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神の遣い  作者: izanaMoa
28/31

27話


ーー九条経教(つねのり)ーー


 「彼の者、人には御座なきな?」

目の下に(くま)(たた)える義満、参りたり。

「ほう、何故、左様に思うぞ?」

(せがれ)が祟られ申した」

事の次第を説き明かしけり。

「ふむ、内の左馬之助も、鞠の(てい)を見て人には(あら)ずと申しおった。さながら、ことごとくを見通しておるようじゃ。そなたが約を(たが)う事までもな」

「九条家は、左様な()しからぬものを囲うておられるのか?」

「かっかっか、儂が仕向けたと申すか。十年ほど前、そなたと良基のせいで公家どもが(かまびす)しかったのよ。近江に逃れた先、小さき秋祭りにて、舞を見たのが始まりじゃ」

「して、それは一体何者に御座りましょうぞ?」

「狐、、かのぅ」

「化かされたと?」

「豊穣を(つかさど)稲荷(いなり)神社の神使(しんし)は狐よ。人の世にて(たわむ)れておるのやもしれぬ」

「さらば、稲荷の(やしろ)に参じなば、お怒りも直りまして御座ろうか」

「この地には八百万(やおよろず)の神がおはすのじゃ。正体は直接問うてみるほかあるまいよ」

「なにと、(たず)ねに行てたもらうか?」

義満、平に伏しけり。

(大事な世継(よつぎ)を祟るとは、人のことをよう知りおるわ)

「そなたのせいで、儂まで祟れたやもしれぬ。確かめねば、春の旅には同行(どうぎょう)できぬな」

「恩に存ずる」

重ねて平に伏しけり。


 日のさし暖かく、静かなる小路を歩みけり。

(数日前、凄惨なる事の起こりしとは、ゆめ思いも寄らぬ)

屋敷の口にて立ち止まりけり。首なき(かばね)の跡は残らねど、門を開けて中に入りぬれば、左馬之助が声を上げたり。広き庭の(おも)より、柳が駆け来りぬ。

「ほ隠居はま。よふほそほいでなはれまひは」

口に何事かを含みたり。

「ほっほっほ、度重(たびかさ)なりて済まぬな。桐子殿はおはすや?」

「ほひらへ」

柳は手にて口を覆いつつ、広き庭の方へと向かいてゆく。左馬之助らが進まんとせしを手にて制し、独りその後について行きぬ。広縁(ひろえん)を見れば、(ふすま)に覆われたる桐子の横たわりて、煎餅を食いおはすなり。

「姫様、居住まいを正しなされませ」

「招かれざる客よ」

「こちらへ御直(おんなお)りなさりませ。ただ今、湯を持ちて参ります」

「片時の事なれば、お気遣いあるな」

柳は己が湯呑を手に立ち去り、煎餅の積まれたる盆の傍らに座したり。

「良き日和(ひより)かな」

「、、、」

「足利に、祟りをなしたるや?」

肘つきて、湯を(すす)りおはするなり。

「、、、()りたであろう」

「ほっほっほ、京がまたもや荒れ果てなば、そなたも難儀であろうに」

「焼き払うて、新しうしようか」

「かっかっか、人の世など他愛(たわい)もないと申されるか」

(しば)し、静寂(しじま)に包まれたり。

「聞きたきことのあるのであろう? 三つのみ、答えてくれよう」

「何処に(まつ)られておはすや?」

「つまらぬ問じゃ」

「稲荷や?」

刹那(せつな)よ」

(刹那とな? 一所(いっしょ)には留まらぬという事か?)

「他にも、祀られておはすや?」

「つまらぬ問じゃ」

(まさか)

「伊勢、、や?」

「食い飽きたわ」

天照(あまてらす)か! いや、(ほか)の神も多くおはしておる)

「最後の一つは何じゃ?」

「、、、また、旅に同行しても、苦しゅうないか?」

「ふふっ、その足にてついて来られぬならば、置き去りにしようぞ」

震える指先を(もっ)て、煎餅を一枚、手に取りけり。

「邪魔をしたな。次の舞も楽しみよ」

立ち上がり、背を向く。膝の震えを(こら)えつつ、歩み進む。

「大した度胸よ」

屋敷の口にて、左馬之助と九兵衛が柳と立ち話をしておるなり。煎餅を齧るも、味わいの一つもせぬ。

「大旦那様、御顔色(おんがんしょく)()しう御座ります」

「う、うむ、()く屋敷へ帰ろう。さらばよ、柳殿」

気を(ふる)い、ただ歩み続けり。

「しばし、御休息あそばされては、いかがに御座りましょう」

「茶店にでも寄ろうか」

「お乗り下され」

九兵衛、目の前にて(かが)みぬ。

「ほっほっほ、はや、(よわい)を重ねたものよなぁ」

九兵衛の背におぶさり、身の力を抜きたり。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)にはあらねば、豊受(とようけ)か、はたまた猿田彦(さるたひこ)なるか)

「左馬之助よ、桐子殿と伊勢に参りし時の事、覚えておるや?」

「はい、与吉と申す護衛を連れておはしたと、記憶して候」

「何処を参拝したか、心当たりはあるや?」

「参拝はしておられぬかと。我らが神宮へ参りし日、共に宿りし屋敷へ大宮司(だいぐうじ)殿が参られ、帰りぎわに倒れられたと、下女どもが(ざわ)めき(はべ)りし」

「さながら、儂のようじゃな」

小さき呟き、眼前(がんぜん)の千本通の喧騒にかき消されにけり。


 「いかがに御座りましたか?」

「伊勢に祀られ給うようじゃ」

「よもや、天照大御神と?」

(ほか)にも神は多うおはせども、宿りし屋敷へ大宮司を()()だすほどの大事なるは、疑いなきことよ」

義満、眉間(みけん)を指にて押さえたり。

「世継を増やし、伊勢へ参らねばなるまい」

「北畠は去月(きょげつ)、北伊勢に攻め入りしばかりですぞ。御隠居殿の’足利を討つべし’と仰せられしが如く、動きおり申す」

「儂には、吉野方の残党の様子を(うかが)わんとて、動きたると見ゆるがの」

「同調せし者の数を見定めんがためと?」

「他にて、戦は起こりたるや?」

「いえ、北畠も土岐(とき)を打ち破りし後、早々(はやはや)に兵を収めて御座りまする」

()の聞こえぬ男ではなきぞ。先祖伝来の知行(ちぎょう)安堵(あんど)せばよかろう」

「大覚寺の公卿の中に、北畠との仲立ちをなすべき者、誰ぞ御座ろうか?」

「未だ大覚寺へ参見もしておらぬのであろう?」

「はぁ」

深く息をつき、肩を落としたる。少し(おもて)を上げる義満と見合う。

(こやつ、儂にせよと申すか)

「倅に将軍の(しき)を譲り与うる心はあるや?」

「未だ八つにて。それに祟られており申す」

「征夷大将軍たるそなたに、手をば下し(はべ)らざりし。もしもの折の世継が生まれなば、譲り与うべきものよ」

「伊勢参りと譲位にて許されると?」

「他に何ができようか。荒魂(あらみたま)になられては、戦どころの話では済まぬぞ」

「、、、早うとも(あく)る年の暮れ、あるいは再来年になりましょう」

「北畠には、儂が良きに計らい参らせん」

「忝い」

義満、平に伏したり。

(忠基が子をなせぬとあらば、儂も今一度(はげ)まねばなるまいの)

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