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「ごめんねぇ、二人とも」
と、お母さんは一時間半くらいで、全く悪びれもせず帰ってきた。両手にはビニール袋を携えている。
「何買ったの?」
「花の苗とか球根。後は良いサンダルとかも見つけたのよー。ああ、そういえば貴方達、お昼まだでしょ。お金あげるから、その辺の店で食べてきなさい」
「それならさっちん、私良い店知ってるんだ。最近駅の近くに、美味しいケーキショップができたんだよ」
「いいね! じゃあ、そこ行こっか。お母さん、後よろしくー」
私達は会場を出て、駅の方に向けて歩いた。十分ほどで、あーやの言うケーキショップに到着した。
煉瓦造りで、店の前にはテーブルと椅子がパラソルと共に配されている。中に入ると、店内は落ち着きのある木を基調としたデザインだった。壁には観葉植物が掛かって雰囲気を出している。
「いい感じの店じゃん。私このあたりじゃないから、全然知らなかった」
「嘘ぉ。クラスのみんなは知ってるよ?」
もしかして、あーやは他の友達とこの店に来たりするのだろうか。ちょっとジェラっちゃうかな。
「でも来たのは、さっちんとが初めてだけどね」
と、あーやは言った。私は無性に嬉しくなった。
端のテーブルに座り、メニューを見た。私は林檎、あーやは紅茶のケーキを注文した。飲み物は同じく紅茶。フリマでの話を楽しんでいると、間もなく注文の品が運ばれてきた。
「うわぁ、上品なケーキ」
あーやの表情がほころんだ。紅茶ケーキは頂上のメレンゲがアクセントになっていて、上品な紅茶の香りがたっぷり。
私の林檎ケーキはダックワーズで表面が覆われていて、金箔がまぶしてある。醗酵クリームに焼き林檎、ダックワーズという珍しい組み合わせ。食べるのがもったいないくらいだったが、そっとフォークですくって一口食べた。クリームのやさしい味に、林檎の酸味がマッチしている。私は幸せな気分になりながら、
「美味しー! 私、こういうケーキ大好きなんだ」
と、またもう一口食べた。
すると、あーやが「ふふっ」と笑って、
「さっちん、こういうの好きだもんね」
と言ってきた。前を見ると、あーやはケーキに手を付けずこちらを見ている。私は不思議に思って訊いた。
「こういうのって?」
「こんな感じの、珍しいものとかさ」
「え。何で知ってるの?」
「unique――形容詞で『唯一の』とか『珍しい』って意味。これ、さっちんの口癖でしょ?」
「あ」
そういえば。今言われて気付いたが、よくそう言っていたような気がする。
「うそ、ちょっと前に仲良くなったばかりなのに。珍しいものが好きだって、いつの間に気付いてたの?」
「気付いたのは、高校入ってちょっとしたときかな」
「ええ! って、んな訳ないじゃん。この前まで、ほとんど話したこともなかったのに」
「実を言うとね」
疑う私に、あーやは頬杖をついて、いたずらっぽく言った。
「私、ずっと見てたの、さっちんのこと。ふふっ、気付いてなかったでしょ。最初はレアキャラみたいな感じで見てたんだけど、見ているうちに、いつも皆と違うことして、違う格好してるってことが分かってきたんだ。『ありのままの自分』って感じ? だからすぐ、口癖に気づいたの。そんな感じで、つい気になるようになっちゃったんだけど、いつも朝だけ来てどこか消えちゃうから――この前の自習だった時に後を追けてみたら、屋上でミサンガ編んでたのよね」
あーやの言葉を聞いて、私はふと気付いた。
「え、じゃあこの前、たまたま屋上に来たってのは――」
「ごめんね。あれ、嘘なの」
「そんなに見てくれてたなら、どうしてもっと早く声かけてくれなかったの」
「本当は、すぐにでも声かけたかった。でも、駄目だよ」
あーやは、途端に悲しそな顔になった。
「さっちん、誰も近付けようとしないんだもん。私も同じように、拒絶されて嫌われると思ったの。だから朝、たまにちらっと見かけるだけで満足してた」
なるほど。でも、じゃあどうして。
「じゃあどうして屋上で、声かけてきたの?」
「あのとき私が屋上でさっちんを見つけたとき、どうしてかは分からないけど、すっごくドキドキしたの。いつも教室で皆の中にいるから、そんな風にふたりでいられることなんて、なかったからかな。ずっと見てた憧れの人が、すぐそこに、一人でいたのよ。我慢できなくなって、声かけちゃった。ねえ、さっちんは私のこと、嫌い?」
言いながら、あーやは段々と泣きそうな顔になった。私に嫌われるのを恐れているのか、小刻みに震えている。
「嫌いになってもいいから、一つだけ教えて」
あーやは、か細い声で訊いてきた。
「何を」
「どうしてさっちんは、他人を遠ざけるの? どうして授業に出てこないの?」
「……」
私はあーやから眼を逸らした。
「私さ。本当はこんな友情ごっこみたいなこと、大っ嫌いなんだ」
あーやがびくっと震えた。眼に涙が滲んでいた。
「私、中学のとき、仲の良い子が何人もいたの。でも卒業して、みんなばらばらの高校に入ることになった。それで卒業式のとき、みんなで『高校になっても友達。また携帯で連絡し合おうね』って、約束したんだ。アドレスと番号も、ちゃんと交換して」
あーやは、真っ直ぐ私の方を見て聞いていた。言葉を紡ぐたびに怖くなってきて、私はミサンガの巻かれた手首を握り締めた。
怖がりの私に、勇気をください。自分を偽らず、ありのままを話す勇気を。そして、どうか――切れないで。
「でも、誰も、私にメールを送ってこなかった。心細くなってメールしたけど、結局返ってこなかった。もうずっと、その子達とは音信不通なの」
あーやは、眼を見開いた。
「私、こんな見てくれだけど、本当は怖がりの羊さんなの。周りがみんな、嘘つき狼に見える。もう誰かと仲良くなったとしても、本当はすごく薄っぺらで、離れたらプチッて切れちゃいそうなつながりに思えてくる。結婚とかでもすると別かもしれないけど、私達は女同士だもん。ねぇあーや。『本当』の、ずっとつながっていられる友達ってあると思う? あるとしたら、私達は」
「あるよ」
あーやの両手が、私の手を取って、ミサンガを包み込んだ。
「私が、それを証明してみせる。私が、さっちんの『本当』になる。だから、怖がらないで、さっちん」
祈るように、あーやはミサンガに、額を軽く押し当てた。あーやの右手首には、私があげたミサンガが巻かれていた。そうされて私は、遂に、誰にも見せたことがない涙を流した。
あーやは怯える私の手を、ずっと握っていてくれた。私はあーやの温もりを感じながら泣いた。返ってこないメールを待ちながら、誰も来ない屋上でずっとミサンガを編み続けて、本当はすごく、寂しかったんだ。やっと巡り会えた親友は、顔を上げて静かに微笑んだ。