第5話:最強の追跡者、現る! その名は『ゼイムショ』!?
日本国政府、内閣府直轄――ダンジョン対策課。
薄暗い大会議室で、課長の神宮寺は、胃薬の錠剤をラムネのように噛み砕いていた。
「……で、分析結果は?」
かすれた声で問う彼に、白衣を着た分析官が震える手でレポートを差し出した。
「は、はい。例の配信映像を、スーパーコンピュータ『富岳』で解析しました。結論から申し上げますと……映像に加工の痕跡は一切ありません」
「つまり?」
「全部、本物です。あのフェンリルも、エルフも、人工太陽も。そして何より……」
分析官は、スクリーンに映し出された一枚の静止画――相馬耕平がフェンリルに餌として与えていた『大根の葉っぱ』――を指し示した。
「この葉一枚から放出されている魔力光の波長ですが、市場価格にして約三億円のエリクサーと同等の純度です」
「葉っぱ一枚が、三億……?」
会議室が静まり返る。
男が「ポチ、お座り」と言って無造作に与えていた餌代だけで、国家予算が動くレベルだ。
もしあの畑にある野菜が全て市場に流出したらどうなる?
日本の、いや世界の経済バランスが崩壊する。製薬会社は潰れ、病院は不要になり、平均寿命は二百歳を超えるだろう。
「確保だ! 今すぐあの男を確保しろ!」
「無理です課長! 現場は深度計測不能の深層です! 自衛隊の精鋭部隊でも到達できません!」
「くそっ、指をくわえて見てろというのか!?」
神宮寺は頭を抱えた。
資源としての価値も凄まじいが、それ以上に問題なのは「法」だ。
ダンジョン法第8条:ダンジョン内での収益活動には、所定の納税義務が発生する。
現在、あのチャンネルの同接数は五万人を超え、投げ銭の総額は、推定で数千万円に達している。
無申告。
完全なる脱税である。
「……物理的な接触が不可能なら、通信手段を使うしかない」
神宮寺は決断した。
現代には、どんな奥地にも届く最強の通信プロトコルが存在する。
「公式アカウントを使え。赤スパ(高額投げ銭)で警告文を送るんだ」
◇
一方、ダンジョン深層。
相馬耕平は、新たな協力者(という名の居候)と共に、充実した農ライフを送っていた。
「コウヘイ様、コメントが届いております。『そのエルフ、いくらで雇ったの?』だそうです」
「あー、そうだな。トマト一個払いだから……時価百円くらい?」
「『時価百円!? ブラックすぎるwww』とのことです」
スマホを読み上げているのは、元・古代エルフ王国の姫、エレナだ。
彼女は「配信の巫女」を自称し、耕平の作業中に流れるコメントを読み上げる係を担当していた。
透き通るような金髪と、宝石のような瞳。そしてボロボロだったドレスの代わりに、耕平が予備で持っていた「ジャージ(芋ジャージ)」を着ている姿は、妙な親近感と背徳感を生み出し、視聴者層をさらに拡大させていた。
「いやぁ、助かるよエレナさん。いちいち手をとめて画面見るの大変だったんだ」
「勿体ないお言葉です。……ところでコウヘイ様、先ほどから『スパチャ』という光の供物が大量に届いておりますが」
「スパチャ?」
耕平はクワを止めた。
そういえば、配信サイトの収益化設定をオンにしたままだった気がする。
彼は泥を払い、ドローンの画面を覗き込んだ。
「うわっ、すごい額だ。みんなVFXの技術料として払ってくれてるのかな。申し訳ないなぁ」
彼はあくまで「CGクリエイターへの活動支援金」だと解釈していた。
その時だった。
ピロリン♪
一際大きく、不穏な通知音が深層に響き渡った。
画面の上部に、真っ赤な帯が表示される。
最高額の投げ銭――通称『赤スパ』だ。
だが、その送り主の名前を見た瞬間、耕平の顔色から血の気が引いた。
【¥50,000】
ユーザー名:国税庁・ダンジョン税務統括局
『警告:配信者・相馬耕平氏へ。貴殿のダンジョン内活動による収益及び現物資産(農作物)は課税対象となります。直ちに座標を開示し、納税の手続きを行ってください。無視した場合、追徴課税及び法的措置の対象となります』
「…………」
深層の空気が凍りついた。
ポチが「くぅ?」と首をかしげ、エレナが「コクゼイチョウ……? 新手の魔神ですか?」と警戒態勢に入る。
だが、耕平の反応は彼らとは違った。
ガタガタと膝が震え、持っていたスコップを取り落とす。
「ぜ、税金んんんんんん!?」
彼の脳裏に蘇るのは、S級モンスターの咆哮などではない。
前職のブラック企業時代、経理部の人間が「領収書がないと落ちませんよ!」と怒鳴り散らしていた記憶。そして、ニュースで見た脱税摘発の恐ろしい映像だ。
彼は小市民である。
ドラゴンは怖くない。物理で殴れば倒せるからだ。
だが、税務署は怖い。物理攻撃が効かない上に、社会的に抹殺されるからだ。
「やばい、やばいぞ! 開業届も出してないし、青色申告の承認申請書も出してない!」
耕平はドローンのカメラに向かって、必死に土下座した。
綺麗なフォームの土下座だった。
「すいませんんんん! 脱税するつもりはなかったんです! ただ、ここから出られないだけで!」
【コメント】
:クッソワロタwww
:フェンリルには強気なのに税務署には土下座かよww
:この「国税庁」のアカウント、本物か?
:いや、偽物だろ。「ダンジョン税務統括局」なんて部署ないぞ(※実は昨日新設された)
:ネタにマジレスする配信者、推せる
視聴者たちは「手の込んだコント」だと思って爆笑している。
だが、耕平は本気だ。涙目で訴えかける。
「お、お金はまだ引き出せないので払えません! 代わりに現物納付じゃ駄目ですか!? 大根とか! カブとか!」
彼は足元にあった大根(※食べると切断された腕が生えてくるレベルの霊薬)を引き抜き、カメラに突き出した。
◇
政府・ダンジョン対策課。
モニターを見ていた神宮寺課長は、椅子から転げ落ちそうになった。
「げ、現物納付だと……!?」
隣の分析官が、興奮で鼻血を出しながら叫ぶ。
「課長! あの大根、葉っぱどころじゃないです! 根の部分の魔力測定値、計測不能! 一本あれば、不治の病の患者を千人は救えます! 価格がつけられません!」
「それを……税金代わりに寄越すと言うのか……?」
神宮寺は震えた。
数千万円程度の税金の代わりに、兆円規模の国宝級資源を差し出すと言っているのだ。
この男、馬鹿なのか? それとも器がデカすぎるのか?
いや、迷っている暇はない。交渉成立だ。
「おい、すぐに返信しろ!『受理する』と!」
◇
再び、ピロリン♪ と音が鳴る。
【¥10,000】
ユーザー名:国税庁・ダンジョン税務統括局
『特別措置として現物納付を認めます。後日、回収班を派遣しますので、それまで保管しておいてください。領収書は不要です』
「よ、よかったぁぁぁ……」
耕平はへなへなと地面に座り込んだ。
フェンリルとの死闘の時ですら見せなかった、心底安堵した表情だった。
「命拾いした……。やっぱり日本は法治国家だなぁ。話が通じる」
額の汗を拭う耕平。
その横で、エレナが感心したように呟く。
「さすがコウヘイ様。見えざる魔神『コクゼイ』と交渉し、供物(ただの野菜)だけで撤退させるとは……」
「いやー、怖かったよエレナちゃん。やっぱ一番怖いのは人間だよ」
【コメント】
:今のやり取り何?ww
:この国税庁アカ、ノリ良すぎだろ
:大根で許してくれる税務署やさしい世界
:茶番のクオリティが高い
こうして、世界最強の探索者(農家)と日本政府との間に、奇妙なホットラインが開通した。
視聴者はそれを「配信の演出」として楽しみ、政府は「国家存亡をかけた外交」として処理し、耕平だけが「確定申告の不安」と戦う。
三すくみの勘違いが加速する中、深層の闇から、次なる来訪者の足音が近づいていた。
政府が依頼した『回収班』ではない。
耕平の座標を嗅ぎつけた、招かれざる客――功名心に燃えるトップランカー集団である。
(第5話 完)




