあ私は第二新聞部が巻き添えにならなければ、それでいいけどね。あっ、電車きた、あたしは専用車にのるから。また学校でね」
成嶋はそういうと先頭の女性専用車乗り場の方へと走っていった。
雪沢も到着した電車に乗り込む。さきほどの試行でもやはり成嶋のまわりにもオーラらしくものは見えなかった。
「鏡の中には映らないとか大人は見えないって可能性はあるかなと思ってたけど、若い人間でも見えないなぁ。ただ身につけるだけじゃ意味がなくて,なにか使用方法があるのかなぁ?」
電車に揺られながら、雪沢はうまく行かない可能性をいろいろと考えていた。ほどなく電車は学校の最寄り駅に着いた。電車から降りて改札に向かう。ふと後ろを見てみると成嶋が友達たちと話しながら歩いているのが見えた。雪沢はポケットからタリスマンのケースを取り出して握りしめ、その集団を凝視してみる。が、やはり何もおこらない。立ち止まっているのもなんなので、再度ケースをポケットに突っ込むと歩き出す。
「はー、なにがダメなのかなぁ。」
そうつぶやきながら雪沢は学校へと向かった。
「それじゃあ男子は1500のタイム計るからなー」
体育教師の園田先生がそう言うと、エーッという声が上がる。今は5限の体育の授業、男子が陸上の記録を計る一方で、女子はソフトボールをやっている。山水学園には大小二つのグラウンドがあり、片方は400メートルトラックが設置出来るぐらいの広さ、もう片方はそれよりは狭く100メートル四方程度の広さである。男子は広めのグラウンドを、女子はもう一つのグラウンドを使っている。
「さあさあ、文句言わずに出席番号の前後でペア作れ。それでお互いのタイムを計り会うからな。ベア出来たらストップウォッチわたすからどちらが取りに来いな。」
園田先生がそういうと、皆しぶしぶながらベアをつくり始める。
「僕は雪沢くんとかな。」
クラスメートの山田が声をかけてくる。山田は生徒会の書記をしており、勉強、運動とも成績上位の典型的な優等生だった。
「ああ、よろしく頼むよ。」
「それじゃあストップウォッチを取って来るね。」
そういうと山田は園田先生のほうへと走って行った。
雪沢は朝からずっとタリスマンの効果がでないか、いろいろな方法を試していた。ケースを左右の手それぞれで握ってみたり、握る強さを変えてみたり、チャクラがあるという眉間や下腹部に意識を集中してみたり。しかしまったくオーラが見える気配はなかった。今も下腹部に意識を集中しながら山田を見ていたのだが、やはり全くオーラが見える感じはしなかった。ジャージのズボンのポケットに入れてあるケースにも、変化が起こっている感じはしない。
そうしているうちに山田がストップウォッチを持って帰ってきた。
「雪沢くん、どっちから図ろうか?」
「じゃあ俺先でいいかな?」
「うん。」
山田がうなずいたのを見て、雪沢はスタート位置へと行く。
「最初に走る人は全員そろったか?スタートラインに全員横に並べ。記録する人はスタートの合図と同時に計測始めるんだぞ。」
園田先生はそう言うと一呼吸おいて
「はい、スタート」
と開始の合図をした。同時にみんな一斉に走り出す。
「手を抜かずにちゃんと走るんだぞ」
園田先生がそう声をかけた。ただ、その言葉を聞かなくともみんな懸命に走っていた。山水学園の生徒は基本的に真面目なのであった。
雪沢は走りながら相変わらずタリスマンのことを考えていた。午前中色々と試してみたがなにも起こっていない。見る対象も老若男女試してみたが変わりはない。
「なにか特別な使い方があって、その通りにしないと駄目なのかな。」
雪沢はタリスマンの作り方が書いてあった紙の内容を思い返してみる。作り方と効果は書いてあったが、それ以外のことは載っていなかった。
ここにきて雪沢は別の可能性も考えはじめていた。
「使い方は書くまでもなかったから、書かれてないのかも。」
タリスマンというぐらいだから身に付ければ効果を発揮するのが普通なのかもしれない。
「すると…」
雪沢はうまくいかない理由を考える。そもそもの魔術書が間違い、イタズラだった可能性もあるがそれは今はあえて考えたくはなかった。あとは作り方が間違っていたか、素材が違っていたかだろうか。
「やっぱり『処女の血』じゃないと駄目なのかなぁ。」
うすうす分かっていた事だったが、作る際の一番の問題だった材料がうまくいっていない原因でないかと考えていた。
「あぶない!」
不意に叫び声が響いた。直後、雪沢の目の前に女の子の影が飛び込んできた。考え事をしていた雪沢は、とっさのことに反応出来ずそのまま女の子に突っ込んで行ってしまった。ぶつかって二人とも地面に倒れこむ。近くを走っていた男子生徒達も突然の事に驚いて立ち止まってしまっていた。
「痛ってぇ。あっ大丈夫?」
雪沢は身体を起こしながらぶつかった女の子に声をかける。
「うん、大丈夫」
そう言って女の子は顏をあげた。
「えっ、成嶋?」
ぶつかった女の子は成嶋だった。
「成嶋さん大丈夫?」
隣のグラウンドから女子数人が駆け寄ってきた。
「大変!怪我してるじゃない。」
「雪沢、なにやってるよのよ。」
「普通避けられるでしょう?」
「どうするのよ、責任取りなさいよ。」
女子がみんなすごい勢いでまくし立て、雪沢は一言も言い返せなかった。
「ちょっとみんな、今のはあたしが突っ込んで行ったのもあるから。」
座ったままで成嶋がそう言って女子を落ち着けようとしたがあまり効果はなく、女子は口々に文句を言っている。
「どうした、大丈夫か?」
園田先生が駆け寄ってきて声をかける。
「先生、雪沢が成嶋さんにぶつかって怪我させたんです。」
すかさず女子の一人が報告する。
「ちょっとミナ、たいしたことないって。」
そう言って立ち上がった成嶋だったがが、すぐに右足をかばうように左足に重心をかけた姿勢に変わった。
「怪我しているようだな,見せてみろ。」
園田先生がそう声をかけ、成嶋を座らせると脚の様子を見る。周囲の女子と雪沢は心配そうな表情でそれを見守る。騒ぎに気がついた男子も、走るのをやめて遠巻きに様子をうかがっている。園田先生は足首の角度を変えつつ成嶋に具合を聞いていた。
「どうも右足首を軽くねんざしているみたいだな。保健室に行って見てもらえ。じゃあ雪沢、すまんが成嶋を保健室までつれてってもらえるか?女子だと支えるのは大変だしな。ただすぐ帰ってこいよ。じゃあ女子はまた戻れ。」
そして立ち上がって男子の方を向くと
「こら、なんで勝手に走るのをやめているんだ。とりあえず後の組の測定やるけど、その後でいま走っていたのはもう一回測り直すぞ。」
と叫んだ。男子からはブーイングが出るが園田先生は気にせず測定の準備にはいっていた。
何人かの女子はまだなにか言いたそうだったが、とりあえずグラウンドへと戻っていった。
山水学園のグラウンドと校舎の間には、幅30メートル程の雑木林がある。保健室は校舎の一階にあるので、捻挫した成嶋が一人で行くのは厳しい。手伝いが必要だが園田先生は女子よりも男子の雪沢の方がいいだろうと思ったのだろう。
「立てるか?保健室まで送るから。」
雪沢はそう言って成嶋を見る。
「ええ、大丈夫。なんか迷惑かけちゃったね。迷惑ついでですまないけど、保健室まで肩貸してもらうね。」
成嶋は左脚で立ちあがると軽くジャンプしながらバランスを取り、そのまま細かいジャンプで雪沢の左隣に移動すると肩に手をかけた。同時に右足を下し、軽くつま先立ちの形にした。
「一体どうしたんだ?」
ゆっくりと保健室に向かいつつ、雪沢が尋ねる。
「えっとね、ミナが打ったボールがとても大きなファールになったのよ。男子のグラウンドまで飛んでく勢いでね。で、あたしが全速力で取りに行ったって訳。見事キャッチしたのは良かったんだけと、雪沢とぶつかるのは予想外だったわね。」
「ああまで必死にならなくてもいいだろ?」
「誰かに当たる、当たったらいけないと思ってね。」
「誰に当たるほうが確率低そうだし、たとえ当たったとしてもソフトボールだからたいしたこともないだろうに。」
「…そうね、それに結局雪沢にぶつかっちゃったしね。」
話しているうちに保健室の入り口についた。保健室には二つ入り口がある。廊下側に一つとグラウンド側に一つだ。雪沢と成嶋はグラウンド側の入り口から入るところだった。
ふと雪沢が成嶋の脚をみると左の膝小僧を怪我して血が流れているのが見えた。ぶつかったときに切ったのだろう。左脚に体重をかけて血液の流れが良くなっているからなのか,気がついたときはすねの中程まで流れ落ちていた。
「成嶋,ちょっと待っててな。」
そういうと雪沢は雪沢の前にしゃがみ,ハンカチを取り出して血を拭いた。
「えっ?ちょっと雪沢,いいよそんなことまでしてくれなくても。」
「結構たれてて、靴下につきそうだったし。」
「…ありがとう。」
雪沢はハンカチをしまうと保健室のドアを開けた。
「すいませーん。」
雪沢はそう言って養護教論に声をかける。
「あら、体育で怪我したのかな?捻挫?」
机に向かっていた養護教諭は立ち上がると二人のほうへと早足で近づくと、椅子を出して成嶋を座らせた。
「男子は連れてきてくれてありがとうね。もう大丈夫だから、授業にもどっていいわよ。」
成嶋の前に屈みこんで右足首の様子をみながら、養護教論は雪沢にそう言った。出て行こうとして行く雪沢に向かって成嶋が声をかける。
「雪沢、ありがとね」
「ああ」
軽く返事をして雪沢は保健室を出た。小走りでグラウンドに向かうが、保健室が見えなくなると速度を落とした。林の間を歩きながらハンカチを取り出してみる。そこには先ほど拭き取った血が染みとなってついていた。
「女の子の血か」
雪沢は再びハンカチをしまうと、グラウンドに向かって走り出した。
雪沢がグラウンドに戻るとちょうど測定のやり直しを行うところだった。急いで列に入って準備をすると、再度みんなと一緒に走り出した。二回目とあって、みなあまり気合いが入っていないようだ。二度走ることになった原因の雪沢を非難するような目で見ているものもいる。
しかし当の雪沢はそんな視線にも気がつかず、ずっと先ほど偶然手に入れた成嶋の血のことに思いを巡らせていた。
六限が始まる前に、成嶋は保健室から帰ってきた。右足首は包帯で固定されて一回り大きくなっている。成嶋が教室の入口に現れると女子が彼女を取り囲むように集まり、口々に気遣う言葉をかけている。
「成嶋さん、大丈夫?」
「足の包帯すごいよ、痛くない?」
成嶋はゆっくりと自分の席に向かいながら答える。
「軽い捻挫みたい。数日で良くなるみたいだから心配しないで。包帯は大げさに思えるけど、動かさないように固定するためなんだって。」
そして自分の席に腰掛けると、雪沢の方に身体をむけて
「雪沢、さっきはありがとね。怪我はたいしたことなかったから」
と言った。
血の事についてずっと考えていた雪沢は
「おう」
と軽く答える事しかできなかった。
成嶋の周りにいた女子には非難するような目で雪沢を見るものもいたが、すぐに成嶋の方に向き直って会話を続けた。しばらくすると先生がやってきて授業がはじまった。
六限が終わると成嶋が雪沢に声をかけた。
「雪沢、今日部活でしょ?トップ記事決めるんだったよね。」
「え、ああ、そうだな…。足は平気なのか?」
「大丈夫よ、別に運動するわけじゃないんだし。」
そこに加藤唯と青園遥が割り込んで来た。
「成嶋さん、怪我した事だし今日は帰りましょうよ。」
「ありがとう、でも平気よ。」
「るりか、ダメよ。今日は帰るの。そしてみんなでルージナでお茶しようよ。」
青園は成嶋の腕にしがみついて、雪沢を睨むように見ていた。
ルージナは近くにある喫茶店の名前である。どうやらこれを寄り道の口実にしたいようだ。「ちょっと二人とも。」
「青園と加藤もこう言ってくれてるし、やっぱり今日は部活参加しないでいいよ。」
「でも今日はトップ記事の話し合いでしょ?あたしが参加してないとなんだか不安で。」
「じゃあさ部活自体を明日に延期しとくよ。一年生二人にはオレから言っておくから。」
「そう?なんだか悪いわね。」
「雪沢もたまにはいい事言うね。それじゃ早速行こうよ。今週からね、期間限定のケーキセットが始まってて、すごく美味しいんだって。」
青園はしがみついていた成嶋の腕を今度は引っ張っていた。
「唯、分かったからそんなに引っ張らないでよ。」
笑ながら成嶋が言う。
雪沢はその声を後ろで聞きながら、教室を出て部室へと向かった。
部室で一年生二人に部活の延期を告げると、雪沢はすぐに学校を出て家に向かった。
「放課後成嶋が話しかけてきた時は焦ったな。」
帰る途中、雪沢はさっきの出来事を思い返していた。
「『血がついちゃったからハンカチ洗って返すよ』とか言ってくるのかと思ったけど、考えすぎだったな。」
体育の時間に偶然成嶋の血を手に入れた時から、それを使って再びタリスマンをつくってみたいと思っていた。だから今日の部活は理由をつけて中止にしたかった。
「まあそんなガラでもないか、成嶋は。でも青園と加藤はいいタイミングで割り込んできてくれたよ。」
あの時二人がこなければ、どんな口実でもって部活を中止にしたかを考えてみたが、上手くできたとは思えなかった。雪沢が第二新聞部の活動には積極的なのは成嶋もよく知っている。捻挫ぐらいで部活の中止を言いだしたら、勘の良い成嶋はなにかがおかしいと怪しんだだろう。
「二人には感謝しないとな。」
そう思うと雪沢は歩みを速めて駅へ向かった。
家に帰るとさっそく自分の部屋に向かう。扉を閉めるとカバンをおき、ハンカチを慎重に取り出した。
「さて思いがけず女の子の血が手に入ったけれど…。」
雪沢は取り出したハンカチを広げて見る。真ん中あたりに体育の時についた成嶋の血があった。そっと触って見るとまだかすかにしめっているようだった。
「魔術書には『blood of virgin』ってあった。これは処女の血って事であってるんだろうな。俺の血ではうまく出来なかったし。」
雪沢はこれまでの事を整理するかのように思い出してみた。
「このハンカチについた血、これでもう一回作ってみよう。問題は布に染み込んでるようなのだも大丈夫なのかと、成嶋が処女なのかどうか、かぁ」
雪沢はため息をついてハンカチに付いた血を見る。そのどちらも今の雪沢にはわかりそうになかった。
「聞いて教えてくれるわけないし。」
雪沢は改めて成嶋の事を考えてみた。ショートカットで細身。背の高さは普通、多分胸はそんなにない。全体的にボーイッシュな雰囲気だ。顔は可愛い方だと雪沢は思う。ただ学校の男子で誰かが彼女の事を好きだ、なんて噂は聞いた事がない。友達は多い方ように思えるけど、リーダーになるような感じはない。
「ボーイッシュだから処女の可能性は高いのかなぁ。たしか誰かがそんな事を言ってた気がする。彼氏がいるみたいな話も聞かないし。」
雪沢はどこかで聞きかじった『処女の見分け方』の話を思い出していた。だがその見分け方が本当かどうかなども雪沢にはわかるはずがなかった。
「…考えていてもしょうがないか。とにかく今夜もう一回試してみよう。」
雪沢はそう思うとタリスマン作成の準備に取り掛かった。
血以外の材料の準備を終えるとちょうど夕食の時間だった。雪沢はいそいで夕飯を食べると、風呂も済ませて部屋にもどってきた。まだ24時までには時間がある。雪沢は再度材料が揃っているかを確認した。確認していく中で、雪沢はハンカチを広げ、血が付いている部分を見た。
「これは全部ビーカーにはいらないかもな。」
そう思った雪沢は血が付いた部分だけをハサミで切り抜いた。
24時が近づいてきたので、雪沢は準備に取り掛かった。一度やっている事もあって素早くできた。ビーカーを火にかけるとハンカチの切り抜きを持って時計を凝視する。そして24時になると同時に血のついた布をビーカーの中の液体に入れた。
その瞬間、雪沢はビーカーから光が溢れ、視界が真っ白になった気がした。
「えっ!?」
雪沢は思わず叫んだ。だが次の瞬間には視界は元にもどっていた。ビーカーを見てみるが、変わったところはない。
「今、確かに光ったよな。」
雪沢は確かめるように自分に小声で囁いた後、もう一度ビーカーを見てみた。
やはりそこにはごく普通のビーカーがあるだけだった。
「正一、なにかあったの?」
声が聞こえたのか階下から母親が尋ねる声が聞こえた。
「なんでもないよ。」
そう答えると余計な詮索をされない為に部屋の電気を消した。アルコールランプをダンボールで囲って光がもれないようにすると、ビーカーの中身を見つめた。炎に照らされて雪沢の顔は部屋の中にうっすらと浮かび上がっていた。
朝になった。雪沢は布をいれた瞬間の光が気になって眠気を感じる事がなく、今回はずっと見守っている事が出来た。だかビーカーから光が漏れる事はなかった。その事はすこし残念に思っている雪沢だったが、二度目のタリスマンを完成させた事には充実を感じていた。
雪沢はピンセットを使ってハンカチの切り抜きを液体から取り出した。取り出した布を見てみると、血はすっかり綺麗に取れていた。
「血はちゃんと混ざったらしいな。」
そう判断した雪沢はケースを取ると、ビーカーの液体をゆっくりとそそいでいった。一杯になったところでキャップを閉めた。
その瞬間、ケースから光が溢れた。雪沢の視界は真っ白になり、思わず目をつぶってしまう。ゆっくりと目を開けてみると、そこには普通のケースがあるだけだった。
「昨日血を入れるときは光ったっけ?」
そう思いながら雪沢は手に持ったケースを四方から眺めてみた。変わったところはなさそうだった。だがふいに雪沢は変化に気がついた。
ケースは相変わらず光っていなかった。だがケースを持つ雪沢の手のまわりには青く光るオーラがあった。