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百合短編  作者: 美幸
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 五、六時間目となるにつれて空は黒ずみ、今にも降ってきそうな雰囲気だった。

 ホームルームがが終わり次第、あたしは春香の席に向かった。

「春香。今日の部活、ちょっと仕切っといてくれない?」

「え、何で?」

 不思議そうな顔を向けてくる春香に、手を合わせて頼んだ。

「ちょっと用事で行くところがあるの。お願い――それが済んだら、すぐに行くから」

「試合の前日ってのもあるけど、キャプテンがチームの志気を乱すような行動はつつしんでもらいたいね」

 不機嫌そうな顔を向けてくる。

「ごめん。でもっ――」

「ま、いいけどさ。保坂が何の理由もなく部活を休むようなヤツじゃないってことは、私もみんなも知ってるから。それに天気も――ひょっとしたら途中で降ってきて、練習できなくなるかもしれないしね」

 窓の外を見やる。一日前だから、少しでも練習したいところだ。

「……」

「まあ、その、なんだ。よくわからないけど、すぐ帰ってきなよ!」

 そう言って笑い、バシンと背中を叩かれた。

「痛っ!」

「……え?」

 予想以上に痛がったあたしを不思議に思ったのか、春香が心配そうな目を向けてきた。しまった、何とかごまかさないと……。

「いや――はは、春香ってば力強すぎ」

「あ……ごめんごめん、強く叩きすぎた?」

「ううん、大丈夫。じゃあ行ってくるから……」

「ああ、気を付けて」

 軽く手を振りながら、春香は言う。

「うん……ありがと」

 そう言ってわざとらしく背中を押さえながら、あたしは春香の教室を後にした。軽快な春香の言葉とは裏腹に、気分は極めて沈鬱(ちんうつ)だった。

 廊下に出て階段を降りる。途中、授業が終わった生徒が横を通り過ぎる。廊下の清掃をしている人の姿も見える。一階にある教室の前を通り過ぎ、下駄箱まで辿り着く。

 きつい。ここまで歩いてくるのに相当苦労した。壁に手を付きながら歩いて、左足を引きずってきた。まるで自分の足じゃないみたい。

「何で……何でさっ!」

 下駄箱に手を付きながら、息を整える。今日の昼に痛み出した左足。

「痛っ……!」

 足元にある下駄箱から靴を取り出そうとしたとき、体重をかけたせいでまた痛んだ。左足は熱を引くどころか、一層の痛みを訴えていた。

汗が(ほお)を伝う。このままザラ板の上に座り込んでしまいたくなったけど、歯を噛み締めてグッと踏ん張った。

 この痛みが何なのかは分からないけど、一つだけ分かることがある。あたしはそれを、なるべく考えないように意識の外へ追いやった。

 まさかとは思うけど、一応診()てもらおう。このままだとピッチングに支障を出しかねない。せめて痛み止めくらいはもらっておくべきだ。

 あたしは駐輪所までふらふら歩き、自転車にまたがって漕ぎ出した。漕ぐのは大分楽だったけど、それでも痛いものは痛い。

 今から行くのは保健室ではなく、最寄りの整形外科だ。あたしの学校から近いこともあり、部活とかで怪我(けが)した生徒がよく訪れる。去年の怪我でお世話になった。それ以来、あたしは常に保険証を持ち歩いてる。

「試合前だってのに――最悪」

 漕ぎながらもずっと心配だった。

クラスの子は、応援にきてくれると言っていた。監督にも部員にも期待されてる。あたしがバッターを打ち取って、優勝することを望んでいるんだ。

 怪我で投げれません。

そんなこと言ったら、みんなはどう思うだろう?

 考えただけでもぞっとする。

「はあっ、はあっ……」

 ぽつり、と。

 あたしの不安を(あお)るように、雨があたり出した。

 ひどく痛い。

 痛い、痛い……痛いよ。

 泣いてしまいたい。

 この痛みが夢だったらいいのに。

 急速に流れてく景色。髪を乱しながら、微弱な雨風を浴びて走る。

「大丈夫……だよね」

左足があたしを嘲笑(あざわら)うかのように、ズキリ、と痛んだ。

 ハァハァ。ハァ……ハァ……。ハァ……。

 のどからもれる呼吸の音が、耳ざわりに鳴る。

 雨の音。風が景色を揺らす音。脈を打つ鼓動の音。

 それらが重なって、不協和音を奏でた。


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