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百合短編  作者: 美幸
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8/20

8

 翌日の金曜日。

曇ってるから、明日の大会が雨にならないか心配だ。朝練でピッチングをするため、授業が始める前に自転車で学校に行った。

グラウンドに出てみたらあたしが一番のりで、他に部員は誰もいなかった。

 気になる後輩はまだいない。いつもは一番にきてるのに。

 きっとあたしと顔を会わせたくないんだと思う。昨日の今日だから、仕方がないのだけど。

 今までどおりの関係でいたい。そんなことを考えるのは、やっぱり都合のいいわがままなのだろう。

「……」

 罪悪感。

去り際に見た後輩の背中が、頭から離れない。しょうがないのに。好きじゃないって言ったのに。

 ……違うのかな。

「――うりゃ!」

 力まかせに投げた。ボールは設置されたネットに包まれて落ちた。

「……」

 投球練習のマウンド。

後輩の姿がなかった。

ホームベース。

そのむこうには誰も座ってない。

三メートル四方のネットだけが、あたしの前にあった。

 いつものピッチング。一人で投げてた。

「……朝練サボるくらい許してやるか。あたしのせいだし」

 それに明日は大会。今日の練習はほどほどにして、体力を温存しとかないと。

 次の球をつかんで投げる。ボールはネットに収まった。

 すぐ横には、ボールがたくさん入ったカゴが置いてある。いつもなら後輩が捕ったボールを投げ返してくれるから一球でいいんだけど、今日はいないから。

 それから投げ続けて、ネットに何十球とボールがたまっていったとき。

「うっす!」

 いきなりバシンと肩を叩かれた。振り向くと、陽気な春香の顔があった。

 声をかけられて、ちらほらと部員が集まり始めていることに気付く。

「今日も早いな保坂。あれ……そういえば涼子は?」

 春香は不思議そうな顔で、ボールが転がったネットを見た。

「ああ……まだみたい。あたしが一番のりだった」

「めっずらしー。涼子っていつも一番なのに」

「きっと大会前だから緊張して、朝起きれなかったんじゃないかな」

「あ、あるある! 涼子って修学旅行前とか、緊張して寝れないタイプだって言っていたし!」

「……そだね」

 春香はおかしそうに笑った。

「それより保坂、明日は頼むよ。うちのチームの命運は、あんたにかかってんだから」

「うん、それはまかせて。絶対打たせないから」

「ホレるわー保坂。口だけじゃなくて、平然とやっちゃうところにシビれるね」

「……平然とじゃないよ。いつ打たれるかひやひやしてる」

「まったまたー、天才が謙遜(けんそん)しちゃって! そういう鼻にかけないとこがいいね」

 はあ、と大きなため息をついた。わかってない。あたしはそんなにすごいやつじゃないんだよ。

「おはようございますキャプテン!」

「今日も格好いいですね!」

 いきなり大きな声をかけられた。ふと横を見ると、二年生ふたりがあたしの投げた球を抱えていた。

「ああ、ありがと」

「「はい!」」

 軽快に言ってくる二人。その眼差しは、春香のそれと同じものだった。ボールがカゴに入れられたとき、ふと思い当たった。

「ねえ、ついでにあたしの球、受けてくれると嬉しいんだけど」

「「え――!?」」

 気軽に言っただけなのに。二人はびっくりして、胸の前で両手をぶんぶん振った。

「い、いやいやいやっ! 私じゃ無理ですって! 勘弁して下さい!」

「キャプテンの球なんて、速すぎて涼子くらいしか捕れませんよ!」

 ……そんなに恐がらなくていいと思うんだけど。うーん、しょうがない。

「そう。じゃあ」

 ぽん、と。あたしは春香の肩に手を置いた。春香は自分を指さして、

「……私?」

 って、びみょーな顔になった。「いやいやそこ私にふるなよお前」って感じかな。いいじゃん別に。

「お願い」

「……手加減してよ。当たると超痛いから」

「がんばる」

「がんばんな!」

 苦笑いした春香は、嫌々ながらもあたしの球を受けてくれた。やっさしー、拾うの面倒なんだよね。

 春香と投球練習しているうち、グラウンドには二十人近くが集まって、各自練習した。

 監督から土曜日は試合だから、ハードな練習はするなと言われたのに、みんないつも以上にがんばってやっていた。勝ちたいって感じがよくわかった。

 八時近くになると、グラウンドを整備して制服に着替える。みんなそろって、明日の試合の話をしながら学校へ向かう。


 最後まで、後輩は来なかった。


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