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04

「今日は一緒に行けなくて残念だけど、頑張って来て」


「ええ、グラウ様。行って参りますわね」


「ああ。行ってらっしゃい、気を付けてね。奥さん」


 今朝、そんな会話をして王城を出たはずなのに、もう随分と前に感じるのはきっと疲れのせいだとリーリエールは思う。

 婚姻の儀から早一ヶ月。少しずつ王妃として一人で公務に出る事が増えて来た。通常ならば早過ぎるだろう一人での公務の内容が、戦争の後に現れた、少なくはない帰るところを失くした戦孤児を受け入れる孤児院などならば、結婚前にリーリエールが教育されていた内容に合致する。子供たちが行き場をなくせば、その行く末は女ならば娼婦、男ならば盗賊や暴徒だ。早い内に対策を立てたい中央政府の思惑にとって、一からの教育を必要としないリーリエールの存在は有り難かった。

 けれども、今日は内心で押し殺した溜め息の数が数え切れないほどになっていた。


 ――早く帰りたい。帰ってグラウ様に逢いたい。


 崩す事ない笑顔の後ろでそんな事を考える。

 そしてグラウディオ相手にそんな事を考える自分に驚くと共に分かった事があって、やはり胸のうちでもう一度溜め息を吐き出した。


 ――温もりを知って分かる事もあるんだわ。


 それが分かったきっかけを思えばまた溜め息を付きたくなるのだけれど、リーリエールはもうすぐ帰れる暖かな場所を思い出すと、丁度馬車が停車する。外の準備が整うのを待って、あと少しだけとなった査察を終えるために立ち上がった。


「王后陛下、こちらが今日最後の院になります。首都州ラシッドにある孤児院ではこちらが一番大きなモノになります」


 馬車の扉が開けられ、リーリエールが降りるために手を貸した男はそう言う。王城のある首都州、ラシッドには全部で四つの孤児院があり、今日リーリエールが査察に行ったのはここを含め二つだ。

 子供たちと話す時間が欲しかったから、一日ではたった二つしか回れない。院内の衛生状態や現在の正確な子供の収容人数や最大収容可能人数、経済状況に建物の老朽具合なども併せて見なくてはならないから、とても忙しい。

 王族自ら動く事で、末端の国民まで『ちゃんと見ている』のだとアピールも出来るから疎かには出来ないし、リーリエールもたくさんの子供に会えるこの仕事は好きだった。

 それでも押し殺す溜め息の理由は、一緒に回る大臣のせいだ。

 馬車を降りるリーリエールに手を貸した男こそ、その大臣で溜め息の原因。子供たちと触れ合うからと、今日は手袋をしてこなかったのは失敗だったと思う。直接触れる掌すら不快な気分にさせるから。


「お足元にお気を付け下さい。王后陛下」


 陛下、にアクセントを付けてわざわざエスコートするこの男は、権力が欲しくて仕方がないらしい。

 リーリエールに気に入られたいと顔に大きく書いてある。ギラついた目を隠そうともしないのは、内心の嫌悪を面に出さない訓練をしたリーリエールの微笑みに騙されているのだ。――こんな少女に分かる訳がないと。

 ここで、何もかも分かっていますよ、不快です。なんて顔に出していたら、結婚前にファソン家が雇っていた某国の後宮女官長までやっていたと言う家庭教師にこってりとお仕置きをされてしまう。

 厳しかった家庭教師の顔を思い出して、思わず遠い目になってしまいそうだ。

 隣で一生懸命リーリエールに媚び諂う男は、天然のふりをして放って置くのが一番と教わった通りに微笑でやり過ごす。早く仕事を終えて帰りたかった。


 心がそこにないのならば、誰に嫁いでも同じなのだと思っていた。けれども今日、この下心丸見えの男に手を取られる度に、舐め回す視線を向けられる度に湧き上がる、言いようのない不快感を覚えて知った。

 

 ――誰でも良い訳ではなかったんだと。きっとグラウディオだからこそ共に夜を過ごす事に抵抗がなかったんだと。


 それはそうだろう。破瓜の痛みはどうでも良い相手に捧げられるものではない。

 リーリエールは漸くその事に思い至った。


 ――早く帰ってグラウ様に伝えたい。


 騙し討ちのような結婚に、実は心を砕いて貰っていたのだと聞かされて嬉しかった。

 そこに確かに想いがあるのだと教えられて、胸が熱くなった。

 毎日優しい時間を過ごして、後悔どころか幸せだと思っている。


 ――きっと、この気持ちを伝えたらグラウ様は喜んで下さる。


 リーリエールがそうされて嬉しかったように、きっと、と確信があるから、上手く言えないかもしれないけれど、伝えてみようと思う。


『あなたを想っています』と。



 ――それは初めて恋に気が付いた、日。


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