第2話
聖国家ルミナリス。
かつてウサギ族の王が大量の白磁を用いて建てたこの国は、当時からずっと、ある病の恐怖に脅かされていた。
「黒死病」。
罹患者は指先などの末端から徐々に『黒』に侵食されていき、わずか5日ほどで全身を覆い尽くし、物言わぬ塊になってしまうという恐ろしい病だ。
原因や対処法は確立されておらず、正体不明の病として人々は日々恐れていた。
やがてそれに対抗するように、純粋な白を信奉する「白亜教」が生まれた。
教徒は聖草セージに宿るとされる神「サルヴィア」を崇めている。
セージは薬効成分が非常に高いことが知られており、神と同様に、或いはそれ以上に深く崇められいた。白亜教はセージを独占することでその地位を確固たるものとしていた。
白亜教徒は毎朝、セージを煮出した淡い黄金色の聖水で手を清めるのが習わしだ。
黒死病の流行において予防としての需要は急激に高まり、現在はルミナリス国民のほぼ全てが白亜教徒である。
ルタはその修道女であり、ローリエは見習い、今日が正式な修道女としての初めての儀式である。大人として神に使える資格が生まれるのが18歳だ。
ルタの背中を見て育ってきたローリエだったが、実際に修道女として儀式を行うのは初めてだった。
教会の礼拝堂には様々な種族が集まっていた。
国に点在する教会の中でも最も大きいのが中央教会。
その儀式場は大きく、ある種の広場のようになっていた。
「ローリィ、緊張しないで。普段のお祈りと同じよ。」
ローリエは小さく頷くと、ガラスの器の前に立った。淡く黄金色に輝く聖水が静かに揺らめいている。
民衆は固唾をのみ見守る。
彼女は詩を淀みなく諳んじた。
「…穢れなき白の神よ、今日もこうして皆で集まれたことを感謝いたします。サルヴィア様の名のもとに私達をお清めください…。」
彼女は言葉を結ぶと、真っ白な両手を静かに洗礼盆に浸した。
その瞬間。
「…っ!?」
淡く黄金色に澄んでいた聖水が、彼女の両手に触れた箇所から、破裂したように「黒」に染まっていく。「きゃあっ!」
ローリエは盆からとっさに引き抜き、自分の両手を見つめる。その震える指先は「黒」く染まっていた。
「そんな……!」
ルタは目を見開いている。ざわめく民衆。
「お、お姉様、…なんでわ、わたくしっ…!?」
「…落ち着いて、ローリエ。」
ルタが目配せをすると、どこからともなく白の装束を羽織った人物が数人、現れた。
白い大きなリネンの布を壁のように広げ、視線を遮る。
「…間違いなく黒死病の兆候ね。ローリエ、この薬をすぐに飲みなさい。」
「…お姉様ごめんなさい。わたくし…」
「ローリエ、この薬はね…」
ルタは遮るようにローブの襟元から小瓶を取り出して言った。
「この薬は、白の薬と言って、「黒」の広がりを抑えてくれるものなの。すぐに飲めば、効果が出るわ。さあ飲んで。」
ローリエは震えながら頷き、その真っ白な薬を飲み下した。
絵具のような風味が広がり、嚥下したところから麻痺していくようだった。彼女は眠りにつく直前のように意識が遠ざかっていく。
薄れゆく意識の中見えたのは、姉のいつも通りの微笑みだった。
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ローリエが目を閉じ、スゥスゥと寝息を立て始めたのを確認すると、ルタはスッと笑みを消し、冷たい声色で言い放った。
「…そこの聖水は一緒に「奈落」へ流しなさい。後はいつも通り、分かっているでしょう?…始めて。」
眠っているローリエからくるっと踵を返す。白装束達が一斉に動き出す。彼女は毅然とした足取りで辺りを覆う幕をくぐり、いまだざわめく民衆に呼びかけた。
「先ほどの「黒」は大いなるサルヴィア様によって速やかに取り除かれました。残りの洗礼は午後より、別室で行います。」




