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05  ~G ①~

 グラウディオは自分の腕の中ですやすやと眠る、リーリエールのまだあどけない顔を見て口元を緩ませた。

 消せない情交の名残を夜着に隠した、暖かい身体を抱き締めた力をほんの少しだけ強める。


「……ありがとう」


 吐息と共に吐き出された言葉は、誰の耳にも入らないほどに小さい。

 けれども、その響きには確かに安堵が滲んでいた。



 * * * * 



 ――初めてリーリエールに出逢った時、既にグラウディオは十七歳になっていた。


 当時の国王であった父と母の間に、側室を入れる期限だった三年目で生まれたグラウディオと、その五年後に生まれた弟のディレインは、置かれた互いの立場や微妙な年齢差で、幼い頃は一緒に何かをする事はおろか、そもそも顔を合わせる事も少なかった。

 だから知らなかったのだ。自分の教育係を兼ねていた宰相のファソン侯爵が、時々娘を連れて登城していた事を。そして、グラウディオの勉強の時間の間、都合がつけばその娘のリーリエールをディレインが見ていた事なんて。

 だからこそ、リーリエールはディレインを兄としてしか見ていなかったのだから、後から思えば良かったのだろうけれど。


 宰相として、王の片腕として政務を取り仕切っていたファソン侯爵に、毎日僅かの時間を割いてもらう形で政治を学んでいた。

 王家と同じく歴史の古い侯爵家。その頭首で宰相の名前は伊達ではなく、授業内容は政治に限らない。海千山千の狸よろしく、貴族同士や政治の派閥を上手く収め探る方法をよく教えてくれた。

 その時に良く話に出てきていたのがリーリエールだ。

 侯爵は自分の家の格、地位、それに伴う様々な面倒を分かっていたからこそ、娘へは早い内から教育をしていたそうだ。ただでさえ貴族の女は駒として扱われやすいのに、リーリエールが生まれたのは父親が宰相で、王家と同じだけの歴史があって、王女が降嫁して来た事が何度ももある大貴族。国内だけではなく彼女を欲しいと思う人間は多いだろう事は、歳若いグラウディオにすら分かる事だった。


「ウチの子はね、よっぽど惚れた男が現れない限り、どうせ王族に嫁ぐんだ。だから、必要な教育はさっさとやっておかなくちゃ」


 侯爵はよくそう言っていたし、グラウディオでも侯爵の立場ならばそうするだろうと思う。

 けれども王子や王本人よりもいざと言うときはその妻の方が狙われやすいと言う事が分かっているから、毒への耐性を付けるための食事を既に取っているらしい上に、大きな後宮があることでも有名な北方の国で、その女の巣窟を取り仕切っていた女官長を教育係につけているとまで聞いて、流石に驚かされた。それを弟よりもさらに二つも年下、グラウディオよりも七つも下の女の子がやっているのだ。

 娘を思う父親の愛情だと言うのは分かるのだが、その愛情を別の角度からも与えてやれと思うのは、グラウディオと同じくらいに窮屈な生活と未来がその子にも待っているのだと思うからだろう。


 少しの同情と興味を引かれた少女にそれ以外の気持ちが持てなかったのは、顔を合わせた事がなかったせいと、ディレインの年が近いし、彼に嫁げたら一番ラクなんだけどねぇ。と珍しく本音交じりに侯爵が零したからだ。 


 そんな話の中だけの存在だったリーリエールに会った時、侯爵に初めて話を聞いてから実に四年もの月日が経っていた。


 偶然に通りがかった中庭で、風に遊ばれたらしい髪を結んだリボンを、木の枝に引っ掛けている少女を見かけた。

 この頃には既に体調を崩しがちな王の補佐に就いていたために宰相に教えを請う事はもうなく、その日リーリエールが王城にやって来たのは、街に出たついでに父親の侯爵と一緒に帰宅するために寄っただけだったらしい。


「取ってあげるからじっとして。動くとリボンが破れてしまう」


 そう言って思わず助けたのは、中庭に通る回廊にあまり評判の良くない官吏がいたからだ。父親の身分が高い事を笠に着ていることで有名なボンクラな男。少女もそれを目の端に捕らえていたのだろう。焦った顔を見せる事はなかったが、その手付きが早くここから消えたいのだと言っていた。

 人気のない状態の今のこの場所では力ずくで来られたらどうにもならないし、つまりそれをしかねない相手だと少女も知っているのだ。

 そして、焦ってリボンを置いて逃げれば、それを口実に会う事を強要されかねない事を。


 ――グラウディオが現れた事で逃げるように消えてしまったけれど。


「大丈夫かい?」


「……ありがとうございます。グラウディオ殿下」


 自分を見てすぐにそう言った少女に、グラウディオは片眉を上げる。


「どうしてそう思う?」


「レ……ディレイン殿下とよく似ていらっしゃいます」


 その言葉と先ほどのような官吏の動向に明るい点、それでグラウディオは少女が誰だか思い至った。


「もしかして君はファソン侯爵の娘さんかな?」


「はい。リーリエールと申します」


 見事な淑女の礼に、グラウディオは昔聞いた話を思い出して納得する。

 何を考えているのか悟らせる事のないリーリエールの微笑みは、自身もその対象が違うだけで同じような教育を受けてきた者としてよく分かった。グラウディオの場合は微笑む事と徹底した無表情の使い分けだけれども。


「あっはははは!」


「っ?!」


 だから思わず笑ってしまったのは、そうしている間に相手を観察してどうするべきかを考えているのだと知っているためだ。


「いや、ごめん。侯爵から君の事はよく聞いていたんだ。あんまり話の通りだったから、思わず笑ってしまったよ」


 完全には笑いを収められずにそう言ったグラウディオに、リーリエールは思わず表情を取り繕う事なく首を傾げた。


「お父様にですか?」


「ああ。だからかな、何だか初めて会った気がしないよ」


「……」


 自分の知らないところで色々な事を話されていたのだと言われて、いい気のしないリーリエールは流石に眉を顰める。

 けれども兄として慕うディレイン以外の他人、しかも初めて会うグラウディオに対して素の顔を見せている事にリーリエールは気付く事はなかった。


 そしてグラウディオもそれは同様なのだと、この時はまだ気付いていなかった。


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