墓参り
こんばんわ、維月です。
『幻夢抄録』これからどんどんと濃くなっていきます。
サスペンスあり、ラブあり、あれ、殺陣もあるかな?
まぁ、楽しんで読んでくださいな♪
朝方、瑪瑙は隣に寝ていたはずの、氷魚がいないのに気づき、ぼんやりと目を覚ました。
「ん〜…氷魚、いねぇのか」
窓から射す陽光に、一瞬目を細め、瑪瑙はベッドから下りた。
彼女は、どうやら外にいるらしい。
井戸から、水をくみ上げるときに軋む、ロープの音と、水音が聞こえる。
洗濯をしているのだ。
着替えを済ませて階下に下りると、テーブルの上に、短い書きおきと朝食が置かれていた。
『おはよう、冷めないうちに食べてね』
氷魚の心遣いに、思わず笑みが浮かぶ。
手紙に微笑んで、瑪瑙は椅子に座った。
用意された朝食を食べていた瑪瑙は、ふと、聞こえてくる歌声に耳を澄ました。
「歌、あいつの?」
「故郷を棄て、大地を行く…旅は続いてる―――‐‐‐」
それにしても、なんて歌だろう。
痛い。
ひしひしと、痛みが伝わってくる歌声だ。
もしかしたら、氷魚は、まだ後悔をしているのかも知れない。
そんな不安が、少し頭をもたげたが、瑪瑙は気にしないことにした。
「ひーお、おはよう」
庭に面した窓から、瑪瑙は顔を出した。
「わ!びっくりしたぁ…おはよう。やだ、もしかして、聞こえてた?」
「まぁな、どうしたんだ?その歌」
「ううん、なんでもないの。ちょっと歌っただけ、もう歌わないわ、ヘタだし」
氷魚は、ぺろっと、舌を出しておどけてみせる。
「ヘタじゃねぇけどよ、悲しい顔は似合わねぇよな、お前は」
「それは分かるかも…もう、食べ終わったの?」
「ああ、大方な。どっか行くのか?」
「うん、お墓参りかな?お花、持ってくんだぁ」
「俺も行く、なにかあってからじゃ、遅いからな」
「大丈夫よぉ、すぐ戻ってくるんだから」
「大丈夫じゃねぇっ、俺ぁ、絶っ対ついてくぞ」
「心配性なんだから、もう…じゃぁ花摘むから、手伝って?」
「分かった、ちと待ってろ」
そう言って、瑪瑙は窓から出した頭を、一度引っこめた。
花を摘みながら、氷魚は鼻歌を歌う。
「コラ、遊んでないで行くぞ?」
頭に乗せられた手に、氷魚の手が止まった。
呼ばれて振りむくと、瑪瑙が、いつの間に摘んだのか、花を片手に立っていた。
「こんなにたくさん…遅いと思ったら、摘んでくれたのね、ありがとっ」
大きな花束を抱えて、よろめいた氷魚の腕が、急に軽くなった。
瑪瑙が、半分から分けて、持ったからだ。
それから時は遡り、一昨日。
胡国宮殿内では、異変が生じていた。
それは、房室にいる息子を訪った、母親の悲鳴で始まった。
「天河、入りますよ、お腹が空いたでしょう?そろそろ食事を、天河?」
部屋の中を見まわすが、息子の姿は、どこにも見当たらない。
「誰かっ!誰か来て―――!?」
白磁の碗が砕け、慌てて、臣下が倒れた主を抱え起こす。
「奥方様!?お気を確かにっ」
「あぁ…何者かが、天河を狙ったのだわ、早く天河を捜して…」
息子、天河の姿は房室にはなく、窓が大きく開け放たれている。
薄い、絹のカーテンが、空しく揺れていた。
「きゃぁぁ、奥方様!お気を確かにっ、誰か医師を!誰かァっ」
「皇太子!まったく、どこへ行かれた…皇太子――――!?」
女官や衛士が、駆けまわる騒ぎの中、当の騒ぎの主は、ひっそりと物陰で、ため息をついていた。
「ふ―――‐‐まったく母上も大げさな、少し外に出るくらい、よいではないか」
しっかりと、水で気配を消して、天河は早々に宮殿を離れた。
再び時は、今に戻り…
母と兄の墓前で、合掌する氷魚と瑪瑙。
朝の墓地に、風が渡り、青草の穂先をなびかせていく。
「見ててね、二人とも…あたし、頑張るから」
「少し、散歩しながら帰るか?」
「うん、じゃあ、沢に寄ってもいい?手ぇ洗ってこうかな」