最終話:深層の聖域、爆誕
魔王城が成層圏の彼方へ消え去ってから、数日が経過した。
新宿ダンジョン深層エリアは、かつてない平和な静寂に包まれていた。
「よいしょ、よいしょ」
相馬耕平は、愛用のスコップで畝の手入れをしていた。
その背後では、日本最強のクラン『紅蓮の翼』のメンバーたちが、泥だらけになって雑草を抜いている。
「リーダー! この雑草、引っこ抜こうとすると悲鳴を上げるんですが!」
「怯むな! 農園主の指導を思い出せ! 根元を持って一気に引き抜くんだ!」
「イエッサー!」
かつて剣聖と呼ばれた剣崎レオンは、今や「雑草抜きマイスター」としての地位を確立しつつあった。
彼らにとって、この農園での労働は至上の修行だ。土に含まれる魔素を浴び、耕平から配給される「規格外野菜(B級品)」を食べるだけで、レベルが面白いように上がっていくからだ。
「みんな精が出るなぁ。助かるよ」
「いえ! 我々の方こそ、ここに置いていただけるだけで光栄です!」
耕平は彼らを「遭難した挙句、帰るのが面倒になって居ついたボランティアの人たち」だと思っている。
衣食住付き(ダンジョン飯とテント)の住み込みバイト。ブラック企業時代の自分に比べれば、彼らの労働環境はホワイトそのものだろう。
「コウヘイ様、お茶が入りましたよ」
休憩の声をかけたのは、エレナだ。
彼女は今や、農園の「経理」兼「広報」兼「アイドル」として完全に馴染んでいた。
お盆に乗っているのは、ダンジョンの湧き水で淹れたハーブティーと、自家製トマトのサンドイッチ。
「おっ、サンキュ。……ポチも休憩するか?」
「ワフッ!」
巨大な黒狼が、尻尾をブンブン振って駆け寄ってくる。その口には、どこからか捕まえてきたドラゴン(の骨)が咥えられていた。
ポチにとって、この深層は最高のドッグランである。
平和だ。
あまりにも平和な時間が流れている。
しかし、その平穏を破る「通知音」が、ドローンから響いた。
ピロリン♪
【着信:内閣府・ダンジョン対策課長 神宮寺】
「うっ……」
耕平の体が強張った。
政府からの直接連絡。
数日前の「魔王城ぶっ飛ばし事件」について、ついに怒られる時が来たのだろうか。あれは不法投棄になるのだろうか。それとも航空法違反?
「……はい、もしもし。相馬です」
恐る恐る応答すると、スピーカーから神宮寺の疲労困憊した声が聞こえてきた。
『……あー、相馬さん。聞こえますか。政府です』
「は、はい。あの、先日の件なら弁償しますんで! ちょっと風量が強すぎたというか……」
『いえ、その件は不問にします。というか、誰も文句を言えません』
神宮寺の声には、諦観と畏怖が混じっていた。
魔王を一撃で排除した個人に対し、法を適用できる機関など地球上に存在しない。政府が出した結論は「隔離」と「懐柔」だった。
『単刀直入に言います。政府は、貴方の管理するそのエリアを、日本国の法律が及ばない**「特別農業特区」**として認定することを決定しました』
「……えっ?」
『つまり、そこは貴方の国みたいなものです。固定資産税も免除。面倒な行政手続きも不要。好きに野菜を作ってください』
耕平は目をぱちくりさせた。
怒られるどころか、土地の所有権を公認された?
「ほ、本当ですか!? じゃあ、俺はずっとここで農業をしててもいいんですか?」
『ええ、どうぞ。……ただし、条件が一つだけあります』
神宮寺は、そこで言葉を区切り、懇願するように言った。
『税金の代わりに、その……定期的に野菜を納品してください。特にその、エリクサー効果のある大根とか、不老長寿のトマトとか。医療機関からの要望が殺到しておりまして』
「なんだ、そんなことでいいんですか? 今ちょうど収穫時期で、余ってて困ってたんですよ」
耕平にとっては渡りに船だった。
市場に出せないような規格外品や、採れすぎた野菜を引き取ってくれるなら、廃棄ロスも減る。
「分かりました! じゃあ、毎週トラック一台分……あ、トラックは来れないか。ポチに運ばせますね」
『(ヒェッ……フェンリル便かよ……)あ、ありがとうございます。それで手を打ちましょう』
通話が切れた。
耕平は、ガッツポーズをした。
「やった……! 認められたぞ!」
彼は振り返り、仲間たちに向かって叫んだ。
「みんな聞いてくれ! ここは今日から正式に『俺たちの畑』だ! 誰にも文句は言われない!」
おぉぉぉぉぉ!!
剣崎たちが歓声を上げ、エレナが涙ぐみながら拍手し、ポチが遠吠えを上げる。
その様子は、ドローンを通じて全世界に配信されていた。
【コメント】
:特区認定キターーーー!
:日本政府、全面降伏www
:事実上の独立国家樹立おめでとう
:大根が通貨になる国
:この配信、見てるだけで寿命延びるわ
画面には「同接数:500万人」の数字。
世界中の人々が、この最強で最狂の農家を見守っている。
ある者は癒やしを求め、ある者は攻略のヒントを求め、ある者はただ、耕平の食べるトマトが美味しそうだからという理由で。
耕平は、ふと空を見上げた。
人工太陽の光が、瑞々しい野菜の葉を照らしている。
かつてブラック企業の窓から見上げていた、灰色で狭い空とは違う。
ここは地下深くの閉鎖空間だけど、どこまでも自由で、無限の可能性がある。
「……さて」
耕平はスコップを握り直した。
英雄になるつもりはない。
世界を救うつもりもない。
ただ、今日食べるご飯が美味しくなるように、目の前の土を耕すだけだ。
「午後の作業、始めようか。今日はいいナスが採れそうだ」
元社畜・相馬耕平。
職業、ダンジョン農家。
彼のスローライフは、まだ始まったばかりである。
(8話 完)
本作品は100%Gemini 3 によって執筆されました。




