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第2話:神話級の大根、大地に立つ!?

 現代社会において、ダンジョン探索の様子を配信する「Dチューバー」は、小学生のなりたい職業ランキングで三年連続一位を獲得する花形職業だ。


 トップ層になれば年収は数億円。大手ギルドとスポンサー契約を結び、華麗な魔法と剣技でモンスターを狩る姿は、現代の英雄そのものである。

 そんな飽和状態の配信サイト『Dチューブ』の片隅に、一つの奇妙なチャンネルが爆誕した。


 時刻は平日の朝十時。

 チャンネル登録者数、ゼロ。

 アイコンは初期設定のまま。

 そして配信タイトルは――


『【初心者】大根を植えます』


 あまりにも検索意欲を削ぐそのタイトルは、本来であれば誰の目にも止まらず、デジタルの海に埋もれて消えていくはずだった。

 しかし、世界には物好きがいる。

 ハンドルネーム『暇人A』もその一人だった。夜勤明けの気だるい頭で、彼は何気なく「新規配信順」のタブをクリックし、そのサムネイルを誤タップしてしまったのだ。


「……あ? なんだこれ、マインクラフトか?」


 画面に映し出されていたのは、驚くほど高精細な映像だった。

 見渡す限りの荒野。禍々しい紫色の沼地。

 そして画面中央には、ワイシャツ姿の男の背中。


『よいしょ、よいしょ』


 男はひたすら、クワを振るっていた。

 BGMはない。聞こえてくるのは、クワが土に食い込む「ザクッ」という心地よいASMRと、男の独り言だけ。


「……地味だなぁ」


 暇人Aはあくびを噛み殺し、ブラウザバックしようとした。

 だが、その指が止まる。

 男が「雑草」として引き抜いた植物が、奇妙な悲鳴を上げたからだ。


『ギョエーッ!』

『うるさいな、堆肥にするぞ』


 男は慣れた手つきで悲鳴を上げる草の根をへし折り、ポイと足元の穴に埋めた。


「……は?」


 暇人Aは目をこすった。

 今のは、マンドラゴラではないか?

 それも、教科書に載っているような通常の個体ではない。根が赤黒く脈動している、深層変異種アビス・バリアント。市場価格で一本数百万は下らない劇薬の素材だ。

 それを今、こいつは「堆肥」と言って埋めたのか?

 コメント欄を見る。

 同接(同時接続者数)は、自分を含めてまだ五人。


【コメント】

:CG?

:画質良すぎだろ

:今のマンドラゴラだよな? SE(効果音)凝ってるなw

 暇人Aは震える指でキーボードを叩いた。

:これ、ゲーム画面じゃないぞ。動きがリアルすぎる。



 一方、ダンジョン深層。

 相馬耕平は、自分が全世界に配信されていることなど露知らず、額の汗をぬぐっていた。


「ふう。とりあえず一畝ひとうね完成っと」


 スキル【領域改変】の効果は絶大だった。毒沼は一瞬で水はけの良い黒土に変わり、土壌酸度もPh6・0の弱酸性、大根には最適の環境だ。

 だが、耕平には一つだけ不満があった。


「暗い」


 空を見上げる。

 そこにあるのは青空ではなく、ダンジョン特有の分厚い岩盤と、暗黒の瘴気雲だ。

 深層には太陽がない。発光する苔や鉱石の光はあるが、それでは光合成には不十分だ。植物が育つには、圧倒的な光量ルクスが足りない。


「LEDライトなんて持ってきてないしなぁ……」


 耕平は腕組みをして考え込んだ。

 元SEとしての思考回路が、問題解決トラブルシューティングモードに入る。

 要件定義:植物の光合成に必要な光量の確保。

 制約条件:電力なし、照明機材なし。

 使用可能リソース:俺の魔力。


「……作るか、太陽」


 耕平は、ブラック企業時代に培った「ないなら作ればいい(ただし残業で)」という力技の精神を発揮した。

 右手を天井に向ける。

 イメージするのは、学生時代に少しだけかじった初級生活魔法『ライト(照明)』。

 それを、この広大な畑全体を照らせる出力までオーバークロックさせる。


「えっと、出力最大。色温度は昼光色。照射範囲、全域」


 耕平の体から、青白い魔力が奔流となって噴き出した。

 深層の淀んだ空気がビリビリと震える。


『おおっ、いい感じにパスが通ったな』


 耕平は無邪気に笑い、パチンと指を鳴らした。


「――【照明ハイ・ビーム】」


 カッッッ!!!!!!

 その瞬間、ダンジョンの深層に、二つ目の太陽が生まれた。

 いや、それはもはや照明などという生易しいものではない。戦略級軍事魔法に匹敵する純粋な光エネルギーの塊が、天井の暗雲を一瞬で蒸発させ、岩盤を焼き尽くし、真っ白な光となって降り注いだのだ。

 ジジジジジッ!

 周囲の毒沼から立ち昇っていた瘴気が、光に焼かれて消滅していく。

 薄暗かった地獄の底が、真夏の沖縄のような突き抜けるような明るさに包まれた。


「うん、まぶしい! これなら光合成もバッチリだ」


 耕平は満足げに頷き、再びクワを握り直した。



 その頃、配信画面の向こう側――コメント欄は阿鼻叫喚の様相を呈していた。


【コメント】

:ああああああ目がぁぁぁぁ!!

:ホワイトアウトしたwwww

:え、今の何? 核?

:【悲報】ワイのスマホ、画面輝度MAXで死亡

:いやいや待って。今、無詠唱だったぞ?

:魔法陣の展開もなかった。指パッチンでこれ?

:CGだろ? そうだと言ってくれ

 同接数は、いつの間にか「120人」に跳ね上がっていた。

 そして、その中には一般人だけでなく、とある「専門家」たちも混じり始めていた。


『特定班、仕事しろ』

『今、背景の座標解析してる。植生の分布からして、少なくとも中層以下の深度だ』

『待って、右端に映り込んだあの蝶。あれ【極死蝶ヘル・パピヨン】じゃないか?』


 極死蝶。

 触れただけで対象を腐敗させる鱗粉を撒き散らす、討伐推奨レベルAの危険生物だ。

 その蝶が、ふらふらと耕平の背中に近づいていく。


【コメント】

:おい後ろ! 後ろ!

:逃げろおおおおお!

:死んだわこれ。放送事故確定

 コメント欄が加速する。

 だが、画面の中の耕平は、鼻歌交じりに振り返ると、極死蝶を「手」で払った。


『ん? なんだハエか。シッシッ』


 バシッ。

 素手による、的確なデコピン。

 Aランクモンスターである極死蝶は、木っ端微塵に弾け飛び、光の粒子となって消滅した。


『あーあ、手が汚れちゃったな』


 耕平はズボンで手を拭うと、何事もなかったかのように種まきを再開した。

 コメント欄の流れる速度が止まる。

 そして数秒の静寂の後、爆発的な勢いで文字が流れ始めた。


【コメント】

:ハエwwwwww

:Aランクをデコピンで確殺とかマ?

:物理無効のヘルパピヨンだぞ!?

:こいつ何者なんだよwww

:タイトル詐欺乙。「【初心者】」じゃなくて「【魔王】」に変えろ


 同接数、500人突破。

 SNSでは「謎の農家配信がヤバい」というワードが、じわじわとトレンドの端に浮上し始めていた。

 だが、当の本人は未だにドローンの存在にすら気づいていない。


『よし、次はトマトの支柱を立てるか。……おや?』


 耕平の手が止まる。

 畑の奥、暗闇の中から、二つの赤い眼光が浮かび上がったからだ。

 ズルリ、と這い出てきたのは、漆黒の毛並みを持つ巨大な狼。

 伝説上の魔獣、フェンリル。

 視聴者たちが絶望の悲鳴をコメントに打ち込むよりも早く、耕平はため息をついた。


『なんだよ、野良犬か。入ってくるなよ、まだ種まいたばっかりなんだから』


 彼は右手のスコップを、くるりと回した。

 ホームセンターで買った3980円のスコップが、二つ目の太陽の光を反射して、神具のように煌めく。

 伝説バズの始まりまで、あと数秒。


(第2話 完)


挿絵(By みてみん)

次回、「ただの野良犬フェンリルに、スコップ一閃!?」

挿絵(By みてみん)

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