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雪沢は成嶋から離れようと全力疾走した。だが次第に苦しくなってきて速度が遅くなり,遂には立ち止まった。息が切れ、足りなくなった酸素を取り込もうと大きく息を吸った。気がつくと正面玄関付近までやってきていた。

「くそっ。」

雪沢は持っていきようのない怒りを口に出す事しか出来なかった。魔術の実験を続けていたが失敗続きで、才能がないのかとも思いはじめていた。ようやっとこのタリスマンを作るのに成功して、魔術の世界に踏み出せると思った。だがそれは雪沢の力によるものではなかったこと、そして彼には魔力がないことも断言された。

「僕は、魔術師にはなれないのか……。」

いままで憧れてきたことが実現不可能と分かってしまった。その事実は雪沢の心を失望で覆っていた。この場を立ち去りたい気持ちでいっぱいになり、玄関に向かって歩きはじめた。

「なんだ?」

雪沢はすぐに異変に気がついた。いくら進んでも正面玄関にたどり着けないのだ。進もうと必死に脚を動かすが、その場で足踏みをしているかのように位置はかわらなかった。逆に遠ざかろうとする場合は問題なく動けるようだった。

「ちっ、これも魔術か。」

雪沢は夜空を見上げ、誰ともなしにつぶやいた。

「そうよ。」

横から返事が聞こえた。声のした方に首を向けると、そこには亜崎がいた。着ている黒いドレスは、成嶋の攻撃のためかあちこちが破けて肌が見えていた。オーラも少し薄くなっているように思えた。

「亜崎さん、君も僕を騙していたんだな。僕には力なんてなかった。ホムンクルスが呼び出せるようになることもなかった。君は出来るようだけど。」

雪沢は恨みを込めてそう言った。

「そういうことになってしまうわね、ごめんなさい。」

「もういいよ。これを解いて早く出してくれないか。僕はもうここには居たくない。」

「それは無理なの。これは向こうがやっていることだから。」

「成嶋がこれを?」

「そうよ。成嶋さんの所属する魔術結社<螺旋の閃光>は魔術を自分たちだけで独占しているところなの。他の人間に知られるのを極度に嫌っていて、魔術の事を知ったら始末するわ。そのために学校に結界を作って、あなたたちが出られないようにしているよ。」

「まさか成嶋が?僕にはそんな人間には思えない。」

信じられないといった表情の雪沢に亜崎はさらに話しかけてきた。

「正一くん、一人称が本来のものに変わってしまうぐらいショックを受けたのね。あの魔術師は本当にひどい事をするわ。」

「えっ?」

「正一くんはずっと自分の事を『オレ』と言っていたでしょ?でも今は『僕』になっているわ。なぜだかわかる?それはね、あなたが思い描く理想の人間は『オレ』と言う、そう思っていたから。理想の人間に近づこうとする気持ちが無意識のうちに一人称を変更していたの。本来の正一くんは『僕』と言うのが普通なのよ。」

雪沢はそんな事を意識したこともなかった。

「なぜ今は『僕』になっているか。それはね、正一くんが思い描いていた理想の人物になれないことに気がついてしまったから。あなたの理想の人物は魔術師だから。」

そう言われると雪沢はまた怒りが湧いてきた。

「そんなことはもう聞きたくないよっ!。」

「わたしはいろいろ嘘をついていたけど、それはあの魔術師、<螺旋の閃光>の魔術師を特定するために仕方ない事だったのよ。それで言えなかったけれど,成功したらお礼として、正一くんにわたしたちの魔術結社<永劫真理教団>で魔術師になる手段を提供する予定なの。」

「そんな嘘には騙されないよ。だって僕には魔力がないんだろ?」

「魔力がなくても魔術師になる方法はあるわよ。」

「えっ?」

「今だって正一くんに魔力がないけれど、オーラが見えているんでしょ?それと同じようにして、魔術を使えるようにする事は可能よ。わたしたちの魔術結社ならばね。」

諦めたと思った事に可能性が出てきて、雪沢は心揺さぶられていた。

「わたしたちの魔術結社<永劫真理教団>は、魔術をみんなに役立つよう研究しているの。こないだ見せた、画像から魔力を検出するソフトもその成果の一部ね。でもあちらの魔術結社は魔術を世間から隠し通すことに力を注いでいるわ。そのためには何でもするみたいね。」

「成功したらって、なにをするつもりなんだ?」

「話をして、考えを改めてもらうの。彼女の属している魔術結社は危険だから抜けだす手伝いをするのよ。わたしは、彼女はマインドコントロールされているのではないかと思っているわ。」

「マインドコントロール?成嶋が?」

「そうよ。さきほどはその可能性を考えて、暴れられるのを押さえるためにしょうがなく戦うしかなかったの。」

「雪沢っ!」

そのとき成嶋の声が響いた。見ると成嶋達三人が正面玄関近くまでやってきていた。

「その女の子の話を信じないで。その子の魔術結社は魔術を自身の欲望の実現のために使うところよ。そのためには他人が,結社の構成員以外の人がどうなろうとかまわないのよ。」

「それはご挨拶ね。あなたのところは人間から魔術を隠して自分たちだけで独占するのが目的じゃないの。」

「わたしたちの目的は精神の純化よ。人間社会から干渉を受けたくないし、干渉したくないわ。関わりを最小限にしたいの。知らなくていい事は、知らないままの方がいいのよ。」

「人間と暮らしていくのに、自分たちの技術を還元しないのはおかしいのよ。」

「あなたたちは、自分たちが人間を支配したいだけでしょ。」

「そのほうがうまく行く時はね!」

雪沢には二人の言い合っている事は、よく理解できなかった。ただこの二人が自分とは違う世界にいることだけはよくわかった。

「正一くん、聞いたでしょ?彼女は魔術を開放するつもりはないの。でもわたしについてくればあなたも魔術師になれるわ。」

「そしてあなたの傀儡にするのね。」

雪沢は迷っていた。亜崎のいう事が本当ならば魔術が使えるようにはなるのだろう。ただその代償がどれほどになるのかわからなかった。二人がどれだけ本当の事を言っているのか判断がつかなかった。

「どうもあなたへのマインドコントロールは強力なようね。あなたを開放してあげるわ。そうしたら正一くんも喜んでくれるでしょう。」

「よくもそんなでまかせを。」

雪沢が悩んでいるうちに、成嶋が戦闘を開始した。腕を差し出すと、まわりにオーラの球体が生成されていく。亜崎は人型のオーラを四体出現させると斜め左右の前後に配置し、防御体制をとった。球体が飛び出し亜崎の周辺を囲む。だが今度は亜崎に襲いかかる前に、人型のオーラが素早く動いて全部排除してしまった。

「さっきは防げなかったのに!」

「手を抜いているのかしら?先程とは比べものにならないわね。さて、こんどはわたしから行かせてもらうわね。」

亜崎がそう言うと、まわりにいた人型のオーラが成嶋に向かってきた。成嶋はオーラの球体を生成して対抗しようとしたが、向かってきた人型のオーラに両手両足をつかまれ、近くの壁に叩きつけられ、そのまま拘束されてしまった。雪沢は生成されていた球体が消滅し、成嶋自身のオーラが薄くなるのがわかった。ぶつかった衝撃で気を失ってしまったのだろう。ぐったりとして頭を垂れている。

「なんだか調子がいいわ。いつも以上の魔術の威力だわ。」

雪沢が亜崎をみると、確かにオーラの輝きが元に戻った、いやグラウンドで見たときよりも強くなっているように思えた。

「正一くん、ありがとう。あなたのおかげでこの魔術師をとらえることができたわ。」

「成嶋はどうなるんだ?」

「残念ながら今のこの子は危険ね。でも大丈夫、マインドコントロールを解除すれば問題ないわ。でもそのためにはこの子の魔術を抜き取らなくてはならないの。魔術とマインドコントロールは密接に関係しているから。そのためにはこの子の魔術の受け皿になる人間が必要なの。」

雪沢の目を射ぬくように見つめながら、亜崎は言う。

「それがあなたというわけ。」

「雪沢先輩!そいつのやろうとしていることは、なんかおかしいです。」

斉藤が雪沢に叫んできた。

「魔力の話は聞きました。すごく無念だと思います。でも、それでも雪沢先輩は誰かを犠牲にして夢を叶えたりはしない、俺はそう信じてます。俺が最初に雪沢先輩にあったとき、先輩は魔術のことを俺の友達に一生懸命説明してくれました。あのとき、俺にとっても魔術のことはどうでもいい話題だったんです。でもあるかどうかすら確証のないものに対して、知り合いでもない年下の人間に半分バカにされながらも、ものすごく真剣に説明してくれている。そんな雪沢先輩を見ているうちに、俺はその純粋な真面目さに惹かれたんです。」

「サトシ……。」

雪沢は成嶋を代償に魔術を得ようとしている自分を責めるように、斉藤に背を向けた。

「言っていることが汗臭いわね。魔術の事を知らないあなた達に、これからやる事が間違ってるなんてどうやってわかるの?」

「勘だよ。あんたは嘘をついている。」

「勘で断定されてはたまらないわね。わたしが魔術を使えるのは確か、正一くんは見てもいるわよね?そのわたしが出来ると言っているのよ。可能性が零と百の選択を前にして、零のほうを選ぶ人間がいるかしら?」

斉藤にむかって亜崎が言った。

「いますっ!」

今度は瀬野が叫んだ。

「しおり、さっき聞きました。魔術を隠す立場の成嶋さんにとって、どんなに否定しても魔術を信じている雪沢さんは、迷惑だけど嬉しかったと。雪沢さんは魔術に関してはとっても純真で真剣なんです。そんなずるい事で魔術師になりたいなんて思うわけありません。それに可能性は零じゃないと思います!」

「また『思う』?自分の考えのみで判断して、冷静に事実を確認しようとしないのね。それにこれはこの子を救うためでもあるのよ。このままでは、もしかするとマインドコントロールが強すぎて、気が狂ってしまうかもしれないのよ。」

そして亜崎は再び雪沢を見た。

「さあ正一くん、受け入れて。あなたが魔術師になる瞬間を。あなたはわたしを心から信じて、この手を握ってくれればいいの。」

差し出された亜崎の手は白く光るオーラに包まれていた。

「この手を取れば魔術師に?」

「そうよ、わたしを信じて手を取ってくれれば。」

雪沢は成嶋を見た。オーラは薄く、気を失ったままだった。

「わかった。」

そう言って手を差し出すと亜崎を見てニヤリと笑った。

「それはお断りだっ!」

そして亜崎の手をはねのけると、成嶋達の元に駆けよった。

「どうしたの正一くん?魔術師になりたくないの?」

「もちろんなりたいよ。オレの目標だからな。」

雪沢が成嶋を見るとオーラの色が濃くなってきていた。どうやら気がついたようだ。

「サトシの言葉を聞いた時、オレは恥ずかしくて逃げ出したくて、外に出ようと思ったんだよ。でも封印のせいで無理だった。何でだ?成嶋は気を失っているのに。」

「それはそういうものよ。」

「亜崎さん、さっききみが気を失ったとき、放っていた人型のオーラは消えたよ。だったら成嶋がやっている封印も、気絶したらなくなるのが自然だよな。」

雪沢はそう言って亜崎をじっと見つめた。しばらくその視線を受けとめていた亜崎だったが、不意に笑い出しながらこう答えた。

「正一くん、あなたは魔術の理解は早いようね。この短時間の中で使われた魔術の原理について正確に理解している。やはりわたしが使い魔にしようと思ったのは正解だったわ。さぞかし有用だったでしょうに。」

亜崎の瞳孔が縦に長く開いた。

「でも状況把握力は低いようね。そちらに行っても勝ち目はないわ。こうなってしまっては殺さなくちゃならないじゃない。まったく残念だわ。」

そう言いながらも亜崎の顔は笑っていた。

「たしかにきみの言うとおりにしていれば、魔術がつかえるようになったのかもしれないね。でも、しおりちゃんの言葉で気がついたんだよ、それ以外でも可能性はあるって。」

そう言うと雪沢は成嶋にキスをした。

「なーにそれは?大層なことをいったわりには、やってることの意味がわからないわ。」

苦笑いをしながら亜崎が言った。

「亜崎さん、きみは魔術師のくせに理解が遅いようだね。」

亜崎に振り返った雪沢は、唇についた血を舐めながら言った。雪沢が右腕を亜崎のほう、左腕を成嶋のほうへ突き出すと、両手の手首に赤いオーラの球体が生成され始めた。続いて手首を横切る2メートル四方の平面上に、多数の赤いオーラの球体が出現した。

「なるほど、その方法があったのね。でもさっきと一緒の結果になるわよ。」

「やってみるまでわかるもんか。いけっ!」

雪沢の叫びと共に両手の周りに生成した赤いオーラの球体が飛び出した。左手の球体は成嶋を拘束していた四体の人型に襲いかかった。人型は先ほどと同じように球体を排除しようとするが、今度は球体の動きについてこれないようだ。一体、また一体と消滅していった。

「さっきと動きが違う。同じ魔術師の術なのに、ありえないわ。」

右手の球体は亜崎を包囲するように移動していた。亜崎は防御に人型を出現させるが、球体の攻撃の前にあえなく消滅した。人型を消滅させた後も多数残っていた球体は、すべて亜崎本人に降り注いだ。亜崎はぐったりと膝をついて倒れた。

「まさか、こんなやつに。」

そう言って彼女のオーラが薄くなるのがわかった。


「さて、こんどはちゃんと確認しないとね。」

成嶋が倒れている亜崎に近づいていった。上下左右になにか小さな小瓶を置くと、体の上に手をかざして集中した。雪沢がオーラを見ると、小瓶から無数のひも状の白いオーラがでて、亜崎の身体を拘束していた。

「これで大丈夫ね。」

「成嶋、その子はどうなるんだ?」

「わからないわ。あたしがするのは魔術結社にわたすところまで。その後は上の人達の考え方次第ね。」

「そうか。」

そしてしばらくの沈黙の後、雪沢が話しだした。

「成嶋、すまなかった。あんなことを言ってしまって。」

「ううん、雪沢が怒るのも当然だよね。わたしたちが魔術の存在を隠しているのはほんとう。わたしたちは精神を純化していけば、いつかは肉体に関係なく精神体のみで活動するようにできるの。だから人間として生きていくのに必要な関わりはするけれど、それ以上には人間社会にかかわらない。そのためには魔術は隠さなくてはならないと考えているわ。あたしもそのために、この地域で活動しているの。」

雪沢は黙って聞いていた。

「さっき瀬野さんが言ってくれたけど、あたし、どんなに否定しようと雪沢が魔術を信じてくれるのが嬉しかったの。もちろん隠さなきゃいけないんだけど、そうすることで自分の存在も否定している気になることもあったわ。だから雪沢が信じてくれているのは嬉しかった。」

ちょっと成嶋の顔は赤くなっているようだった。

「あと、助けてくれてありがとう。ひとつ借りができちゃったわね。」

「いや、それは……。」

「あーでも勝手にキスしたわよね?それは貸しね。これで貸し借りなしってことで。」

そういって成嶋は微笑んだ。そしてすぐに悲しい顔をして黙り込んだ。


「それじゃあ、みんなの今回の魔術に関する記憶を消去するわ。」

しばらくの沈黙の後、成嶋はそう言った。

「えっ、どうしてだよ?」

「ごめんね、これはしょうがないの。説明したとおりわたしたちは人間社会との関わりは最小限にしているの。こんなに魔術に接した人間を、そのままにしておくことは出来ないのよ。」

「そんな、成嶋先輩、ひどいじゃないですか!」

「やめることはできないんですか?」

斉藤と瀬野が抗議した。

「無理なのよ。もう始めてしまったから。」

雪沢が地面を見ると、三人の足の下にピンクのオーラの円が発生していた。そして身体が硬直し、動けなくなった。オーラは瓶の中に水が溜まっていくように、下からだんだんとせり上がってきていた。

「サトシ、しおりちゃん、大丈夫だよ。」

雪沢が言った。

「たとえ全てを忘れても、必ず思い出してみせる。魔術に関して、オレはしぶといからな。」

「ありがとう、雪沢。気のせいかもしれないけど、雪沢のそばにいると魔力が上がった気がしていたわ。」

「オレが魔術に対して真面目だからだろうな、きっと。」

そうしているとピンクのオーラが顔まで上がってきて、すぐに全身を包まれた。そしていきなりあたりに光が溢れ、雪沢は気を失った。


雪沢達三人は気がつくと学校の正面玄関付近に倒れていた。

「サトシ、しおりちゃん、大丈夫か?」

「はい、雪沢先輩。一体どうしたんですかね?」

「斉藤君、なんか全身にすり傷あるけど大丈夫?」

「えっ、あ、ほんとだ。どうしたんだろう。それに一体何で学校にきたんでしたっけ?」

「しおり、思い出せないです。」

なにかを学校にやりにきたはずだったが、みんな全く思い出せなかった。

「わかった!魔術だ!」

突然雪沢が叫び、あたりの空気に緊張が走った。

「いや、わかったというかわかってないというか。でも、こんなことが可能なのは魔術しかないよ。サトシ、しおりちゃん、今度の新聞はこの事を特集するよ!月曜までに今なにが起こったか、考えをまとめておいてくれ。」

そうして三人で話しをしながら駅へと向かっていった。正面玄関を流れる風は、ほっとしたような悲しいような音色をたてて、それを見送っていた。


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