夢のあとさき 1
僕は眠らされても、さっきまでの世界に行くことはなかった。どうでも良いような取り留めのない、ホントに夢らしい夢を何個か続けて見てまた目覚めた。その時、
「お兄ちゃん、大丈夫?」
と僕の顔をのぞき込んだのは……なんとエリーサちゃんだった。彼女を見て、あ、僕はまた異世界に戻ってきてしまったんだと思って嬉しくなってしまっていた。現実逃避といわれても仕方ないかな。
「お兄ちゃん、本当にごめんね」
枕元で、エリーサちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「エリーサちゃんがどうして謝らなきゃならないの」
そうだ、エリーサちゃんが謝る必要なんてない。本当は大男に変身できる位の魔女だった訳だから、もしかして魔法を駆使して僕を強引に呼び戻しでもしたとか? でも、彼女から帰ってきた答えは僕の予想とは全く違っていた。
「英梨紗が道路に飛び出したから」
「道路に飛び出した? エリーサちゃんが?」
グランディーナのどこの道路に飛び出したからって、どうして僕に叱られなきゃならないと思うんだろう。あ、隣国まで家出したことで、平手打ちにしちゃったんだっけ、僕。あれが、トラウマにでもなってる?
ううん、なんか違う。さっきから彼女はエリーサじゃなく、エリサって言ってるし、僕をビクじゃなくお兄ちゃんと呼んでいる。それに、よくよく考えれば(よくよく考えてみなくても)彼女がしゃべってるのは紛れもない日本語。僕や先輩や谷山先輩のそっくりさんがいたように、エリーサちゃんのそっくりさんもいたって訳か。もっとも、僕の側から言えばエリサちゃんのそっくりさんがエリーサちゃんというのが、正しいのだろうけれど。
あの日僕たちは、アウトドアでの調理器具を展示するために、幕張に行く予定だった。先輩がセリカちゃんに乗らなかったのは、何のことはない、見知った道だったからで、そもそも迷子にもなってなんかいない。
で、真相は、会社近くの道路に飛び出してしまったエリサちゃんを避けようとして先輩がハンドルを切り損ね、ガードレールに激突した、そういうこと。
しかも間の悪いことに、僕たちはあの時、ロイヤリティーのチ○ッカマンを大量に乗せていた。事故後そのチ○ッカマンに引火し車は大破。僕たちは瀕死の重傷だったという。
「エリサちゃんはどこも怪我してないの?」
「うん」
「なら、良かった。謝ることなんて何もないよ。僕は君が無事でいてくれればそれで充分だよ」
僕はそう言って、エリサちゃんの柔らかくて細い髪を撫でた。エリサちゃんの頬がぽおっと薔薇色に染まる。
「でも、どうして、お兄ちゃんは英梨紗の名前を知ってるの? 最初変なとこ伸びてたけどさ」
そして、不思議そうにエリサちゃんはそう聞いた。
「うん? 何でかな、エリサちゃんの夢を見てた。君が僕をここに連れて帰ってくれたんだよ」
「ひぇ??」
当然だけど、エリサちゃんは意味が全く解らないだろう。でも、僕はこの展開に運命すら感じているんだけどね。夢の中で言えなかった『I love you』をきっと言えると確信したから。
「僕のことは、夢の中みたいにビクって呼んでくれる?」
そう言った僕の言葉に、エリサちゃんは薔薇色を通り越して、茹で蛸になりながら、ブンブンと首を縦に振った。
僕の耳に、相変わらず眠ったままの先輩が夢の中で言った、『お前、しまいに押し倒されっぞ』の言葉が聞こえた気がした。
先輩、僕このままじゃ押し倒される前に、押し倒しそうですけど。それって、犯罪……ですよね。