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第7話:魔王という名の日照権侵害

 その日、世界は終わるはずだった。


 予兆は唐突に訪れた。新宿ダンジョンの入口から、どす黒い漆黒のオーラが噴き出し、東京都心の空を覆い尽くしたのだ。

 気象庁の観測機器が異常値を検知し、緊急地震速報ならぬ「魔素飽和警報」が全エリアに発令される。

 政府のダンジョン対策課、神宮寺課長のデスクにあるホットラインが鳴り止まない。


「報告します! 深層エリア最奥部にて、超高エネルギー反応を確認! 測定不能エラー測定不能エラー!」

「馬鹿な……。フェンリル級が複数体現れたとでもいうのか?」

「いえ、単一反応です! この波長は……古文書にある『終焉のデストロイヤー』と一致します!」


 ――魔王。


 ダンジョンというシステムが生み出した、人類殲滅プログラムの最終形態。

 かつて古代文明を一夜にして滅ぼしたとされる厄災の化身が、千年の眠りから覚めたのだ。

 モニターには、深層の空に浮かび上がる「逆さまの城」と、そこから溢れ出す絶望的な闇が映し出されていた。

 その闇は物理的な質量を持ち、あらゆる光を喰らい、世界を永劫の夜へと閉ざそうとしていた。


「終わりだ……」


 神宮寺は受話器を落とした。

 人類の兵器では届かない。核兵器すら無力化する絶対的な結界。

 もはや、奇跡を祈る以外に道はない。

 だが、人類は忘れていた。

 その絶望の中心地グラウンド・ゼロに、たった一人、空気の読めない男が住んでいることを。



 ダンジョン深層、相馬農園。

 相馬耕平は、腕組みをして空を見上げていた。不機嫌だった。


「……暗い」


 彼が自作した「人工太陽」の光が、遮られていた。

 頭上に現れた巨大な浮遊城と、そこから垂れ流される黒い霧のせいだ。

 せっかくの快晴(自作)が台無しである。


「困るんだよなぁ。今はトマトの色づきが大事な時期なのに」


 耕平は舌打ちした。

 植物にとって、光合成は命だ。特にこの深層特産(?)の「魔力トマト」は、直射日光を浴びることで甘みと栄養価を爆発的に高める性質がある。

 一日でも日照時間が不足すれば、糖度が落ちる。A級品がB級品になってしまう。

 元SEの彼にとって、品質管理クオリティ・コントロールの阻害要因は、バグ以上に許しがたい存在だった。


「コウヘイ様……!」


 エレナが蒼白な顔で駆け寄ってきた。


「あれは……魔王城です! 伝説の『闇の王』が目覚めてしまいました! このままでは世界が……!」

「あー、やっぱり? なんか偉そうな城だと思ったんだよ」


 耕平は冷静だった。

 彼にとって重要なのは「世界がどうなるか」ではなく、「トマトがどうなるか」だ。


「エレナちゃん、あれどかせる?」

「無理です! 魔王の結界は神々の雷すら弾きます! 今すぐシェルターへ避難を……!」

「避難かぁ。でも、トマト置いていけないしな」


 耕平はため息をつき、足元の土を蹴った。


「しょうがない。……掃除するか」


 彼はいつものスコップではなく、倉庫代わりのリュックから「業務用の送風機ブロワー」を取り出した。

 落ち葉やホコリを吹き飛ばすための園芸機械だ。

 もちろん、ホームセンターで買った既製品である。


「ちょっと風、強めにするから気をつけてね」

「は、はい……?」


 耕平はブロワーのスイッチを入れた。

 そして、スキル【領域改変】のサブメニューを開く。

 彼が選択したのは『天候操作』ではない。もっと単純で、物理的なコマンドだ。


 ――【強制排気ベンチレーション】。


 本来はハウス栽培の換気を行うための機能を、ダンジョン全域レベルまで拡大解釈し、出力係数を「最大」に設定する。


「そこ、どいてくれる? 日当たり悪いから!!」


 ブォォォォォォン……ッ!!


 耕平がブロワーのノズルを空に向けた、その瞬間。

 物理法則が仕事放棄した。

 轟音などという生易しいものではなかった。

 大気の壁が殴りつけられたような衝撃波が、地上から天空へと逆巻いた。

 耕平の魔力によって増幅された風速は、マッハを超え、空間そのものを削り取る「真空の刃」となって魔王城を直撃した。



『我は魔王……全てを無に帰す、絶望の……』


 魔王城の玉座で、目覚めたばかりの王は口上を述べようとしていた。

 久々の現世だ。まずは人類に恐怖を刻み込んでやろう。

 そう思った矢先。

 下から「風」が吹いた。

 いや、それは風ではない。惑星がくしゃみをしたような、理不尽なエネルギーの塊だった。


『は……?』


 魔王の思考が追いつく前に、絶対防御の結界が、薄氷のように砕け散った。

 続いて、アダマンタイトでできた城壁が飴細工のように捻じ切れ、城の基部が消滅した。


『馬鹿な!? 勇者の聖剣でも、神の雷でもなく……ただの風だとぉぉぉ!?』


 魔王は絶叫した。

 自分の存在(闇)が、単なる「換気」によって吹き飛ばされようとしている。

 屈辱。

 しかし、それ以上に理解不能な恐怖。


『貴様! 何者だ!? 何者だというのだぁぁぁぁッ!?』


 魔王の問いに答える声はなかった。

 ただ、遥か眼下の豆粒のような男が、「邪魔だ」と呟いた気配だけが伝わってきた。

 ズガァァァァァァァン!!!!!

 魔王城は、成層圏を突き破り、ダンジョンの天井(亜空間の果て)すら貫通して、宇宙の彼方へと星のように煌めいて消えた。

 同時に、空を覆っていた黒い雲も一瞬で霧散した。



 あとに残ったのは、突き抜けるような青空(人工)と、降り注ぐ眩しい太陽の光だけ。


「ふぅ。やっと晴れた」


 耕平はブロワーのスイッチを切り、満足げに汗を拭った。

 邪魔な雲(魔王)はいなくなった。これでトマトもすくすく育つだろう。


「あ、そうだ。ついでに洗濯物も干しとくか。よく乾きそうだ」


 彼はリュックから洗い立てのTシャツを取り出し、ハンガーにかけ始めた。

 世界の危機を救ったという自覚は、1ミリもない。

 ただ「庭の掃除をした」くらいの感覚だった。

 その横で。

 一部始終を見ていたエレナは、腰が抜けて立てなくなっていた。

 彼女の瞳には、涙が溢れていた。


「……神話だわ」


 古代の文献には、神々の戦いが記されている。

 だが、こんなにあっけない戦いがあっただろうか。

 一撃。

 たった一撃の「風」で、災厄の王を塵に変えた。

 しかも、その理由が「トマトの日当たり」と「洗濯物」のため。


「コウヘイ様……貴方様は、どこまで高みに行かれるのですか……」


 エレナは震える手で十字を切った(エルフ式)。

 これはもう、信仰するしかない。一生ついていくしかない。

 彼女の中で、耕平への忠誠度が限界突破リミットブレイクし、カンストした瞬間だった。

 そして、ドローンの向こう側――世界中の視聴者たちもまた、言葉を失っていた。


【コメント】

:…………

:…………

:今、何が起きた?

:魔王城、飛んでったよな?

:ブロワーで?

:嘘だろ……気象庁の警報、全部解除されたぞ

:【速報】NASAが「未知の物体が第2宇宙速度で太陽系外へ飛び去った」と発表

:これもう、農家じゃないだろ。神だろ

:いや、神を超えた「農神」だ


 画面の中では、平和なBGM(小鳥のさえずり)の中、Tシャツを干す男の背中が映し出されている。

 人類を脅かした最大の脅威は、日照権侵害のクレーム対応として、事務的に処理されたのだった。


(第7話 完)


挿絵(By みてみん)

次回、深層の聖域、爆誕

挿絵(By みてみん)

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