06 ~G ②~
「レイと……ディレイン殿下と結婚するのが一番有力で、一番ラクなのだと思います」
ディレインのところへ会いに来た際、父親の宰相に届け物をした際と、あれから何度かリーリエールと顔を合わせたグラウディオは、結婚について話が至った時にこんな言葉を聞かされた。
これはリーリエールの本音なのだと言う事をグラウディオはよく知っている。
言葉を交わすようになってすぐ、二人は施された教育のせいだろう、考え方が似ている事に気が付いた。結婚は政略結婚が大前提だと言う事も。
――だから、恋愛面における情緒が酷く欠落している事も。
「ああ。リリのお父上も昔そんな事を言っていたね。でもそれってリリとディレインの歳が近いから最有力になった程度だろう?」
「そうですね。グラウ兄様のほうが近ければ、きっとグラウ兄様だったんじゃありません?」
こんなに明け透けな物言いが出来るのは、今が執務室に二人きりだからだ。父親を迎えに来たリーリエールだったが、当の父親は急ぎの書類に不備があったとかで責任者のところへ確認に行っているところだった。
「そうだろうね」
頷いたグラウディオとリーリエールの言動は、人前では信じられない程に、気安い。ここにリーリエールの父親やディレインなどの身内の人間だとしても、二人以外の他人が一人入っただけで互いの口調は外向きのものとなる。
国のために育てられたのはグラウディオに万が一の事があった時にその立場を受け継ぐディレインも同じはずなのだが、やはり第二位の立場の彼は、始めから色々なものを背負わされた二人よりも熱心にはなれなかった。そのせいだろう、リーリエールもグラウディオほどにはディレインに『本当の』話を出来なかった。
「僕としてはリリが相手なら気楽で良いんだけど」
グラウディオは何気なくそんな事を口にしただけだったが、ふとそれはとても良い事に思う。
立場は違うけれども、二人は国のために存在しているのだ。受けた教育や考え方も同じ方向を向いている。少なくともグラウディオにとってリーリエールは自分を取り繕う事も『王子』や『王』でいる必要のない数少ないかけがえのない相手である事は間違いない。
それに思い至って、リーリエールの最有力候補の結婚相手であるディレインを羨んだ。ある種の嫉妬だった。
自分の結婚相手として候補に上がっている貴族の令嬢の殆どは、権力に執着する両親や彼女たち自身の野心のせいで、グラウディオにとっての心地好い相手ではない事だけは確かだ。
子を生すことだけを目的とした縁組だと思っていたからどうでも良いと思っていたけれど、ディレインはよく知った相手で、彼自身も安らげるだろう相手を何の苦もなく手に出来るかもしれないと言うのは、やはり悔しい。
「ふふふ……。よろしくお願いしますわね、グラウ義兄さま」
「……今の兄様には何だか含みを感じるなぁ」
先ごろ本格的に開戦となった隣国との諍いがどう転ぶか分からないけれど、グラウディオにとって同じ目線で未来を見ることの出来るリーリエールと言う貴重な存在を、気付いてしまったのならば誰かの手に渡したくはないと思う。
――これが、彼にとっての始まりの日。
それが恋になるまで時間はいらなかったし、リーリエールを手にするために画策するようになるのも、この後すぐ。
「どうせ結婚するなら、愛されて結婚した方が幸せになれると思いますよ。父親としては、やはり娘が幸せになる道を優先したいですよね?」
最終的にその一言でリーリエールの父親が折れてグラウディオの味方になった事は、言った本人と言われた当人しか知らない。
* * * *
今日の公務から帰って来たリーリエールが、寝室に二人きりになるや否や唐突に「好きです」と言い出した。
何があってそうなったのか分からなくて根気よく話を聞けば、苦笑しつつもやはり嬉しいと思う。
「ありがとう、リリ」
王妃は大変な仕事だ。それでも気持ちを返してくれたリーリエールが、自分と結婚して幸せだったと思って貰えるように、グラウディオは眠る彼女の髪をすくって誓うように口付けた。