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百合短編  作者: 美幸
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 告白の言葉は、あまりにもストレートだった。

 何のひねりもない、ありがちな言葉。

 ストライクだったかな? 少なくとも、ボールではなかったと思う。

 でも、なんだろう……ああ、よくわかんない。

 とりあえず、後輩について考えてみよう。


【年齢】

 いっこ下の中学二年生。

【特徴】

 ソフトボール部。

 語尾に『~ッス』ってつける。

 目が大きい。

【名前】

 波多野涼子。

【性別】

 女。


 ……オンナ、ねえ。そういえばあたしも、そんな生き物だった気がする。

 そう、後輩は女だ。

 重要だからくり返す。女だ。

 無論、あたしは同性が好きになる性癖(せいへき)ではない。いくら男っぽくても、そんな趣味は断じてない。

 それなのに、どうしてオッケーの返事をしたのだろう。なんだか他とは何か違った気がするけれども、今になって思えば不思議で仕方がない。

「おつかれ、保坂」

 教科書も片付けずにまたため息をついていたら、背後から声がかかった。振り返ると、春香がお弁当と水筒と椅子を手に立っていた。

四時間目終了のチャイムが鳴っても、あたしは(いま)だに詰まった息を吐き出せないでいた。教室はすでに開放感が行き渡り、声を盛り上げているというのに。

「お昼食べないの?」

「あ――いやいや、食べるよ」

 混乱を引っ込めて、春香の声に答えながら教科書とノートを机の中にしまった。いつも一緒にお昼を食べる春香が、あたしの前に座る。

「さっきの授業、宿題の量ありえなくない?」

「そだね」

 宿題とか、あったっけ。

 お弁当箱の(ふた)と一緒に、おしゃべりの蓋も開かれる。あたしは春香の声にいちいちうなずきながら、少し遅れてお弁当を開けた。

 頭の中の整理がつかない。春香が何か言っても曖昧にうなずくだけで、実際のところまったく聞いていなかった。

「ね、保坂」

「え、うん」

 突然同意を求められて、思わず慌ててしまった。あたしの様子に何か感づいたのか、春香がじーっとこちらを見つめてくる。

「ねえ。授業中、ずっと上の空じゃなかった?」

 そう言われて、思わずドキリとした。どうやら見られていたらしい。ちゃんと前見て授業聞いてればいいものを。

「そんなことないよ」

「目ぇ泳いでるし、微妙にカタコトだし。しっかりしてよ、明後日(あさって)は大会なんだからさ。悩み事あるなら聞くよ?」

 と、いつものようにおせっかいを焼いてくれた。せっかくだから、ちょっと()いてみようか。

「ねえ春香」

「ん?」

「女同士で恋愛って、変かな?」

「女同士?」

 春香の意表をつかれた顔ではっとなった。よく考えたら、今の質問って結構危ないんじゃない?

「へ、変かどうかって言われても」

 春香は戸惑っている。この質問が危ないかといえば、自問するまでもないくらい明らかだ。危ないよね。よく考えなくても危ないよね。

そう。今日のあたしは、ちょっとおかしいんだ。

「いや、ごめん、やっぱ今のナシで」

「レズに目覚めたのね」

「違う!」

「その感じは、また告られたんでしょ、どーせ」

 見事に言い当てられた。なぜわかる。

 この流れはまずい。何とかして、ごまかさないと。

「いやっ、その……これは、えーっと……そ、そんなことないよっ! こ……これはたとえばの話であって、別にあたしのことじゃ……」

「保坂って本当に嘘つくのが下手。ま、そこがいいんだけど」

 意地悪く春香は笑ってみせた。この顔はあたしが誰かさんに告白されたことと、それが理由で悩んでいることを確信している顔だ。

どうしてあたしは、こうも嘘をつくのが下手なんだろうか。後輩や春香が言うには、あたしの嘘はばればれらしいんだけど、悲しいかな自分では全然わからない。みんなも意地悪なのか、聞いても教えてくれない。損な性分に生まれてしまったものだ。

「それにしても保坂ってモテるよね。主に女子から」

「……何でだろうね」

 その事実は、あたしの気分を一層暗くした。部活で目立っているせいか、顔が男っぽいからかは分からないけれど、何故かあたしはよく女子から告白される。

 ……本当に、どうしてだろうか。

 そんな葛藤(かっとう)をよそに、春香はさらっと言った。

「知らない。男前だからじゃない?」

自分の頭に言葉がのしかかった気がした。気にしてることをさらりと言わないで。ああ、言葉が重い……。

「なにより保坂は、ソフトボール部の『ヒーロー』だから。女子校で憧れの的になるのは必然だよね。その短すぎる髪型も、狙ってるとしか思えないし」

そう言うと同時に春香の手が、あたしの髪に伸びたものだから。自然と身体が反応してしまい、伸ばされた手を払いのける。しまったと思いながら、春香の様子をうかがった。

「ごめん……痛くなかった?」

 春香は手をさすりながら、目を細めた。

「保坂って、髪のことになると怒るよね」

「怒ってないよ」

 春香はあたしの髪を見ている。それから思い当たったように、言葉を発した。

「聞いた話によるとさ。保坂って小学校のとき、髪長かったんだって? 腰くらいまであったって言ってたよ」

 ガタン! と机が()れた。あたしのひざが机の裏に当たったせいだ。振動でお互いの弁当箱が落ちそうになった。

「危なっ! い、いきなり何!?」

「誰から聞いたの」

「え?」

「だから、誰から聞いたの。あたしの髪が長かったってこと」

 春香は引き気味だけど、あたしは身を乗り出して構わず迫った。

「恐いって保坂……。ほら、保坂と小学校同じだった、隣のクラスの――」

「他に何か言ってなかった? あたしが小学校のときのこととか」

「いや……別に何も。それより一体どうしたの? 小学校で何かあった、とか……?」

 その反応に、あたしは胸をなで下ろした。

どうやら春香は知らないようだ。隣のクラスのあの子には、もう一度念入りに釘を刺しておいたほうがよさそうだ。

「保坂?」

 我に返って、ようやく平常を取り戻すことができた。

「い――いのいいの、気にしないで。ごめんね、びっくりさせちゃった。でもこの話はこれで終わり。ほら、前の話に戻そ。ね?」

心配そうに見てくる春香を前に、愛想笑いを振り撒いて誤魔化した。まだ不思議そうな目を向けてきたけど、気を使ってくれたのか、それ以上の追求はしてこなかった。

「前の話っていうと、女同士が変かどうかってやつね」

「しーっ! 声が大きい!」

 聞かれなかったか周囲を見回す。幸いみんな自分のグループ内での話に没頭していて、こちらをまるで気にしていなかった。

「春香、もっと声下げて」

「ごめんごめん。で、結構真剣に悩んでるみたいだけど?」

 顔を寄せ合って、周りに聞こえないように話す。

「ちょっと深刻かな」

 春香はごはんを口に運んだ。もぐもぐ()んで飲み込む動作をしながら、(はし)を握った手をあごに当てて、考えるような仕草をしてみせた。

 それより今になって思えば、なんてことを()いたのだろう。これじゃあまるで変な女じゃないか。せめてあたしのことだとわからない程度には、言い回しを変えるべきだった。

 だけど、もう言ってしまったのだから仕方がない。ここは開き直って、春香大明神さまに道を(ひら)いてもらうことにしよう。馬鹿馬鹿しく思われて、からかわれるだけならそれもアリだ。

「どうしよう春香」

「どうしようって言われても」

 春香がお茶を口に含んで、一拍子(びょうし)おく。

「付き合ったことがないから、よくわかんないけどさ。相手が誰にしろ、保坂がほんとにその子を好きなら。私は堂々と恋愛すればいいと思うよ。たとえそれが、女同士でもさ」

 ふざけず、茶化さずに。予想外にマジメな答えが返ってきたから、あたしは逆に困ってしまった。

「好き……あたしが?」

 わかんない。やっぱわかんないよ。後輩のことは嫌いじゃない。けれど、好きかっていうとはっきりしない。だって、女同士なんだもの。

「いつも速攻で断る保坂が悩んでるってことは、何か思うとこがあるってことでしょ。だから時間かけてよく考えな。保坂のためにも、その子のためにもね」

「……うん」

 あたしはなるほどと納得した。春香の言うとおり、これはとても大事なことだ。簡単に結論を出しちゃいけないのだろう。

もし間違えれば、あたしは今までどおりに後輩と接することができなくなるかもしれない。後悔だけはしたくないから、じっくり考えることにした。

「ありがと春香。相談してよかった」

 春香は「うん」とだけ言って、食事に集中してしまった。せわしない喧騒(けんそう)が教室内にこだまする中、それきり何も話さなかった。


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