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第6話:トップランカー遭難と「炊き出し」

 その日、動画配信サイト『Dチューブ』のダンジョン関連カテゴリは、ある話題で持ちきりになっていた。


『国内最強クラン『紅蓮のクリムゾン・ウィング』が動いたらしいぞ』

『マジ? あのリーダーの剣崎けんざきがか?』

『例の農家配信の座標に向かってるってよ。「フェイク動画で稼ぐ詐欺師を成敗する」とか息巻いてた』


 剣崎レオン。

 日本国内ランキング三位の実力者であり、数々の高難度ダンジョンを攻略してきた「剣聖」である。プライドが高く、正義感(と功名心)が強い彼は、突如現れて話題をさらった「農家」の存在が許せなかったのだ。


「行くぞお前ら! CGだか手品だか知らんが、化けの皮を剥いでやる!」


 剣崎率いるフル装備の精鋭パーティ六名は、自信満々で新宿ダンジョンへと潜った。

 ……それが、地獄への片道切符だとも知らずに。



 潜入から三時間後。

 深層エリア手前、通称「嘆きの回廊」。


「はぁ、はぁ、ぐぅ……ッ!」


 剣聖・剣崎レオンは、泥まみれになって這いつくばっていた。

 自慢の聖剣(ミスリル製)は折れ、鎧は砕け、パーティメンバーは全員、泡を吹いて気絶している。


「な、なんなんだここは……! まだ中層を抜けたばかりだぞ……!?」


 彼の目の前には、三つ首の大蛇ヒュドラが立ちはだかっていた。

 通常なら深層のボス部屋に君臨するはずのSランクモンスターが、ここでは「雑魚敵」として徘徊しているのだ。

 ポーションは尽きた。魔力も枯渇した。

 救援信号を送ろうにも、濃密すぎる瘴気が電波を遮断している。


(死ぬ……。俺は、こんなところで……)


 日本最強の一角と謳われた男が、死の恐怖に震え、涙を流した。

 ヒュドラが嘲笑うように鎌首をもたげ、トドメの毒ブレスを吐こうとした、その時。


「コラ、ポチ! 拾い食いしちゃ駄目だろ!」


 能天気な声が、回廊に響いた。

 ズドンッ!!

 ヒュドラの巨体が、横から「何か黒い塊」に体当たりされ、ボロ雑巾のように吹き飛んだ。

 Sランクモンスターが一撃死。

 呆然とする剣崎の視界に入ってきたのは、トラックほどもある巨大な黒狼と、そのリード(ただの荒縄)を握る、ワイシャツ姿の男だった。


「あーあ、駄目だって言ったのに。お腹壊すぞ?」

「クゥ~ン(反省)」


 男は、国を滅ぼせる魔獣フェンリルを、まるで散歩中のチワワのように叱っていた。

 相馬耕平である。

 剣崎は目を疑った。


 (フェンリル……!? 馬鹿な、神話級の魔獣だぞ!? それを飼い慣らしているのか!?)


 耕平が、腰を抜かしている剣崎に気づく。


「おや? こんなところに人なんて珍しい。……あちゃー、ボロボロですね」


 耕平は、剣崎たちを「無謀な登山客」か何かだと思った。

 深層エリアは立ち入り禁止だが、たまに迷い込む無謀な探索者がいるとは聞いていた。


「遭難ですか? 大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……」


 剣崎は言葉が出なかった。

 目の前の男から放たれるオーラが、全く読めないからだ。魔力を一切感じない。ただの一般人にしか見えない。

 だが、その背後に控えるフェンリルと、後ろから付いてきた美女エルフのエレナが放つプレッシャーは、紛れもなく「神域」のものだった。


「ひどい顔色だ。低血糖かな」


 耕平はリュックを下ろすと、中から魔法瓶(1・5リットル用)を取り出した。

 蓋を開けると、ふわりと湯気が立ち上る。

 味噌と出汁の、暴力的なまでに食欲をそそる香り。


「ちょうど休憩しようと思って、スープ持ってきたんです。残り物で悪いんですけど、飲みます?」

「す、スープ……?」


 剣崎は警戒した。ダンジョン内で見知らぬ者から飲食物を受け取るのは自殺行為だ。

 だが、生存本能が「それを飲め」と絶叫していた。

 震える手で、プラスチックのカップを受け取る。具材は、角切りの大根だけ。

 ゴクリ。

 一口、飲んだ瞬間。

 ドクンッ!!

 剣崎の心臓が早鐘を打った。

 熱い。胃袋から灼熱のエネルギーが爆発し、血管を駆け巡る。

 折れた骨がパキパキと音を立てて繋がり、裂けた筋肉が縫合され、枯渇していた魔力がオーバーフローして全身から金色の光となって噴き出した。


「な、ぐ、おおおおおおおおッ!?」


 剣崎は絶叫し、その場で立ち上がった。

 治った。

 いや、治ったどころではない。肉体が作り変えられている。

 長年患っていた古傷も、視力の低下も、肩こりも腰痛も、全てが消え去り、全盛期の120%の状態になっている。


「な、なんだこれは……!? 最上級ハイ・グレードポーション……いや、神薬エリクサーか!?」


 剣崎が叫ぶと、倒れていた仲間たちも次々と目を覚ました。

 耕平が彼らにもスープを振る舞ったからだ。

 全員が金色のオーラを纏って復活する異常事態。

 その様子は、もちろんエレナが持つドローンによって配信されていた。


【コメント】

:ファッ!?

:あれ『紅蓮の翼』の剣崎じゃね?

:ボロボロだったのに一瞬で全回復したぞ

:ただの味噌汁だろ? なんで光ってんだよww

:【解析班】あのスープ、湯気から放出される魔素量が測定限界突破してます。推定一杯5億円です


 視聴者たちは戦慄した。


 男が「残り物」と言って配っているのは、現代医学と魔法技術の結晶すら凌駕する、神の霊薬だったのだ。


「あ、あの……!」


 剣崎は、震える足で耕平の前に進み出た。

 プライドも、功名心も、全て消し飛んでいた。

 目の前にいるのは、フェンリルを従え、エリクサーを味噌汁として配る、超越者。

 ダンジョンのマスターか、あるいは現人神か。

 どちらにせよ、人間が逆らっていい相手ではない。

 ザッ!

 剣崎は、その場で見事な土下座を決めた。

 それに続き、パーティメンバー全員が額を地面に擦り付ける。


「ご無礼をいたしましたァッ!! 我々のような浅学非才の身が、貴殿のような高貴な御方の領域に土足で踏み入ったこと、万死に値します!!」

「えっ?」


 耕平はきょとんとした。

 なんでこの人たち、急に時代劇みたいな口調になってるんだ?

 ああ、そうか。

 遭難して助けられたから、感極まっているのか。律儀な人たちだなあ。


「いやいや、頭を上げてください。困った時はお互い様ですよ」


 耕平は爽やかに笑い、剣崎の手を取って立たせた。

 その手は、農作業で鍛えられ(そしてステータス補正でドラゴンの鱗より硬くなり)、温かかった。


「そ、それで……お代は、いかほどでしょうか? 我々の全財産、いや、クランの全資産を売却しても足りないかもしれませんが……」

「お代? いらないですよ、そんなの」


 耕平は手を振った。


「ただの大根ですから。うちの畑で採れたやつなんで、原価タダみたいなもんです」


(((((原価タダ……!?)))))


 剣崎たちは戦慄した。

 この領域では、エリクサー級の素材が雑草のように生えているというのか。

 ここは、やはり神域エデン

 そしてこの男は、その管理者。


「あ、そうだ。もしお礼とか気にしてるなら」


 耕平は思いついたように言った。


「その辺の草むしり、手伝っていきません? 人手が足りなくて」

「やらせてくださいッ!!!」


 剣崎は即答した。

 食い気味だった。

 神の園での奉仕活動。それは探索者にとって、どんな栄誉ある勲章よりも価値のある経験だ。あわよくば、あの大根のおこぼれに預かれるかもしれない。


「おいお前ら! 武器を捨てろ! 雑草を抜くぞ!」

「「「イエッサー!!」」」


 こうして、日本最強の戦闘集団『紅蓮の翼』は、農家・相馬耕平の「臨時アルバイト」へとジョブチェンジした。

 

 画面の向こうの視聴者たちは、伝説の剣聖が嬉々として雑草マンドラゴラを引き抜き、泥だらけになって笑っている姿を見て、ある種の宗教的な感動すら覚えていた。


【コメント】

:剣崎さん、今までで一番いい笑顔だ

:この配信、見てるだけで御利益ありそう

:もしかしてこのチャンネル、日本最強の戦力が集結してないか?

:【悲報】政府、介入の余地なし


 耕平は満足げにその光景を眺めていた。


 今日はいい日だ。ポチの散歩もできたし、遭難者も助けられたし、草むしりのボランティアも来てくれた。


「よし、晩飯は鍋にするか。ポチ、白菜取ってきて」

「ワンッ!」


 平和な深層の夜は更けていく。

 だが、その平穏を破る「本物の脅威」は、ダンジョンの底ではなく、地上から迫りつつあった。

 彼の存在を危険視した海外の組織や、不審に思ったメディアが動き出していたのだ。

 そして次なる敵は――『天候』である。


(第6話 完)

挿絵(By みてみん)

次回、第7話:魔王という名の日照権侵害

挿絵(By みてみん)

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