魔女様降臨……!! 1
先輩が戻って来て、僕たちはリルムの町の旅館の男が泊まっている部屋に行った。そこは回復系の木の実やら、石化防止のペンダントやらがいっぱい。僕が興奮しっぱなしで、一つ一つ眺めているのを先輩は些か冷めた眼で、マシューは幾分呆れた顔で見ていた。だって、これってリアルRPGのオンパレードじゃない! これが興奮せずにいられますかって!!
僕はその中に古ぼけた本が一冊あるのを見つけた。何が書いてあるのか見ようと開いた僕に男は言った。
【止めときな、そいつは持ち主を選ぶんだ。大抵の奴は読めもしねぇよ】
先輩にはへつらっているクセに、随分と僕にはタメ口なんじゃない? なんて思いつつ、
【へぇ、そうなの】
と返しながら、僕はパラパラとページをめくって、
「火に関する呪文かぁ……fire ball<火の玉>って、笑えるぅ」
と声を出しながらその本を読む。それを聞いて男はおろか先輩やマシューまでもがギョッとして僕を見た。そして僕はその本の冒頭部分にあった『注意書き』を参考に『こめかみに意識を集中』して、もう一度、
<火の玉>「fire ball!」
と詠唱した。胸の前に広げた手にぽあっと赤い玉が生まれる。だけど、起こったことにビックリして気がそげちゃったのか、それはすぐに消えちゃったけど。
「うわっ、これってますますリアルRPG!」
と一人はしゃぐ僕に、後の3人の大の男は完全にフリーズしてしまっていた。
【お前、魔女なのか……】
しばらくしてから、やっと気を取り直して男がそう言った。僕は『魔女』というワードにちょっと『またか』と思いつつも、
【そうみたいですねぇ、僕、超ド級の初心者ですけど】
と男に返した。
で、目立たないようにこっち仕様の服とか、ちょっとした武器などをチ○ッカマン計10本で購入。その中にはちゃんとさっきの『魔道書』(チ○ッカマン3本相当)も含まれている。
僕はホクホクでその本を読みながら宿屋を出た。先輩はマシューに先に小声で耳打ちしてから僕に、
「こら、読みながら歩くな。転ぶぞ。それにな……」
とそこからぐっと声のトーンを落として、
「町のはずれまで来たら、一気に車まで走るぞ。その本を俺に渡すか、小脇に抱えてろ」
と言った。別に声のボリュームを下げなくたって日本語なんだから、ここの人は誰も解りゃしません、とか思いながら僕は小脇に本を抱えた。
そして、町外れに来た僕たちは、一瞬3人で顔を見合わせると、車に向かって一気に駆けだした。
―*-*--*-
僕たちが走り出した途端、慌てて追いかけてきた一団があった。総勢10名ほどか、さっきの商人が差し向けた者だろう。目的はたぶんあのチ○ッカマンだ。先輩が一人で取りに行ったのを見て、まだ隠し持っていると思ったに違いない。確かに希少価値と言えばそうかもしれないけど、なんだかなぁ。
そんなに足は遅い方じゃないはずだけど、彼らは普段車なんか乗らずに生活してるんだろうから、かなり早くて少しずつ間合いを詰められている気がする。このままじゃ、車に乗って発進するためのタイムロスで追いつかれてしまう。何か彼らの足を止める方法は?
その時僕が小脇に抱えている本がきらりと光った気がした。『君、持ち主を選ぶんだよね。僕を持ち主だと思ってくれているなら、助けてくれない?』と僕は本に囁きかけると、走るのを止め、追っ手の方に向き直ると『魔道書』をばっと開いて、そのページを見る。やった! 停止魔法だ!! 僕は、
<汝の影よ、その大地に貼り付け! STOP!!>と唱えて、彼らをじっと見据えた。追っ手はまるで『だるまさんがころんだ』で鬼に見られた時のようにぴたりとその場で動きを止めた。
「宮本何をしている。早くこっちに来い!」
その様子に、先輩が慌ててそう叫ぶ。
「だ、ダメです。僕の今の集中力では、一瞬でも眼を離したらそこで術は切れます。だから、先輩が車を取ってきてここまで回してください」
「お、おう分かった。待ってろ」
先輩は僕のその言葉にそう言って、マシューに車に向かうように促した。そして車に乗り込むと、先輩は旋回しながら僕の前にピタリと車をつけた。その間約20秒。僕が眼を離すとすぐ、金縛りが解けた追っ手が慌ててまた走ってきたけど、僕が乗り込むのがわずかに早かった。先輩は僕が乗ったのを確認するとドアを閉める前にアクセルを全開で踏み込んで……一気にリルムの町を後にした。