8
翌日の金曜日。
曇ってるから、明日の大会が雨にならないか心配だ。朝練でピッチングをするため、授業が始める前に自転車で学校に行った。
グラウンドに出てみたらあたしが一番のりで、他に部員は誰もいなかった。
気になる後輩はまだいない。いつもは一番にきてるのに。
きっとあたしと顔を会わせたくないんだと思う。昨日の今日だから、仕方がないのだけど。
今までどおりの関係でいたい。そんなことを考えるのは、やっぱり都合のいいわがままなのだろう。
「……」
罪悪感。
去り際に見た後輩の背中が、頭から離れない。しょうがないのに。好きじゃないって言ったのに。
……違うのかな。
「――うりゃ!」
力まかせに投げた。ボールは設置されたネットに包まれて落ちた。
「……」
投球練習のマウンド。
後輩の姿がなかった。
ホームベース。
そのむこうには誰も座ってない。
三メートル四方のネットだけが、あたしの前にあった。
いつものピッチング。一人で投げてた。
「……朝練サボるくらい許してやるか。あたしのせいだし」
それに明日は大会。今日の練習はほどほどにして、体力を温存しとかないと。
次の球をつかんで投げる。ボールはネットに収まった。
すぐ横には、ボールがたくさん入ったカゴが置いてある。いつもなら後輩が捕ったボールを投げ返してくれるから一球でいいんだけど、今日はいないから。
それから投げ続けて、ネットに何十球とボールがたまっていったとき。
「うっす!」
いきなりバシンと肩を叩かれた。振り向くと、陽気な春香の顔があった。
声をかけられて、ちらほらと部員が集まり始めていることに気付く。
「今日も早いな保坂。あれ……そういえば涼子は?」
春香は不思議そうな顔で、ボールが転がったネットを見た。
「ああ……まだみたい。あたしが一番のりだった」
「めっずらしー。涼子っていつも一番なのに」
「きっと大会前だから緊張して、朝起きれなかったんじゃないかな」
「あ、あるある! 涼子って修学旅行前とか、緊張して寝れないタイプだって言っていたし!」
「……そだね」
春香はおかしそうに笑った。
「それより保坂、明日は頼むよ。うちのチームの命運は、あんたにかかってんだから」
「うん、それはまかせて。絶対打たせないから」
「ホレるわー保坂。口だけじゃなくて、平然とやっちゃうところにシビれるね」
「……平然とじゃないよ。いつ打たれるかひやひやしてる」
「まったまたー、天才が謙遜しちゃって! そういう鼻にかけないとこがいいね」
はあ、と大きなため息をついた。わかってない。あたしはそんなにすごいやつじゃないんだよ。
「おはようございますキャプテン!」
「今日も格好いいですね!」
いきなり大きな声をかけられた。ふと横を見ると、二年生ふたりがあたしの投げた球を抱えていた。
「ああ、ありがと」
「「はい!」」
軽快に言ってくる二人。その眼差しは、春香のそれと同じものだった。ボールがカゴに入れられたとき、ふと思い当たった。
「ねえ、ついでにあたしの球、受けてくれると嬉しいんだけど」
「「え――!?」」
気軽に言っただけなのに。二人はびっくりして、胸の前で両手をぶんぶん振った。
「い、いやいやいやっ! 私じゃ無理ですって! 勘弁して下さい!」
「キャプテンの球なんて、速すぎて涼子くらいしか捕れませんよ!」
……そんなに恐がらなくていいと思うんだけど。うーん、しょうがない。
「そう。じゃあ」
ぽん、と。あたしは春香の肩に手を置いた。春香は自分を指さして、
「……私?」
って、びみょーな顔になった。「いやいやそこ私にふるなよお前」って感じかな。いいじゃん別に。
「お願い」
「……手加減してよ。当たると超痛いから」
「がんばる」
「がんばんな!」
苦笑いした春香は、嫌々ながらもあたしの球を受けてくれた。やっさしー、拾うの面倒なんだよね。
春香と投球練習しているうち、グラウンドには二十人近くが集まって、各自練習した。
監督から土曜日は試合だから、ハードな練習はするなと言われたのに、みんないつも以上にがんばってやっていた。勝ちたいって感じがよくわかった。
八時近くになると、グラウンドを整備して制服に着替える。みんなそろって、明日の試合の話をしながら学校へ向かう。
最後まで、後輩は来なかった。