27話
ーー九条経教ーー
「彼の者、人には御座なきな?」
目の下に隈を湛える義満、参りたり。
「ほう、何故、左様に思うぞ?」
「倅が祟られ申した」
事の次第を説き明かしけり。
「ふむ、内の左馬之助も、鞠の体を見て人には非ずと申しおった。さながら、ことごとくを見通しておるようじゃ。そなたが約を違う事までもな」
「九条家は、左様な怪しからぬものを囲うておられるのか?」
「かっかっか、儂が仕向けたと申すか。十年ほど前、そなたと良基のせいで公家どもが喧しかったのよ。近江に逃れた先、小さき秋祭りにて、舞を見たのが始まりじゃ」
「して、それは一体何者に御座りましょうぞ?」
「狐、、かのぅ」
「化かされたと?」
「豊穣を司る稲荷神社の神使は狐よ。人の世にて戯れておるのやもしれぬ」
「さらば、稲荷の社に参じなば、お怒りも直りまして御座ろうか」
「この地には八百万の神がおはすのじゃ。正体は直接問うてみるほかあるまいよ」
「なにと、尋ねに行てたもらうか?」
義満、平に伏しけり。
(大事な世継を祟るとは、人のことをよう知りおるわ)
「そなたのせいで、儂まで祟れたやもしれぬ。確かめねば、春の旅には同行できぬな」
「恩に存ずる」
重ねて平に伏しけり。
日のさし暖かく、静かなる小路を歩みけり。
(数日前、凄惨なる事の起こりしとは、ゆめ思いも寄らぬ)
屋敷の口にて立ち止まりけり。首なき屍の跡は残らねど、門を開けて中に入りぬれば、左馬之助が声を上げたり。広き庭の面より、柳が駆け来りぬ。
「ほ隠居はま。よふほそほいでなはれまひは」
口に何事かを含みたり。
「ほっほっほ、度重なりて済まぬな。桐子殿はおはすや?」
「ほひらへ」
柳は手にて口を覆いつつ、広き庭の方へと向かいてゆく。左馬之助らが進まんとせしを手にて制し、独りその後について行きぬ。広縁を見れば、衾に覆われたる桐子の横たわりて、煎餅を食いおはすなり。
「姫様、居住まいを正しなされませ」
「招かれざる客よ」
「こちらへ御直りなさりませ。ただ今、湯を持ちて参ります」
「片時の事なれば、お気遣いあるな」
柳は己が湯呑を手に立ち去り、煎餅の積まれたる盆の傍らに座したり。
「良き日和かな」
「、、、」
「足利に、祟りをなしたるや?」
肘つきて、湯を啜りおはするなり。
「、、、懲りたであろう」
「ほっほっほ、京がまたもや荒れ果てなば、そなたも難儀であろうに」
「焼き払うて、新しうしようか」
「かっかっか、人の世など他愛もないと申されるか」
暫し、静寂に包まれたり。
「聞きたきことのあるのであろう? 三つのみ、答えてくれよう」
「何処に祀られておはすや?」
「つまらぬ問じゃ」
「稲荷や?」
「刹那よ」
(刹那とな? 一所には留まらぬという事か?)
「他にも、祀られておはすや?」
「つまらぬ問じゃ」
(まさか)
「伊勢、、や?」
「食い飽きたわ」
(天照か! いや、外の神も多くおはしておる)
「最後の一つは何じゃ?」
「、、、また、旅に同行しても、苦しゅうないか?」
「ふふっ、その足にてついて来られぬならば、置き去りにしようぞ」
震える指先を以て、煎餅を一枚、手に取りけり。
「邪魔をしたな。次の舞も楽しみよ」
立ち上がり、背を向く。膝の震えを堪えつつ、歩み進む。
「大した度胸よ」
屋敷の口にて、左馬之助と九兵衛が柳と立ち話をしておるなり。煎餅を齧るも、味わいの一つもせぬ。
「大旦那様、御顔色の悪しう御座ります」
「う、うむ、疾く屋敷へ帰ろう。さらばよ、柳殿」
気を奮い、ただ歩み続けり。
「しばし、御休息あそばされては、いかがに御座りましょう」
「茶店にでも寄ろうか」
「お乗り下され」
九兵衛、目の前にて屈みぬ。
「ほっほっほ、はや、齢を重ねたものよなぁ」
九兵衛の背におぶさり、身の力を抜きたり。
(天照大御神にはあらねば、豊受か、はたまた猿田彦なるか)
「左馬之助よ、桐子殿と伊勢に参りし時の事、覚えておるや?」
「はい、与吉と申す護衛を連れておはしたと、記憶して候」
「何処を参拝したか、心当たりはあるや?」
「参拝はしておられぬかと。我らが神宮へ参りし日、共に宿りし屋敷へ大宮司殿が参られ、帰りぎわに倒れられたと、下女どもが騒めき侍りし」
「さながら、儂のようじゃな」
小さき呟き、眼前の千本通の喧騒にかき消されにけり。
「いかがに御座りましたか?」
「伊勢に祀られ給うようじゃ」
「よもや、天照大御神と?」
「外にも神は多うおはせども、宿りし屋敷へ大宮司を召し出だすほどの大事なるは、疑いなきことよ」
義満、眉間を指にて押さえたり。
「世継を増やし、伊勢へ参らねばなるまい」
「北畠は去月、北伊勢に攻め入りしばかりですぞ。御隠居殿の’足利を討つべし’と仰せられしが如く、動きおり申す」
「儂には、吉野方の残党の様子を窺わんとて、動きたると見ゆるがの」
「同調せし者の数を見定めんがためと?」
「他にて、戦は起こりたるや?」
「いえ、北畠も土岐を打ち破りし後、早々に兵を収めて御座りまする」
「理の聞こえぬ男ではなきぞ。先祖伝来の知行を安堵せばよかろう」
「大覚寺の公卿の中に、北畠との仲立ちをなすべき者、誰ぞ御座ろうか?」
「未だ大覚寺へ参見もしておらぬのであろう?」
「はぁ」
深く息をつき、肩を落としたる。少し面を上げる義満と見合う。
(こやつ、儂にせよと申すか)
「倅に将軍の職を譲り与うる心はあるや?」
「未だ八つにて。それに祟られており申す」
「征夷大将軍たるそなたに、手をば下し侍らざりし。もしもの折の世継が生まれなば、譲り与うべきものよ」
「伊勢参りと譲位にて許されると?」
「他に何ができようか。荒魂になられては、戦どころの話では済まぬぞ」
「、、、早うとも明る年の暮れ、あるいは再来年になりましょう」
「北畠には、儂が良きに計らい参らせん」
「忝い」
義満、平に伏したり。
(忠基が子をなせぬとあらば、儂も今一度励まねばなるまいの)




