第4話:最初の住人とカメラマン
元SEの相馬耕平にとって、「効率化」とは呼吸と同じくらい自然な行為だった。
無駄な工程を省き、リソースを最適化し、最大のアウトプットを出す。
その原則は、システム開発でも、ダンジョン農業でも変わらない。
「よしポチ、そこだ。そこを掘ってくれ」
「ガウッ!」
ズドドドドドドド!!
漆黒の巨狼が、目にも留まらぬ速さで前足を動かす。
硬度ダイヤ並みの岩盤が、まるで豆腐のように掘削されていく。
本来なら国軍の精鋭師団が総出で挑むべきS級魔獣フェンリルが、ここでは高性能な「全自動穴掘り機」として稼働していた。
「いいぞポチ! 重機より早い!」
「ワンッ!(褒められた!)」
耕平は腕組みをして頷いた。
彼が指揮し、最強の魔獣が実装する。完璧な開発体制だ。
おかげで、半日とかからずにテニスコート四面分の拡張工事が終わりかけていた。
もちろん、その様子は余すところなく全世界に配信されている。
【コメント】
:フェンリルの使い方が贅沢すぎる
:これもう『鉄腕○ASH』だろ
:重機より早いというか、人類の兵器より強いんですが
:ポチが楽しそうで何よりです
:てか、またなんか変なもん出てきたぞ?
視聴者のコメントがざわつき始めたのは、ポチが畑の隅を掘り返していた時だった。
ガチンッ!!
とてつもなく硬質な音が響き、ポチが「キャンッ!?」と爪を押さえて飛び退いた。
あのフェンリルの爪ですら傷つかない岩盤の中に、何か異物が埋まっていたのだ。
「ん? どうしたポチ、配管でも埋まってたか?」
耕平は呑気に近づき、スコップで土を払った。
そこにあったのは、巨大な透き通る結晶体だった。
六角形のクリスタル。その中心に――人間が、入っていた。
「……え、死体?」
耕平はギョッとして後ずさる。
だが、よく見ると違う。
透き通るような白磁の肌。流れるような金色の長髪。そして、人間離れした長い耳。
薄手のドレスを纏った少女が、まるで時が止まったかのように眠っていた。
「……エルフ?」
ファンタジーの定番種族だ。
だが、ここは新宿の地下100階層相当。人間どころか生物が生存できる環境ではない。
耕平は恐る恐る、クリスタルの表面をスコップでコンコンと叩いた。
パリン。
あっけなく、クリスタルが砕け散った。
封印の強度が、耕平の「ただのノック」という物理干渉(と、スコップの謎補正)に耐えきれなかったのだ。
「あ……」
支えを失った少女が、崩れ落ちる。
耕平は慌てて彼女を受け止めた。軽い。羽毛のように軽い。そして、驚くほど冷たい。
「う、ん……」
少女の唇がわずかに震えた。
長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。
そこにあったのは、宝石のような翠玉の瞳だった。
「こ、こは……?」
「気がついた? 大丈夫ですか?」
耕平が声をかけると、少女の瞳が彼を捉え、そして背後のポチ(フェンリル)を見て、恐怖に目を見開いた。
「ま、魔狼……ッ! まだ、私は食われていなかったの……!?」
「あー、大丈夫。ポチは怖くないよ。しつけ済みだから」
「クゥ~ン(お腹見せ)」
「……は?」
少女の思考がフリーズする音が聞こえそうだった。
彼女の名前はエレナ。
かつて地上で栄華を誇った古代エルフ王国の姫であり、数千年前、魔王軍との戦いに敗れ、自らを封印してこの深層で眠りについていた「生きた伝説」である。
だが、耕平にとって彼女は「行き倒れの人」でしかなかった。
「喉、乾いてます?」
「……水……魔力が、枯渇して……」
「水かあ。水道引いてないんだよなぁ」
耕平は困ったように頭をかいた。
スポーツドリンクの残りはあるが、口移しするわけにもいかない。
ふと、彼の視界に「赤く熟れた果実」が入った。
試験的に植えたトマトだ。人工太陽の過剰な光エネルギーと、深層の魔力を吸って、パンパンに張り詰めている。
「これなら水分代わりになるかな」
耕平はトマトをもぎ取り、Tシャツでキュッキュと拭くと、エレナの口元に差し出した。
「ほら、トマト。リコピン豊富だよ」
「ト……マト……?」
エレナは朦朧とする意識の中で、その赤い果実にかじりついた。
瞬間。
バチバチバチッ!!!!!
彼女の口の中で、魔力の爆発が起きた。
甘い。
いや、甘いなどという次元ではない。
一噛みするごとに、濃縮された生命エネルギーが奔流となって喉を通り、枯渇していた魔力回路を強引に修復し、拡張し、満たしていく。
これはトマトではない。神代の時代に失われた『世界樹の実』そのものだ。
「んっ、ぁぁぁああああ!!!」
エレナの全身から金色のオーラが噴き出した。
数千年の封印で衰弱していた肉体が、一瞬で全盛期以上の状態へと書き換わっていく。
【コメント】
:なんか光ったぞ!?
:トマト食ってハイになってるwww
:エフェクトが完全に「レベルアップ」のそれ
:あのトマト、1個いくらするんだ……
:エルフの姫様(確定)チョロすぎない?
数秒後。
完全に回復し、肌ツヤが発光レベルまで良くなったエレナは、呆然と自分の手を見つめていた。
そして、おそるおそる耕平を見上げる。
「……貴方様は、何者なのですか?」
「俺? 相馬耕平。ただの無職……じゃなくて、農家だよ」
「農家……? 農の神……?」
「いや、ファーマー」
会話が噛み合わない。
エレナは確信していた。この男は、人の皮を被った「豊穣神」か何かだ。
従えている獣はフェンリル。与えられた食事は神の果実。そして何より、この死の世界(深層)を、たった一人で楽園に変えている。
崇拝。
圧倒的な畏敬の念が、彼女の胸を満たした。
その時、エレナの鋭敏な感覚が、空中に浮遊する「異物」を捉えた。
「……コウヘイ様。あちらに浮いている使い魔は?」
彼女が指差したのは、耕平の背後を飛び続けているドローンだった。
「ん? ああ、あれか」
耕平は振り返り、そこで初めて「ドローンが飛びっぱなし」であることに気づいた。
バッテリー切れしないのは、この空間の魔力濃度が高すぎて自動給電されているからだろうか。
彼はドローンを手元に引き寄せ、接続されているスマホの画面を覗き込んだ。
「うわ、電源入りっぱなしだったのか。もしかして撮れてた?」
画面を見る。
『LIVE』の文字。
そして、猛烈な勢いで流れるコメントの滝。
【コメント】
:気づいたああああああああ!
:やっとこっち見たwww
:おはようございます農家さん!
:エルフちゃん可愛い結婚して
:CGのクオリティ落ちてない?
:今のエルフ、劇団員だろ? 耳のシリコンすげえな
:はいはい台本台本
:でも面白かったわ、このショートコント
耕平は、コメントの一部を読み上げ、ほっと息を吐いた。
「……よかった。『CG』とか『コント』って言われてる」
彼は致命的な勘違いをした。
視聴者たちは「あまりにリアルすぎる映像」に驚愕しつつも、ネット特有のノリで「どうせCGだろ(褒め言葉)」と書き込んでいたり、あるいは本当に信じられない層がアンチコメントを投げていたりするだけなのだが。
現代社会の常識に囚われた耕平の脳は、これを「フェイクドキュメンタリー動画として消費されている」と解釈したのだ。
「これなら、不法侵入で通報されることはなさそうだな」
耕平は安堵のあまり、カメラに向かってペコリと頭を下げた。
「あー、ご視聴ありがとうございます。えっと、趣味でCG作ってます。この犬もエルフさんも、最新のVFXです」
【コメント】
:無理があるだろwwwww
:そのトマト食って光ったのもVFXかよ
:設定を守ろうとする姿勢、嫌いじゃない
:エルフさん(VFX)、顔赤いぞ
:これは「そういう設定」で楽しむチャンネルですね、把握
耕平の釈明は、逆に視聴者の「考察班」や「ロールプレイを楽しむ層」の心に火をつけてしまった。
だが、隣にいたエレナの解釈はさらに斜め上だった。
(……なんと。コウヘイ様は、ご自身の偉業を「作り物」だと謙遜されている……?)
彼女は、ドローンの画面に流れる文字が、下界の人間たちの祈りの言葉であると直感した。
神は、その力をひけらかさない。
ただ黙々と奇跡を行い、それを「大したことではない」と笑う。
これこそが、真の王者の風格。
「(……決めました)」
エレナはそっと、耕平の袖を掴んだ。
「コウヘイ様。私も、ここでお手伝いさせていただけませんか?」
「え? でも、ここは危険だし……」
「いいえ。貴方様の作るお野菜を……その、また食べたいのです」
上目遣い。
絶世の美女エルフによる、おねだり攻撃。
女性免疫ゼロの元社畜エンジニアに、これを断る術などあるはずもなかった。
「うっ……ま、まあ、人手は足りてないし……いいよ」
「ありがとうございます! では、私は貴方様の『配信』の補佐をいたします!」
「ミサ? まあ、カメラ係してくれるなら助かるけど」
こうして。
最強の重機に続き、最強のカメラマン兼秘書(古代エルフ王女)が加入した。
相馬耕平の「ブラック企業脱出・スローライフ計画」は、本人の意思とは裏腹に、着々と「ダンジョン深層・独立国家樹立計画」へとシフトしていくのだった。
一方その頃。
画面の向こうで、政府のダンジョン対策課長・神宮寺は、胃薬の瓶を握り潰していた。
「接触した……! フェンリルだけじゃなく、重要文化財級のエルフまで……!」
国を揺るがす特級案件が、楽しげなBGM(脳内再生)と共に進行していく。
神宮寺の胃に穴が開くまで、あと四話。
(第4話 完)




