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第3話:ただの野良犬(フェンリル)に、スコップ一閃!?

 その瞬間、動画共有サイト『Dチューブ』のサーバー管理室では、アラートが鳴り響いていた。

 とある新規チャンネルへのアクセスが、異常な数値を叩き出していたからだ。

 タイトル『【初心者】大根を植えます』。

 同接数、一万五千人突破。

 配信開始からわずか三十分。SNSでの拡散速度は、既にトップニュース級になっていた。


『おい見ろ、人工太陽だ』

『これマジでCGじゃないのか?』

『国立天文台のアカウントが「新宿の地下から未知の高エネルギー反応を観測」ってつぶやいてるぞ』

『じゃあ、この配信……ガチのマジってことか?』


 画面の中では、眩い光の下で一人のサラリーマンが汗を流している。

 彼は淡々とクワを振るい、土を盛り上げ、見事な「うね」を作っていた。

 その光景自体は平和そのものだ。


 ――背後の闇から、絶望的な殺気が溢れ出すまでは



 相馬耕平は、上機嫌だった。

 土が良い。日当たりも(作ったから)良い。

 ブラック企業で荒んだ心が、土の温かさによって癒やされていくのを感じる。


「よし、こんなもんかな」


 一直線に伸びた美しい畝を見下ろし、満足げに頷く。

 次は肥料を撒こうか。そう考えてリュックに手を伸ばした時だった。


『グルルルルル……』


 重低音の唸り声が、背後から聞こえた。

 空気がビリビリと震える。

 耕平は手を止め、ゆっくりと振り返った。


「あ?」


 そこにいたのは、犬だった。

 いや、犬と呼ぶには少々大きすぎる。

 体高は大型トラックほど。闇そのもののような漆黒の体毛。燃えるような真紅の双眸。

 口からは紫色の火花を散らし、一歩踏み出すたびに、足元の岩盤がミシミシと悲鳴を上げて砕けていく。

 深層の覇者。

 古代の文献において『国喰らい』と称される災害指定魔獣カタストロフ・クラス


 ――神狼フェンリル。


 本来ならば、遭遇した時点で人間は発狂死するか、恐怖で心臓が止まる存在だ。

 現に、配信画面のコメント欄はパニックで埋め尽くされていた。


【コメント】

:うわあああああああああ!!

:フェンリル!? 嘘だろ!?

:教科書でしか見たことないぞ!

:終わった。これ国が滅ぶレベルだろ

:逃げろ! いや逃げても無駄だ!!

:グロ画像くるぞ、ブラウザ閉じろ!!


 一万を超える視聴者が、画面の向こうで男の死を確信した。

 フェンリルが大きく口を開ける。

 その喉奥に、全てを消滅させるブレスの光が溜まっていく――。

 だが。

 相馬耕平の反応は、人類の想定を遥かに超えていた。


「コラッ!!!!!」


 雷のような怒号が響いた。

 フェンリルが「えっ?」と動きを止める。

 視聴者も「えっ?」とコメントを止める。

 耕平は、ブレスの準備に入った伝説の魔獣に向かって、ツカツカと歩み寄った。

 その顔に浮かんでいるのは、死への恐怖ではない。

 純粋な、激怒だ。


「お前! 足元! 見ろよ足元を!」


 耕平が指差したのは、フェンリルの巨大な前足だった。

 その足が、耕平がたった今完成させたばかりの「畝」を、無残にも踏み潰していたのだ。


「今の今まで整地してたんだぞ!? ふかふかにしたのに、踏み固めるなよ!」


 彼は右手に持っていた園芸用スコップ(ステンレス製・目盛り付き)を高く振り上げた。

 フェンリルの赤い目が、そのスコップを捉える。

 ただの鉄の塊だ。魔力も感じない。

 魔獣は鼻を鳴らした。人間ごときが、我に挑むか。愚かな。

 しかし。

 フェンリルは知らなかった。

 この男が、この空間において「絶対的な管理者アドミニストレータ」であるということを。

 そして、彼が握るスコップには、スキル【領域改変】による「障害物除去」の概念が付与されていることを。


「そこを! どけっ!!」


 カォォォォォンッ!!!!!

 乾いた金属音が、深層に木霊した。

 スコップの腹が、フェンリルの脳天を綺麗にスイングした音だ。

 ズドォォォォォォォォン……!

 衝撃波が走った。

 後ろの空間にあった山が一つ消し飛んだ。

 伝説の魔獣の巨体が、まるでゴムボールのように地面にめり込み、白目を剥いて痙攣する。


【コメント】

:…………は?

:え?

:今、何が起きた?

:スコップで殴った? あのフェンリルを?

:特級呪具か何か?

:いや、あれホームセンター『カインズ』のPB商品だぞ(特定班)

:音がおかしいだろwww 隕石落ちた音したぞwww


 土煙が晴れると、そこにはお腹を見せて完全に降伏(服従のポーズ)しているフェンリルの姿があった。

 尻尾をパタパタと振り、情けない声で「クゥ~ン」と鳴いている。

 圧倒的な暴力の前に、野生の本能が「このオスには絶対勝てない」と理解したのだ。


「……たく、分かればいいんだよ」


 耕平はため息をつき、スコップの土を払った。

 そして、ポケットから何かを取り出す。

 間引きしたばかりの、大根の葉っぱだ。

 だが、この超高濃度の魔力空間で育ったそれは、一枚でエリクサー十本分の効能を持つ「世界樹の若葉」と化している。


「ほら、これやるから。二度と畑に入るなよ」


 ポイ、と投げる。

 フェンリルは空中でそれをキャッチし、咀嚼した。

 カッ! と魔獣の体が黄金色に輝く。

 全身の傷が癒え、毛並みがツヤツヤになり、あろうことか「進化」の予兆まで見せ始めた。

 フェンリルは感動した。

 なんだこれは。美味すぎる。こんな高エネルギー体は食べたことがない。

 この男についていけば、毎日これが食えるのか?

 魔獣の忠誠心が、食欲によってカンストした瞬間だった。


「ワンッ! ワンッ!」

「おう、元気になったか。……デカい図体して、野良犬も大変だな」


 耕平は、自分にすり寄ってくる国崩しの魔獣の頭を、ワシャワシャと撫でた。


「そうだな……お前、黒いし。『ポチ』でいいか」


【コメント】

:ポ チ

:ネーミングセンスwww

:フェンリル(ポチ)

:S級魔獣が野良犬扱いww

:しかも懐いたwww

:餌付けされたの草。てかあの大根の葉っぱ何? 光ってなかった?


 画面の向こうの視聴者たちは、もはやツッコミを諦め、ただこの異常な光景に見入っていた。

 恐怖の対象だった魔王クラスの怪物が、サラリーマンに撫でられて尻尾を振っている。

 そのシュールかつ平和な映像は、見ている人々に奇妙な安心感と、強烈なカタルシスを与えていた。


『スパチャ(投げ銭)¥10,000』

『スパチャ¥50,000「ポチの餌代にしてください」』

『スパチャ¥1,000「とりあえずチャンネル登録した」』


 画面端のカウンターが回り始める。

 この瞬間、相馬耕平は、人類史上初めてS級モンスターをペットにした男として、歴史に名を刻んだ。

 本人は「野良犬を追い払ったら懐かれた」としか思っていないのだが。


「よしポチ。飯食ったなら働け。そこの岩、どかしてくれ」

「ガウッ!」


 ポチが嬉々として岩山を粉砕し、開墾を手伝い始める。

 最強の重機を手に入れた耕平は、さらに効率よく畑を広げていく。

 その様子を、物陰からじっと見つめる視線があることに、彼はまだ気づいていない。

 古代の遺跡から目覚めた、美しき先住者。

 エルフの姫君が、震える手でその口元を押さえていた。


「……あの方こそ、予言にある『豊穣の御使い』様に違いないわ……!」


 勘違いの連鎖は、まだ始まったばかりである。


(第3話 完)

挿絵(By みてみん)

次回、「第4話:最初の住人とカメラマン」

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
つぶやきに答えてくださって ありがとうございます。ただの偏見だったかな…と思って反省してたのですが…やっぱり銀狼カッコいい!とも思ってます。
フェンリルって 銀狼のイメージですが…黒いんだ…クロちゃんじゃなくて ポチちゃんか…
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