やっぱり黒幕は……この男
家を出て私たちは美久さんが待機してるという近くのファミレスに向かった。
大きなボストンバッグを抱えている(とはいえ、私の当座の荷物と言ってもその程度なのだけれど)マイケルさんを見て美久さんは、
「よかった。首尾は上々だったようですね」
と言った。
「うん、あんまりにも上手くいきすぎて怖いくらいだよ。更紗ちゃんをそのまま連れて帰って良いっていうんだもの」
その言葉にマイケルさんは、手に提げているボストンバッグを示しながらため息をつく。だけど美久さんはそれを聞いてもちっとも驚かなかった。
「荷物があるんでしたら、電話で呼んでくれれば、行きましたよ」
と言っただけ。
「良いよ、重くないから。それに、マンションに帰っても何にも食べるものないし、ここでお昼食べてとりあえず買い物に行かなきゃ。更紗ちゃんのもの、何もないもの」
でも、ベッドなんてその日に運んでなんてくれないよねとぶつぶつ言うマイケルさん。確かに一緒に住むっていうのはそういうことだと思うけど、何気にリアルすぎて辛い。
「ああ、それなら心配ないですよ」
だけど、美久さんはこともなげにそう言った。
「ま、そのかわりと言っては何ですけど、ほかにやってもらうことがありますので、ここでお昼は無難な選択かもしれませんね。じゃぁ、まずははいコレね」
と、私たちに一枚の用紙を手渡した。私たちはその特殊な紙質に同時に驚く。
それは婚姻届けだった。それも白紙ではなく、保証人の欄にはもうママと幸太郎さんの名前がしっかりと書かれてあり、あとは私たちが署名押印すれば良いだけになっているし、更にその横にはご丁寧に二人の戸籍抄本を入れた封筒まであったりして……
「ねぇこれって……」
私がおそるおそるそう尋ねると、
「月島さんのお母様がいきなり初対面の男性に大事なお嬢さんを渡す訳ないじゃないですか。ちゃんと社長が根回ししてあったんですよ」
と、美久さんはウインクしながらそう答えた。うわっ、じゃぁママもグルだったってこと?
「できるだけ長く一緒にいてもらうには、ちょっとでもスタートを早くしてもらった方がってね。タケちゃんが入院している間に、社長がお母様にお話を持って行きました。
僕なんかは突拍子もないと言って叱られるんじゃないですかって言ってたんですけど、予想に反してお母様が大乗り気で。『パパの説得の方は任せておいて』とおっしゃってくださって」
そうかもしれない。娘に内緒で見合い話を進めるような人だもの。もらいにくる……しかも交渉に行ったのが、息子の幸太郎さんなら、ママ二つ返事で受けるだろう。ママ、イケメンに弱いもんね。
「それを区役所に出したら、一旦お宅に戻りましょう。月島さんが気に入るかどうかは分からないですけど、一応調度も絵梨紗ちゃんとで揃えてありますから。
食材も薫さんが入れてくれてます」
至れり尽くせりというのはこのことを言うのだろうか。あまりにも用意周到な作戦に、私は若干目眩を覚えてしまったほど。幸太郎さんってば、本当に過保護過ぎだ。
お昼ご飯がくるまでに婚姻届けに署名押印し終わった私たちは、もはや味なんて分からなくなってしまったそれを食べ、美久さんの運転で区役所に行き、そのまま櫟原更紗になった。
「さ、行きましょうか。お義兄さん、お義姉さん」
区役所の駐車場で美久さんに早速そう言われた。
「うれしいな。僕ね、男ばっか3人の兄弟なんです。お姉さん欲しかったんですよね。タケちゃん、僕もそう呼んで良いですよね」
と本当に嬉しそうにいう美久さん。
「う、うん」
マイケルさんも一旦は肯いたんだけど、
「お義姉さん、お義姉さん。お義姉さん。言い響きだなぁ」
と、やたら連発している内にみるみる機嫌が悪くなる。
「やっぱダメ! お義姉さんって言ってる美久くんの顔がエロい」
「ひどいな、そんな気なんてないですよ。僕は純粋にお姉さんが欲しかっただけなのに」
「それでもダメ」
「じゃぁ、なんて呼べば良いんですか」
そんなマイケルさんと美久さんの会話をききながら、ああ私は櫟原の一員になったのだなと思った。
はい、影のドン? 幸太郎裏で糸引きまくりの巻でした。
年が明けてもどんどんと話を膨らます「道先」メンバー。ゴールはすぐそこのはずなのに、落とし穴がいくつもいくつも開いてます。




