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あたしはいつも通り、後輩と一緒に帰った。
途中のカーブミラーのあるT字路まで、同じ帰り道だ。
「ねえ涼子」
「何スか?」
「何であたしのこと、好きって言ってくれたの?」
ずっと疑問だったことをようやく訊いた。
しばらく無言のままの状態が続く。沈黙が気まずいものとなる前に、後輩は口を開いた。
「証が欲しかったんスよ」
「証?」
あたしはまた訊いた。
「先輩、県外の高校に推薦決まったって言いましたよね。遠いから通いじゃなくて、寮生活だってことも」
「まあ、そうだけど」
「卒業して別々の高校生に行ってしまったら、今を、あんな時代もあったねって思い出すだけになるんでしょうか。もしかしたら、時間が経つにつれて忘れてしまうかもしれません」
どうだろう――現実味がない。
確かにあたしの中学生時代は楽しいものだった。特に後輩と一緒にいる時間は楽しかった。出会ってすぐから、彼女とはものすごく気があって。あっという間に、誰よりも仲良くなった。
でも、そんな日々も。
あたしは忘れてしまうのだろうか。
「先輩とこうしてふたりでいますけど、卒業した後はどうなるか分からないッス。お互い、好きな男の人とかもできるかもしれませんし」
あはは、好きな男ねえ。
後輩はかわいいけど、あたしは男っぽいからな……。
「だから自分は『あかし』が欲しいんスよ。自分たちが一緒だったっていう証。どんなに時が経っても、離れ離れになっても。恋人のことは、ずっと忘れないじゃありませんか」
なるほどね……だから恋人か。突飛してる気がするけど、理には適ってる。
と、前を見れば、後輩が足を止めていた。どこか悲しい背中だった。
いきなりどうしたのだろう?
話していたから気づかなかったけど、いつの間にかカーブミラーのあるT字路にさしかかっていた。昨日、後輩があたしに告白した場所だ。
「イヤでしたか? 自分なんかに好きって言われて」
「……全然イヤじゃないよ」
「……」
後輩はこちらに背を向けたまま、言葉を発さなかった。
「…………涼子?」
あたしが呼びかけた途端、後輩は振り返った。
そして、
「キス、してもらってもいいッスか?」
と、突拍子もないことを言ってきた。
「え……」
ちょっと待って。それは――。
「イヤッスか?」
「い、イヤじゃないイヤじゃないっ!」
その場の空気に流された。
まあ――イヤじゃなかったのは本当だ。あたしが後輩を『嫌いじゃない』のは事実なんだろう。
ずっと仲良くしたいのは、あたしも同じ。恋人という関係が、あたしたちをつなぎ止めてくれるというのなら。
そういうのも、悪くないかもしれない。
「先輩」
じっと見つめてきた。うっわ、何かドキドキする。それは後輩も同じようで、
「……な、何か改めて面と向かうと、恥ずかしいものがあるッスね」
「そ、そだね……」
「先輩、目つむってくださいね? せーので行くッスよ」
「うん」
「せーのっ……!」
思考が数秒間停止した。
ついでに時間も止まったかと思った。
あたしは後輩と唇を重ねた。
甘いような、切ないような、不思議な感覚。
――キスってこんな感じなんだ。
ゆっくり唇を離して目を開けると、目と鼻の先で目があった。
「ふふ」
「ふふふっ」
くすくすと心地良い笑いがこみ上げてきた。こうしていると、ほんとに恋人みたい。
ずっと一緒にいたい。この瞬間、あたしは確かにそう感じた。