パパとマイケルさんの攻防戦(後編)
「だから」
「ダメだったら、ダメだ」
パパは話も聞かずにダメダメの連発で、しまいにはそっぽを向いてしまってマイケルさんと目も合わせない。まったく、とりつく島もないっていうのは、こういうのを言うのだろうか。確かに反対はされるとは思ってたけど、このリアクションは予想外だ。仕方がないなと私たちは顔を見合わせてため息をついた後、マイケルさんが
「じゃぁ、日を改めてお伺い……」
言いかけた時だった、
「パパ、いい加減にしなさい!」
とママの怒号が響いた。
「何がダメなのか、言わないのは反則技でしょ」
そんなママの剣幕に、パパはごにょごにょと小さな声で、
「51なら更紗より俺の方が歳が近いじゃないか。あっと言う間に一人になったらどうすんだ」
とつぶやく。ママはそれに対して、
「今からなら、平均寿命まで25年以上あります。それに、そんなのどっちが早いかなんて誰にもわかんないでしょ」
と、返す。パパは
「そりゃそうだが」
と、一旦は頷いたけど、
「一時の感情で盛り上がってもすぐに話が合わなくなるぞ。それにだな、その容姿だ、今まで一度も結婚してないらしいが、それは遊んでたからじゃないのか。更紗、元社長だとか、人気作家だとかそんな上っ面ばかりみてると泣きを見るぞ」
なんて、マイケルさんの前なのにさんざんなことを言う。
「パパ! ひどいよ。歳なんて逆立ちしたってどうにもならないし、顔もそうよ。整形しろって言うの!」
と、私は怒った。話が合わないなんてとんでもない、下手すれば高校の同級生(機械科には女の子なんていなかったから、主にデザイン科の子たちだからだけど)よりもロボット談義には花が咲くくらいよ。すると、マイケルさんは私の手を握って言った。
「更紗ちゃん、待って。大事なお嬢さんの結婚相手がこんなチャラチャラした男なんてね、お義父さんの心配は解るよ」
「マイケルさんはチャラチャラしてません! 見た目で判断してるのはパパの方じゃない」
そして口をとがらせてパパを睨みながらそう言う私に、
「解ってもらうまで、何度もお伺いするから」
マイケルさんは、そう言ってポンポンと優しく頭を叩いた。
「いいえ、市原さん、何度も来てもらう必要はないですよ」
すると、ママは急にそう言った。いきなり何? 賛成してくれてたんじゃないの?? 驚く私に更にママはまくし立てる。
「パパ、更紗ちゃんは今いくつ? 36歳にもなるのよ。それまでこの子が彼氏一人連れてきたことがあった? なかったでしょ。まぁ、だいたいは正巳ちゃんが握りつぶしてたってこともあるけど、そんな更紗ちゃんがやっと連れてきた人を無碍に追い返して、この先誰かいい人が現れる保証でもあるって言うのかしら。
それに、パパのお眼鏡に叶う男なんて世界中探したって一人もいないし、内心、悪くないって思ってるんでしょ。でなきゃ、こんなだだっ子みたいな反対の仕方なんてしないわよね。反対する理由が見つからないなから、だだこねてるんでしょ」
へっ? 今までも正巳が握りつぶしていたとか、何か捨てならないことを聞いた気がするけど、ま、いっか。
その言葉はパパには図星だったらしく、首をすくめながら小さな声で、
「ああ、思った以上にいい奴そうだな」
と言った。ああ、許してもらえるんだとほっとしたのもつかの間、ママは私たちに目を移すと、
「じゃぁ、問題ないわね。という訳で、更紗ちゃん、今すぐお嫁に行きなさい」
と言ったのだ。
「「い、今すぐ!!」」
ママの爆弾発言にママ以外の3人がカミ方も一緒にハモってしまった。
「そう、今すぐ。市原さん一人暮らしなんでしょ」
「はぁ、それはそうですけど……」
「じゃぁ、問題ないでしょ」
「いいの?」
目を丸くして見つめあうマイケルさんと私に、ママは力強く頷く。
「い、今すぐなんて俺は許さんぞ。やっぱりこの結婚反対だ」
このぶっ飛び発言に呆気にとられていたパパだけど、ママに見事に押し切られていることに気づいてあわてて踵を返す。
「どうせ結婚するんですよ、今でも一月先でもそう変わりはないでしょ」
それに対してママは一歩も退かない。
「それはそうだが、心の準備というものがだな」
そして最後の抵抗を続けるパパだったが、
「36年もあって何が心の準備なの?
それにね、更紗ちゃんの歳を考えると、できるだけ早くしないとどんどん大変になるのよ。妻の定年はまだまだだけど、女の定年は意外と早いのよ。パパは孫の顔見たくないの?」
『孫』という伝家の宝刀を抜かれてグッとうなったまま押し黙ってしまった。
私は完全に置物みたくなってしまったパパの隣で超上機嫌なママに、
「さぁさぁ、パパも大人しくなったことだし、更紗ちゃん当座の服だけ鞄に詰めてらっしゃい。後は宅配でってあげるから」
と自室に追いやられ、慌ただしく荷物を詰めると、マイケルさんが部屋に来てそれを玄関に運んでくれる。でも……本当にコレでいいのだろうか。
「行ってきます」
私は、いつも会社に行くときみたいにそう言って奥に声をかける。すると、パパが玄関先に出てきた。見送ってくれるのかと思ったら、パパは一直線に横にあるトイレに入って行く。なんだトイレなの? だけど、
「おう、二度と帰って来んな。意地でも幸せにしてもらえ。俺はもう知らん」
トイレの中からくぐもった音でそんな声が聞こえた。
パパ、許してくれてありがとう。うん、意地でも幸せになるね。
最後の決まり手は寄り切って更紗ママの勝ち……でした。
櫟原家もぶっとびですけど、月島家もなかなかどうして負けてはいません。
ま、母としてはアラフォーにもなる娘の将来を案じてと言うことでご理解ください。