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神の遣い  作者: izanaMoa
31/31

31話 番外編2(九条、空海)

「アマテラスの暗号」を参考にしました


ーー九条経教ーー


 伏見稲荷神社の禰宜(ねぎ)(宮司)、西大路(にしおおじ)家の屋敷に入りぬ。輿より下りれば、己の齢より若やかなる翁が出で向かいたる。

「九条様、ようこそおはしませ」

「久しうな四代目。互いに家督を譲りし身なれば、安らかなれ」

「九条様は未だ御健にこそおはすと(うけたまわ)れ」

「老いたる身に鞭打つ(ともがら)の、なんと多きことかな」

「はっはっは、皆頼みにし奉ればのことに候。ささ、内にて心安うおはしませ」

よく手入れされたる庭の見える座敷へ通されたり。茶を供ぜし下女が去れば、四代目が居を正し、平に伏しぬ。

三種(みくさ)神器(かむだから)、守り奉り給えること、誠に(かたじけな)う存じ候」

(西大路がそれまで心に()けたるとは)

「誰かが(つい)にせねばならぬまでのこと。争わぬ(すべ)あらば、迷うことあるまじ」

「げに仰せの如くに候。さて、今日おはしましたるは、何事か承るべき御事のあるにや」

「伏見稲荷の御事、承りたく参りたる次第なり。狐を神使として祀る(よし)、聞かせ給え」

「さらば、弘法大師の御弟子、真雅の稲荷流記(いなりるき)に書き留められし物語を、一つ語り聞こえさせん」

共に庭を眺めたり。

「時は弘仁(こうにん)(810〜824年)の頃、平安京の北、船岡山の麓に、老いた狐の夫婦(めおと)()みける。身の毛は銀の針を並べたるが如き白狐にてありける。この狐の夫婦、心根(こころね)いと善良にして、常々世のため人のために尽くさんと、思い願いにけり。さりながら、畜生の身にては、所詮その願いを()ぐべきようもなかりけり。ここに狐の夫婦、ある日思い立ち、五匹の子狐を()して、稲荷の山へ参りけるに、’今日より当社の御眷属となりて、神威を(かがう)り、この願いを()たさん’と、社前にて祈り奉りける。さらば、たちまちに神壇鳴動(しんだんめいどう)して、稲荷神の(おごそ)かなる託宣(たくせん)が下りける。’(なんじ)の願いを聞き許す。さらば、今より長く当社の仕者(つかえもの)となりて、参詣の人、信仰の(ともがら)(たす)(あわれ)むべし’。かくて、狐の夫婦は稲荷の山に移り棲み、稲荷神の慈悲と仰せに(たが)わじと、日夜精進に励みけるなり。男狐には’おすすき’、女狐には’あこまち’という名を明神より授け給いけりとぞ」

(船岡山の狐とな。さては、なお隠し事のあるにや)

「ふむ、それは表向きの物語にこそあれ」

庭を眺める四代目、此方を向きて、見合いぬ。

「表向きとは、いかなる(いわ)れに(そうら)うや?」

「書き留め得ぬ事もあらん。此処には(いにしえ)、神がおはしたるはずよ」

(しば)し、静寂(しじま)に包まれぬ。庭に咲きたる椿の花が、風に揺らるる。

「狐と、間を置き給いませぬか?」

「あれは邪神(まがつかみ)にてあるか?」

「、、、これより語り聞こえさする事、日記に書き留めず、人に漏らし給はぬよう、(ひとえ)に願い申し奉る」

「よかろう」

「我ら秦氏(はたうじ)(おや)なる渡来人、千載の古、唐土(もろこし)よりこの島つ国へ渡り、数多(あまた)の社を建て奉りぬ。伊勢、賀茂、稲荷、出雲と数え奉れば、(きわ)もなく候が、この地の神に許し(こうむ)りて、普請(ふしん)(つかまつ)りたることなりとぞ」

「やはり、古より人の姿(なり)を借りて、(うつ)し世に混じりおはしたるか」

(おの)(やしろ)国造(くにのみやつこ)の当主ら、八咫烏(やたがらす)という網を張りて、神の動きを察し奉り候。ただ口伝(くでん)にのみ頼りて、次期の当主へ申し伝え、今に至りて候」

古事記(ふることふみ)日本書紀(やまとぶみ)編纂(へんさん)には、汝らが関わりおはしたるな。神代(かみよ)の物語には、偽りを(まじ)えられたるにや?」

「左様に候。以前(さき)に、九条様が伊勢に参り給いし折、大宮司が夢()かりに預かりて、屋敷へ()し出だされ給いしなり」

「倒れ給いしとぞ承る。不興を買い給いたるにや?」

「この百年のほどに、伊勢外宮(げぐう)度会(わたらい)家によりて、八咫烏が二つに割れにけり。反本地垂迹(ほんじすいじゃく)を広め、伊勢外宮の豊受大神(とようけのおおかみ)をば、至上の神として祀り奉らんとせしなり」

「天照大御神が、御(いか)りあらざらんや?」

「いな、先の百年ほどは伊勢におはしまして、内宮の計らいにより、何事もなかりき。されど、九条様が近づき給いしにより、我らの手の者、触れ奉りて候」

(儂の傍らに八咫烏が控えおるとな?)

「左馬之助や?」

「かの神は、我らより触れ奉るを、よしとし給はず。大宮司はしかと(いさ)められ給いしなり。’何をいかに祀るとも苦しからねど、(わらわ)(さわ)りをなす(なか)れ’と。付き従う一族を介してのみ財を受け取り給い、我らの信仰など、露ほども心に懸けおはさぬなり」

「伊勢には二柱の神が祀られおはすか。いま一柱も、人に姿となりて(あらわ)れ給うや?」

「、、、この地の神にはあらず。遥か遠き、唐土(もろこし)の果てにおはす神にこそあれ」

「かっかっか、なるほど、数多の(たえ)なるしきたり、合点がいったわ。、、、ん? 三種の神器は、、宝剣が壇ノ浦に沈みし後、伊勢神宮より形代(かたしろ)を奉り給いしよな?」

「仰せの如くに候」

「ふっ、わざわざ京へ(うつ)し奉るに及ばず。いくらも(しろ)(はべ)らんや?」

「いな、それは(たが)いて候。万一に備えはあれど、これより後も、争いに巻き込まれ給はん。我らの祖、一度神輿(みこし)を失い奉りき。長き旅路の果てにこの地へ辿り着き、新たなる神にまみえ給いしなり。たとえ仕えまつる術を誤りたるとも、古の伝えの如くに、この地の神を祀り奉り候」

「難儀なる神にまみえ給いけるかな」

「ただ、そこにおはしますだけでも、ゆえあることに候」

なお冷たき風が吹き抜けて、温き茶を(すす)りぬ。

「足利が祟られ給いしよ。伊勢に参らせんがため、北畠と和睦せねばならぬ。五月雨(さみだれ)の晴れ間の後、伊勢に参らんと伝えよ」

「狐を具して参るとは、仰せられまじな」

「同行の許しは得たり」

「はぁ、我らの苦労をば、思い()り給はぬか?」

「儂もはや、長からじ。神の舞をば、見過ごすわけには参らぬ」

「しかと、仕度(したく)いたし奉らん」



ーー空海(823年)ーー


 「さる所に、何をかする?」

女の声聞こゆ。室戸崎の巌屋(いわや)()もりて、(ぎょう)ぜむとて二十日をへぬ。

「妾の声は聞こえぬか?」

げに聞こゆ。見回せど、さらになき人を。

「行じて(はべ)り」

「何をか求めむ?」

「世のため人のため、何をか()すべきと、その道を求めて侍り」

「はっはっは、その志、いと頼もし。(いまし)はわたつ海の向こうへ渡るべし。かの地の神に、仏の教えを問うて参れ」

「わたつ海の向こうの神に、とは?」

「さらば、仏法の真髄を得てむ」

御名(みな)をば、いかにか聞こえむ」

(うま)の時にこそ参らめ」

(いわ)の間より、昇りくる明星(あけのほし)を眺む。空も海も、あかあかと照らされて、一つになりたる心地す。


 三十年(みそとせ)前の夢を見つ。あれより十年(ととせ)()て海を渡れど、神には()わず、三年に満たずして帰りなむ。

(あのまま留まらましかば、今年こそは二十年(はたとせ)の果てならめ。、、、’午の時にこそ参らめ’とや?)

おどろきて、あわてて起き上がる。居間には東寺(とうじ)の図や、物資(もの)調(ととの)うる目録など、とり乱したるままに散りて(はべ)り。

(かの日の神の、参りたまうにや? 天照(あまてる)大御神にましまさば、大日如来を拝みたまうとや? 否、さらば、ただの夢、あるは夢懸(ゆめがかり)にやあらむ)

居間を出でて、薄暗き庭を歩きつつ、(おぼ)しめぐらす。

(神のことならば、(はた)殿に聞くより(ほか)なし)

寒からぬ、うららかな春の朝なり。東の空に、明星(あけのほし)の影、見えそめぬ。


 朝餉を終えて机に向かえど、筆が運び、はかどらず。

(行だに、いまだ足らぬにやあらむ)

遍照金剛(へんじょうこんごう)、秦殿の参られたり」

居間の外より、弟子の声聞こゆ。

「こちらより参ると、申さざりしか?」

「申しはべりつれど、いとあわてたまえる気色(けしき)にて。客間にて待ち聞こえさせて侍り」

「今すぐ参らむ」

()に出づれば、うららかな日の光。客間へ急ぎぬ。

「秦殿、あかつきより、かたじけなく侍り」

「遍照金剛、夢懸されたりとは、げに(まこと)に侍るか?」

「しかり、されど三十年も経にし古の夢にて、いかばかり真ならむ」

「なにか、語りしことと違うところ、侍らざりしか?」

「御名を問いし後、’(うま)の時にこそ参らめ’と聞こえ侍りき」

秦殿の顔、こわばりぬ。

「急ぎ、宿の用意つかまつらむ。もし宿りたまはむとならば、我ら御案内つかまつらむ」

「真に侍るか?」

「遥か昔、崇神(すじん)天皇も夢懸されたり。それより、三輪の山をぞ、祭りたまえる」

「三輪の山は大物主(おおものぬし)の神にましまさずや? 明星は天照大御神にやあらむと(おぼ)ししかど」

「御名はさして重要にはあらず」

いとあわたたしげにて、足早に去りぬ。


 日も高く昇り、東寺の南門の影をうろつき、たびたび門の向こうを覗きぬ。道行く人々と目を見合わす。羅城(らじょう)門の方より、他の者より(かしら)一つ大きなる男の見えぬ。覗くたびに近づき()。二人の女と、二人の稚児(ちご)とを連れたり。他の人々も眺めつつ、うろつきたれば、大男の南門より足を踏み入れぬ。(ゆる)ぎもせで侍れば、稚児らもつぎて入りぬ。

()()

女の一人に呼ばれて、我に返りぬ。

(この声なり。この声にこそあめれ)

駆け走りて横に()み、金堂(こんどう)へぞ導きける。二人の男子、めづらしげに(あた)りを見まわしたり。物言はむとすれど、声のえ()でぬ。

「与吉、そのあたりにて待て」

(うるわ)しき女、大男に物言いて、独り金堂へぞ上りける。

「弟子に、内を案内せさせむ」

こなたを覗く弟子に目配せし、後に続きて金堂に上りぬ。弟子、疾く茶を奉る。

「ようこそ参りたまえる」

無言にて茶を啜り、息をつく。二人きりの金堂、しんとして静まり返りぬ。

「神に遇いしや?」

「それが、、、まみえたてまつりし高僧や、七代の阿闍梨(あじゃり)恵果和尚(けいかかしょう)にも尋ね奉りしかど、菩薩にまみえたてまつりしことはなしと、(のたま)いき。先代たちも、さる御事は聞こえざりきとぞ、申しはべりける」

「二十年を経なむとも、え見つけざりけるか」

「恥ずかしながら、(つい)えがもたず、三年の内に帰りて侍り」

「ふむ」

(責めたまはむや?)

「さらばよし。それより、宿と家とを用意せよ。しばしこのあたりに住まむぞ」

「宿は用意しはべれど、家は、、、」

「静かなる広き家にせよ」

麗しき女は茶を飲み干し、己が前の椀に手を()ぶ。(たうと)き茶を一息に飲み干して、立ち上がりぬ。

「疾く宿へ案内せよ」

あわてて弟子を呼び、秦殿の待ちおる所へ導きぬ。女は輿に乗り、大男と女、稚児らは差し掛け傘をされ、立ち去りぬ。

(あれが神か。齢四十にも見えず、不老不死と申すか?)

紀元前にアークを船で運ぶのは現実的ではないと思います。


空海は824年に天皇の勅旨により雨乞いをさせられ、イザナに泣きついて雨を教えてもらいます。籠神社の海部氏の娘である真名井御前とのロマンスもあり、神呪寺を建て、弁才天(水の神)を祀ります。弁才天は瀬織津姫とされ、後の時代では天照の荒魂と言われてたりするので、イザナに合ってます。


この時の与吉は猿田彦として伏見稲荷に祀られ、二人の男子の片方が、荷田氏となります(竜頭太の話は辻褄合わせ)。


と物語に合わせて設定しました。

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