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闇の中にロウソクの炎が揺らめく。その光に照らされ、そばに一人の男のシルエットが浮かび上がる。あたりには植物の腐ったイヤな臭いが立ちこめている。

「これですべての準備は完了か」

男がつぶやく。男は闇の中ある一点を見つめており、その視線の先にはなんらかの液体で満たされた入れ物があった。臭いはこの入れ物から漂ってきているようである。

しばらくの静寂。そして男は何かを決意した感じで歌うように言葉を発した。

「デルブト・グルム・ロガルボ」

その呪文のような単語は闇の中に消え、しばらくの静寂があった。

(うまくいくのか…)

男は祈るような気持ちで何か変化が起こるのを待っていた。


いきなりあたりに光が溢れる。

「きた、ついに成功かっ!」

思わず男は叫ぶ。しかしその思いを突き放すように、少女の声があたりに響いた。


「ゆーきーさーわー!」


そこは八畳ほどの部屋だった。部屋の奥には窓があるようだが、外からの光が入ってこないように黒の遮光カーテンがかかっていた。反対側には引き戸の入り口と窓があるようだが、窓にはやはりカーテンがかかっていて外からの光は入っていない。扉の上部には黒い紙がはってあった。おそらく覗き窓があるのだろう。扉が閉まっている状態ならば、この部屋は真っ暗だろう。だが今はその扉は開け放されており、そこからの光が部屋の中を照らしている。部屋の左右にはロッカーや椅子が置いてあり、真ん中には机があった。机の上にはロウソクとバケツがのっていて横には詰襟の学生服姿の少年がびっくりして表情で固まっていた。襟には「2」というピンバッチがついている。その視線は入口の扉に向かっていた。

扉には先ほどの声の主と思われる、セーラー服姿の少女が立っていた。逆光に浮かぶ少女のシルエットは細く、髪は耳が隠れるぐらいのショートカットだった。胸のポケットには「2」というバッチがついている。少女は部屋の中にいる少年に視線を合わせたまま叫んだ。

「またあんたはなんかバカなことを!ってなにこの臭い、くっさいよ」

鼻を手で覆いながら少女は少年をじっと見つめた。

「なんだよ、やっと成功したかと思ったのに。いやおまえが扉を開けたりしなければ、ほんとに成功してたはずなんだよ」

部屋の中にいた少年、雪沢正一はやや動揺しつつも言い返した。

「はいはいはいはい、うわなにこれ?なんかわからないけど、これが臭さの原因ね。はやく捨ててよ」

少女は喋りながら机へと近寄って、バケツの中を覗いてそう言った。

「うーん、やっぱりこのメルキバの灰ってのを腐葉土で代用したのがいけなかったのか?せっかく3時間も煮込んだのになぁ」

「…なんで腐葉土を煮詰めるのよ!」

「だから代用なんだって、この間手に入れたこの本によるとだな…」

「あーもういい、あたしが捨ててくる」

「あ、おい、ちょっと待てよ、成嶋」

少年の呼びかけを無視して、少女はテーブルの上におかれたバケツをつかむと、すぐさまものすごいスピードで外に走っていった。雪沢は一瞬あっけにとられたが、すぐに少女を追いかけて部屋を出る。

「成嶋さん、ちょっとほんとに待って、それ作るのかなり苦労したんだぜ?」

しかし先を走る少女、成嶋瑠璃香は雪沢の呼びかけを無視してひたすら疾走していた。それでもバケツを持って走っていることもあって、次第に雪沢との距離は縮まってくる。ようやっと追いつこうというとき、成嶋が突然振り返る。

「だめ、捨てる」

そう言うと、後ろを向いた。

「待っててば」

雪沢が追いかけようとすると、顏だけを彼に向けてこうつぶやいた。

「女子トイレの中までくるつもり?」

「えっ?」

雪沢が急いで辺りを見回す。成嶋の後ろには扉があり、上にある標識には「女子トイレ」と書いてあった。

「じゃね」

雪沢がここがどこかを確認しているすきに、成嶋はトイレの扉を開けて素早く中に入った。中でさらに扉が開く音がして、その後水の流れる音が響く。

「ああ…」

恨めしそうにトイレの扉をみながら、雪沢が情けなくため息をもらす。その姿を空のバケツを手に出てきた成嶋が見て言う

「…女子トイレの前でそんな顔してると変な誤解されるよ?」

「誰のせいだよ」

「しょうがないでしょ、あんな臭いものを部室においとけないし、一番近くで捨てられそうなのはここだったんだから。」

「いやだから、そもそも捨てるって判断がだな…」

そのとき向こうから女性の声が響いてきた。どこかの部活の生徒だろうか。

「誰か来そう。雪沢、立ち話もなんだし戻ろうか?こんなとこで話してるの見られたくないし。」

そういうと空になったバケツを雪沢に渡し、成嶋は今来た廊下を歩きだした。しょうがなく雪沢もバケツを手にしその後に続く。


ここは関東の国松市にある山水学園、男女共学の高校だ。都心から30分ほどの土地ではあるが、あたりにはまだ緑が多い。学校案内でも「緑が多い落ち着いた学園は、勉学をはじめ学生の成長に最適な環境」と宣伝されている。生徒の自主性を尊重するという学園の主義と相まって、学生はおおらかな学園生活をおくっている。

そのため周りの学校からは「のんびり」ひどいところには「まぬけ」と思われている。


二人は先ほど飛び出してきた部屋へと戻ってきた。扉の上には「第二新聞部」と手書きされた表札がかかっている。詰襟の少年、雪沢正一は山水学園の二年生で、この第二新聞部の部長である。セーラー服の少女、成嶋瑠璃華は同じく山水学園の二年生で第二新聞部の副部長だった。


「さてとっ」

部屋に戻った成嶋はあたりにあった椅子に座ると、所在なげに入口付近に立っている雪沢をじっと見つめ、

「ゆきさわくんは、今日はどんなことをしようとしていたのかな?」

と笑顔で聞いてくる。が、彼女の目は全く笑っていない。雪沢はいままでの経験からして、こういう場合は正直に白状した方がいいことを知っていた。

「ホムンクルス」

ぽつりと雪沢はつぶやく。

「え、なに?」

「だから、ホムンクルスを作ろうかと。」

「なにそれ?」

「魔術で作成する人工生命体で、作成者の命令に従っていろんなことをしてくれるんだぜ。」

目を輝かせながら雪沢は説明をする。それをみて成嶋は大きくため息をつく。

「想像はついていたけれど、やっぱり魔術がらみだったのね。いったい何回失敗すれば気が済むのかしら。」

「いやいやいや、今度のは大丈夫なんだって!」

「その妙な自信はどこからくるのやら?」

あきれ顔で成嶋が聞く。

「これさ」

雪沢は鞄から一冊の本を取りだした。表紙には『魔術入門 禁断の術式をすべて公開』と書いてある。本の端からは、雪沢が貼ったであろう付箋がいくつかはみ出している。

それを見た成嶋は再度ため息をつきながら言う。

「またそういうの買ったんだ。いままでも何冊となく買ってるけど、一つとしてまともなことを書いてある本なかったじゃない。」

そう言われても雪沢は気にした風もなく言う。

「当たり前じゃないか。オレの目標である魔術師になるためには、関係しそうなものはどんどん調べるよ。これはこないだ古本屋で見つけたんだ。これまで読んできた魔術本だと薬の作り方や材料は書かれてなかったから、推測してやるしかなかったじゃんか。この本だと材料はもちろん作り方まで詳しくのってるんだよ。」

成嶋は興味なさそうに本を取ると、ぱらぱらとページをめくって付箋が貼ってあるページの一つを開く。『ホムンクルスの作り方』という章のようだ。雪沢はこれを参考にして先ほどの物体をこしらえたのだろう。

「塩とかミョウバンとか鉄とかはわかるけど、メルキバの灰ってのはなんなの?」

成嶋は中身を斜め読みしつつ尋ねる。

「北欧の高山地帯に自生してるメルキバって草を発酵させたものって解説があったよ。見た目や臭いは腐葉土に近いってことだから、腐葉土代用してみたんだ。」

「してみたんだ、じゃなくてね。そもそもメルキバなんて植物、実際あるの?」

「いや調べてないけどあるんじゃないの?本に書いてあるくらいだし。」

「雪沢っていろいろと物事に細かいけれど、最後の最後で詰めが甘いところがあるよね。」

成嶋はまたまた軽くため息をつくと、本を閉じて雪沢に返す。

「これでたらめね。メルキバなんて植物、聞いたことないもの。」

「いやでも、ほかの材料はちゃんと用意できるものばかりだよ?だから誰も知らないだけで、どこかにあるかもしれないじゃないか。」

成嶋は軽くほほえみながら言う。

「じゃあ誰も知らないものをこの本の著者はどうやって知ったのかしらね。」

「この本の作者だけは知ってたんだよ。」

「そうだとしたら学会とかに発表したほうがよっぽどいいと思うけれど。」

「それはほら、これが魔術関係のものなんで一般に公開できなかったんだよ!」

「だったらなんでこんな本書いてるのよ?」

「えっ、それは…」

「これ、ほんとにあるものとそうでないものを並べて書くことでもっともらしさを出そうとしているのよ。」

一呼吸おいて成嶋は手に持った本に視線を落として小声でつぶやく。

「何というか純真なのね。」

そして再び雪沢を見つめると

「まあホムンクルスを作ろうとしていたのは分かったわ。で、それが第二新聞部の活動となにか関係があるのかしら?」

「もちろんだよ、今度の号にはこの製作記事を載せるのさ。」

雪沢は力強く答えた。

「まあそんな事だとは思ったけれど…。またオカルト記事を載せるわけね。」

「オカルトじゃないよ、科学的な超常現象の考察だよ。」

「雪沢がどう思うかは勝手だけど、みんなが山水の恐怖新聞って言ってるのは知ってるでしょ?」

「何とでも言えばいいさ。分かってくれてる人たちはいるし。オレたちがなにかちゃんと出来ればみんなも信じるようになるさ。それに成嶋だってその手の記事を何度か書いているだろ?」

「あたしが書いているのは、うちの生徒から聞いた超常現象を取材して、そうではないと判明させた記事よ。もっとも発行された時は誰かがつけた見出しのせいで、そうだと分からなくなってますけど」

「ひどい事するやつがいるな。」

「雪沢でしょ!」


その時、部室の入り口のドアが開き、男子生徒が入ってきた。後ろから女子生徒も入ってくる。

「こんちわーっす。」

すこし大きめな詰め襟の制服に身を包んだ男子生徒は入るとともに元気よく挨拶した。襟には「1」というピンバッチを付けている。五分刈りの頭と日焼けした顔と相まって、運動会系に所属している学生のように思える。

うしろの女子生徒も制服は大きめで、セーラー服の上着はサイズがあっておらず、スカートもひざ下まである。胸のポケットには「1」というバッチがついている。後ろを通り抜けるように部屋に入ってくると雪沢と成嶋にちょこんと頭を下げた。

「サトシとしおりちゃんか」

「斉藤くん、瀬野さん、こんにちは。あれ、でも今日は活動日じゃないわよね?」

雪沢と成嶋はドアから入ってきた二人を見て言った。

「雪沢先輩、成嶋先輩、こんちわっす。活動日ではないですが、もしかすると雪沢先輩がいらっしゃるかなと思いまして。」

五分刈りの男子生徒、斉藤聡は改めて部屋の中の二人に挨拶する。だがいつもとは違う部屋の雰囲気を察してか、周囲を見回している。そして部屋の中の臭いに気がついた。

「あれ,なんか部室の中が臭いような…。」

そして一瞬の沈黙のあと、原因に思い当たったのか

「あ、雪沢先輩!またなにか魔術の偉業を成し遂げたのでは!」

と叫んだ。

「さすがはサトシ、よく気がついたな。だけど今回は成嶋の邪魔で途中で中断してしまったよ。」

「ちょっと雪沢、適当なこと言わないでよ。」

「来たかいがありました、それで今回はどんなことを?」

斉藤は成嶋の言葉が耳に入らなかったのか,雪沢に質問しはじめた。斉藤聡は今年入学の一年生で、4月に行った第二新聞部の説明会の時からどういうわけだかは分からないが、雪沢のファンというか信奉者だった。なにやら魔術の話で盛り上がっている雪沢と斉藤はほっておいて、成嶋は部屋の隅にいる瀬野しおりに声をかけた。

「瀬野さん、ごめんね。また雪沢が変な事して。」

「しおりは、この臭い平気です。」

ゆったりとした口調で瀬野は成嶋の顔を見て答えた。平均より身長が低い瀬野は、成嶋を見上げる形になり両サイドのお下げがそれに合わせて揺れた。

「へぇ…」

意外な答えに戸惑いながらも、成嶋は話を続けた。

「瀬野さんも活動日じゃないのにどうしたの?」

「しおり、斉藤君と同じ一組なんです。授業が終わったら、斉藤君が部室の方に向かってたので今日もあるかと思ってついて来たんです。」

ゆったりとした口調で瀬野が答えた。

「そ、そうなんだ。」

瀬野は淡々と事実をしゃべっている感じで、あまり感情を読み取れない。

瀬野しおりも一年生で、写真が撮りたいという理由で第二新聞部に入ってきた。成嶋はまともな活動をしている新聞部や写真部ではなく、なんで第二新聞部を選んだのか聞いたことがあった。瀬野の答えは「何となく」だった。成嶋は「独特の感性を持っている子なんだな」とその時から思っていたが、今日もまたそれを確認した思いだった。

雪沢のほうを振り返ってみると、依然として斉藤と魔術談義を交わしていた。

「…その本によると、魔術の勉強を続けてある一定の段階まで来ると、自然と魔術結社からの誘いが来るらしいんだよ。きっと結社は魔術を志す者がどこにいて、どのくらいの知識を持っているか分かるんだよな。」

「雪沢先輩にも誘いがあってもしかるべきですね。はっ、まさかもうすでに?」

「いやいや、きてないよ。本の記述を読むと,オレなんかのレベルじゃとても入れるところとは思えないな。でも魔術を調べたり実践したりすることで、近づければと思ってる。」

「うーむ、結社ってのはすごいところなんですねぇ。」

パンパンと手を鳴らす音が響く。雪沢と斉藤が音の方に首を向けると、両手を頭の上で鳴らしている成嶋が目に入った。

「はーい、雑談はそこまで。雪沢、せっかく全員そろったからなにかやらない?」

第二新聞部のメンバーは2年の雪沢と成嶋、1年の斉藤と瀬野の4人で全員だ。山水学園では部として認められるのは所属人数が8人以上いることが条件となっている。それ以下の場合は同好会となる。第二新聞部も公式には新聞編集同好会であるが、雪沢はあえて第二新聞部と言いはっていた。

「そうだなぁ。じゃあ次の新聞のトップ記事をどうするかについて考えようか。」

雪沢は1年生2人の方を向いた。

「サトシとしおりちゃんは今回が初めてだけど、バックナンバーを読んでもらっているから第二新聞部が出している新聞の大体の感じはわかるかな?」

「わかります。」

と斉藤が答える。瀬野はその横でこくりとうなずいていた。

「代々超常現象をメインで扱っているから、今回もその路線で行こうと思っている。成嶋もそれでいいよな?」

雪沢は成嶋の方を向いてそう言った。

「あたしは自分の反超常現象記事を載せて貰えれば文句はないわよ。それをトップにしてもらえたら一番だけどね。」

「それはないな。」

そう雪沢は即答した。

「今回のトップ記事のため、オレはホムンクルスの作成を試して見ていたんだが、残念ながら失敗に終わった。そこで変わりとなるトップ記事を探さないとならない。何か記事にしたい事があれば遠慮なく提案してくれ。」

そのときチャイムがなった。部活の終了時間だ。

「あ、もうこんな時間。あたし帰らないと。」

「しおりも帰ります。」

「雪沢先輩、すいませんが今日は帰らないとなりません。」

三人が立て続けにそう言った。

「そっか、じゃあ今の事は明後日までに考えておいてくれな。」

「雪沢はまだいるの?」

「えっ、うん、もうちょっとは。」

「念のため言っておくけど、さっきのはもうやんないでね。」

「やりたくても、もう材料がないよ。」

小声で雪沢は答える。

「あと後かたづけと戸締まりよろしくね。床とかにさっきの液体が落ちてるんで、ちゃんと拭いといて。それじゃ、あたし急ぐんで。また明日ね」

そう言うと成嶋は外にかけていった。

「雪沢先輩、すいませんが今日はお先に失礼します。」

斉藤がそう言って出ていった。瀬野は雪沢におじぎをして部室を後にした。

部室に残った雪沢は辺りを見回すと、しかたなくこぼれた液体を拭き始めた。

あらかた拭き終わると椅子に腰掛け、今回の「レシピ」が書いてあった本を手に取る。表紙をしばらく見つめた後、手をひねって裏表紙を見る。そして本を開いてページをパラパラとめくりながら、内容を流し読みする。

魔法陣、結界、護符、精霊、妖精、ホムンクルス…、目に飛び込んでくる単語はどれも雪沢の興味を引くものだ。

「今回は本物だと思ったのにな。」

そうつぶやくと雪沢は本を閉じてまた机の上に戻し、鞄をとって部室を後にした。


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