29話
ーー右平次ーー
「あの子はいつの日にか、神の遠き所へ、誘い去られる気がするのです」
胸元で清が呟く。
「生きておはさば、別れは免れぬことにござる」
(父上も母上も、達者であろうか)
「あの子は世に稀なる子です。産声の後はついぞ泣かず、苦しき折には母のごとく抱いてくれた。いつも守られてばかりで、、」
「あの日の仕儀は、ひとえに我ら奉行の不調法にござる。年貢を取り立てらるるばかりにては、刀の扱いはおろか数を揃える事も叶わぬと、田助に言い含められてござる」
「主人も刀を帯び得たのです。あたしが山へ入らせまいとしたせいで、あの子のために小刀を購い来てしもうた」
鼻をすすり、額を押し付ける。
「皆のため、山の幸を、集めたるを、知りながらに」
(小刀か。賊の中にも、村の家々の中にも見えなんだ)
「小刀は何処に?」
「あの子が、賊を追い払いたる最中に、失くしたと」
(賊の一人が足に深手を負うておったは、それゆえか)
「御亭主は、三人を守り遂げられたのでござるな」
背にまわした腕に力が籠もり、声を漏らして泣く。そっと頭を抱いた。
ーー弥太郎ーー
三つに分かれる天の中川の、絡み合う二つの川を眺める。
「大きいな」
「大雨が降れば、さらに向こうの川とも合わさり、一つになりて暴れるのだ」
「蛇などおらぬ」
「海へか、山へか、いずれの方へと向かおうか?」
「山じゃ」
和尚と共に、川に沿って歩み続ける。田に比して、家の数が少ない。遠くに立ち並ぶ家々が、川の暴れた跡を浮かび上がらせる。
(琳海の家も流されたのだな)
山の際まで行けども見つからず、引き返す。日の高きうちに、宿る寺へ着く。
「弥太郎は、また外を見て回るや?」
「夕餉までには帰る」
和尚に荷を渡し、山に沿って歩く。
(山奥の爺しかおらぬな。独りならば、家より一日のうちに行き帰りも難くない)
日の傾く空を眺めつつ、来た道を戻る。山の影より、大きな鳥が飛び出した。
(おった!)
「おーい!」
大きく手を振るが、飛び去る。
(遠きか。ねぐらを見付けねば、、)
大きな鳥が向きを変え、此方に飛んでくる。もう一度大きく手を振った。真上を優雅に回る鳥を見上げる。
「爺、物申させよ」
声を掛けると、ゆるりと近くに降り立った。人の背丈と変わらぬほど大きな鷲と静かに向き合う。
「そなたが雨を知らせる神様か?」
「ふむ、北の迷い子か。また襲われたのか?」
「そなたが雨を知らせた坊さんを連れて来た。いささか、物を申してやってはくれぬか?」
片羽を開いて首を曲げ、嘴でつつく。
「迷い子よ、我らは人と語らうたりせぬ」
「然らば、なにゆえ雨を知らせたのじゃ? 他の爺らは我を助けてくれたぞ」
「イザナの頼みよ。そなたは人に非ず」
「イザナ? 人に非ざるならば、神か」
「人の器を好む変わり者よ。そなたと我らは器の中身と思うがよい」
「器? 食い物か?」
「我らは割れたりせぬ。次の器に移りゆくばかりよ」
(椀の粥をもう一つの椀に入れるのか?)
「粥は粥であろう?」
「はぁ、、、イザナに伝えよう。今宵、人の寝静まる時を待て」
力強く飛び立ち、山の陰に消えた。
夕餉を終え、座敷に横たわる。和尚が目を瞑り、経を呟く。
「ちと静かにしてくれぬか?」
和尚が息をつく。
「神様と語らうは、恐ろしゅうは思わぬや?」
「食らわれたりなどせぬ」
「そなたは粥であるからな」
「難き話は好まぬ」
腹が満たされ、目を瞑る。
肩を揺すられる。
「弥太郎、起きよ」
目を擦れば、灯油に照らされた和尚が伏していた。
(弥太郎か、見てくれは悪うない)
何処かより、声のみ聞こえる。
「イザナか?」
(未だ幼けなきよのぅ。三、四年待つか)
「和尚に物を申させてはくれぬか?」
(よいぞ、申してみよ)
「弘法院の住持を務める掛海と申しまする。弥太郎殿をお預かり致、、」
(聞きたき事のみを申せ)
「失礼を致し候。、、弥太郎殿をいかように導き申そうずるや?」
(人の身にて生かしおけ)
「それのみにて、事足り申そうずるや?」
(他に何ができるのじゃ?)
「き、経を授け、真言密教を、、」
(はっはっは、これを坊主にするか。 つまらぬ事を説くのか?)
「や、やはり、仏法は偽りにておわしますや?」
(そなたらが申す輪廻はな、我らのみが持てる力よ)
「然らば、人の果つる時には、いかように相成るものに御座るや?」
(土に還るのみよ)
「釈迦如来は、、、」
(妾にも分からぬことが存ずるのじゃ。海の向こうの声が聞こえなくなってしもうたからの。四百年前に坊主を遣わしてみたが、早々に帰りおったわ)
「く、空海様の、ことでしょうか?」
(愉快な奴よ。所詮、人に過ぎぬがな)
「釈迦如来は、解脱し給うや?」
(輪廻は終わらぬ。弥太郎と共に、泣き言ばかりなる変わり者が不意に現れおったわ)
「、、、」
和尚が黙る。
(直にまみえようぞ、弥太郎よ)
声が止んでも、和尚はしばらく伏し続けた。
お読みいただきありがとうございました。
口調、ルビの統一や、諸々の修正のため、更新を中断します。
ストーリーに変更は御座いません




