熱愛報道
ああ、進まないっ
私は目の前のテレビで自分が取り上げられていることが信じられなかった。確かにマイケルさんも幸太郎さんも原稿がどうとか言っていたから、マイケルさんは作家なのだろうと思ってはいたけど、青木賞を受賞しているような有名な作家さんだとは思っていなかったから。
私のことももう調べられているらしく、『お相手は36歳。着物の似合う一般女性』というテロップが差し込まれている。ま、ウチの前で撮られているんだから、近所に聞き込みすれば、生まれたときから住んでいる私の情報なんて簡単に手に入るだろうけれど。
「ったく、芸能人なんだったらあんな派手なことすんじゃねぇってんだ」
と、まだ切ってなかった電話の向こう側で正巳が舌打ちする。私はそれに、
「正巳、それを言うなら文化人だよ。それに、普段テレビになんか出てないから、自分がそんな風に取り上げられると思ってなかったのよ」
と一応フォローを入れる。マイケルさんもたぶん、自分がこんな風にワイドショーを賑わせるとは思っていなかったに違いない。
そして、続々入ってくるマイケルさんの情報に、私は驚くばかりだった。
何より一番驚いたのはマイケルさんが独身で、一度も結婚したことがないと報道されていたことだった。じゃぁ、幸太郎さんやアユさんの存在は? 隠し子というには、幸太郎さんは堂々と親父呼ばわりしていた。
程なくして起きてきたパパがいつものように食事を済ませ、仕事にでかける。あ、ママは低血圧で朝起きられない人なので、夜の間に用意してあったものを勝手に食べている。いつもなら私がご飯ぐらいはついであげるのだが、今日はそれができない。
そして、ごくふつうに出ていったパパが、10分ぐらいした頃、ムッとした声で携帯から電話をかけてきた。パパは、出たのが私だと判ると、
「お前、作家の市原健とつきあっているのか」
と言った。でも、パパがワイドショーを見たときにはもうそのコーナーじゃなかったのに、何でそれを知ってるの?
「今、家を出たとたんにリポーターって奴だと思うが、『いつ知り合ったのか』とか『結婚はあるのか』だとか、しつこく聞かれたぞ。それで、今駅について新聞を見た。
昨日はママと出かけたんじゃなかったのか」
げっ、さっきのテロップを見る限り、私の素性もリポーターにはバレているのはわかっていたけど、まさか家まで張ってたのか。
「いえ……あの……その、ママとちゃんと出かけたよ。それでさ、怪我したときにね、動けなくなってる私をマ……その人が親切に病院に運んでくださっただけなんだ。ただ、それだけ。私も今テレビ見てビックリしたとこ」
私はマイケルさんと言いそうになるのをすんでの所で堪えてそう説明する。アブナイアブナイ……今親しげにマイケルさんなんて呼んだら逆効果だ。
「そうか、それならいいが、パパは15も年上の男なんぞ、いくら賞を取った作家でも反対だぞ」
パパは案の定、不機嫌な口調でそう言って電話を切った。
そうなのだ。42~3歳だと思っていたマイケルさんの歳は、実際は51歳だという。
でも考えてみればそうだろう。私が思っていた40代前半だと、幸太郎さんの正確な歳はわかんないけど、とんでもなく若いときの子供になってしまうもの。
それにしても困った。家を張っているとなると迂闊に出られない。たとえタクシーで病院に行くにしても、だからこそ目立ってしまう。顔にぼかしが入ったって、近所の人にはきっとちょんばれだ。
仕方ない、今日は休もう。どうせ動かさない方が足のためにも良いのだから。ただ、何日も休めないだろうしな……
そんなことを考えていると、まだ電話が鳴った。ディスプレーを見ると……良かった、正巳だ。
「もしもし正巳?」
「更紗、家張られてるんだって?」
正巳も出勤途中なのだろう、がやがやと外の音が聞こえる。
「うん、そうみたい。どうして知ってんの?」
「父さんがこっちに電話してきた」
「パパが? なんで」
パパ、私だけじゃなくて、正巳にも電話してたの?
「市原健ってどんな奴かって聞かれただけさ。んなこと聞かれたって俺も知らないって答えるしかないけどさ」
それを言うなら、正巳どころか私だってそうだ。もちろん正巳には内緒だけど。
「けど、このままじゃさ、病院どころか仕事にも行けないだろ。連絡先教えろ、俺がガツンと文句言ってやるから」
続けて正巳はそう言ったが、私は、
「いいよ、別に……」
と答えた。別にマイケルさんが悪い訳じゃないから。そしたら正巳が、
「更紗、着物のことは連絡したか?」
と聞いた。
「ううん……まだ」
「ちょうどいい、怪我が治って更紗が行くとしても、あいつが持ってくるとしても騒ぎになるだろ。だからそれも含めて俺が電話して取りに行ってやるから。ほら」
確かにもう目をつけられているのだから、私たちのうちのどちらかでも動けばまた撮られてしまう確率は高い。度々報道されれば、マイケルさんとアユさんとの中にヒビを入れてしまうかもしれない。私が原因でそんなことになってほしくない。私は、
「解った、えっとね、090の…………」
と、マイケルさんのスマホの番号を正巳に告げた。
あーあ、更紗ちゃん正巳君に連絡投げちゃいました。自分で連絡してれば誤解は解けたかも知れないのにねぇ。
てな訳で、彼らの誤解スパイラルはまだ続くのでした。