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神の遣い  作者: izanaMoa
27/31

26話


ーー与吉(父)ーー


 (もうよいぞ)

松明(たいまつ)の火が小路の向こうへ失せた。

「参るぞ」

たまと共に荷を担ぎ、刀で塀をなぞりつつ闇の中を歩みゆく。

「ピチャッ」

「やや、急に立ち止まらんでおくれ」

地が濡れている。

「血の溜りておるならば、()う教えて下さりませ」

たまに聞こえぬよう、(ひそ)かに(つぶや)く。

「何か申したかい?」

(二歩分じゃ)

水溜(みたま)りを()くるぞ」

「水溜り?」

塀より離れて少しばかり歩みを進め、再び塀を辿(たど)る。屋敷の裏口に行き当たり、内へと入り込む。

(土間に身を潜めておる)

戸をそっと引き開けた。

「伊助、与吉ぞ」

「与吉殿! 助けて下され」

「もはや案ずるな。柳は居るか?」

「此処に」

「火を(おこ)してくれ」

闇の中にて手探りに棚を漁る。火鉢の中へ火口(ほくち)を入れ、火種を(おこ)し、灯油(ともしあぶら)を三つ、持ち(きた)れる松明を灯す。

「おかみさんも助けに、、姫様がお一人にて座敷に、、」

「案ずるな。まったく、姫様はいつにても厄介を引き連れて来られるものよ」

「柳は湯を沸かしてくれ。伊助は水()みを」

松明を掲げ、たまと共に庭の方へ向かいてゆく。打ち捨てられたる鞘を拾い、庭に()でれば、縁に姫様が座りおはす。

「寒いわ」

「この火にて、少しは(ぬく)うございましょう」

姫様に松明を渡し奉り、草履を脱ぎて縁に上がる。背負いたる荷を下ろし、襤褸切(ぼろき)れを幾つも取り出でた。畳に突き立てられたる白刃(しらは)を引き抜き、襤褸(ぼろ)をもちて血潮を(ぬぐ)い去った。刀を鞘に収め、荷の中より(かぎ)を取り出でて、血の染みたる畳に引っ掛け、引き上げる。襤褸をもちて縁を拭いおるたまを避けつつ、汚れし畳を庭の方へと投げ棄てた。

「燃やしてしまおうか?」

「臭みが立ち申すゆえ、お控え下され」

庭側の畳を()ぎて見れば、床板にまで丸く染みている。座敷の端に寄せ置かれたる(ふすま)のうち、染みのあるものを選び、折りたたみつつ染みの上へ重ね置いた。

「姫様、座敷へお直り下されませ」

姫様の手より松明を受け取り、足元を照らす。点々と返り血が染みわたりたる衣を、さらさらと脱ぎ捨て始めた。

「何見てんだい、はよ湯を持って来ぬか」

「はっはっは、今さらなることよ」

たまが襖を閉め切れば、土間へと歩みゆく。

「姫様は御無事に?」

「案ずることはない。生温(なまぬる)き湯でよいゆえ、器に取って下され」

土鍋へと湯を移し替える。

「御挨拶が遅れました。柳と申します」

「こちらこそ、常々、姫様と(せがれ)がお世話になり申す」

「以前、何処(いずこ)かにて御目に掛かり申したことがござりましょうか?」

「先の家の女房に、この勤めを教えられたのではござらぬか?」

「与吉殿が計らいて下されたのですね」

「積もる話はまたの折に」

鍋に蓋をして片腕に抱え、土間を(いづ)る。

「たま、開けてくれ」

襖がさらりと開き、たまに鍋を渡す。裸にて座りおはする姫様が、ちらと目に入った。

「こらっ、見るなと言うておろうに」

襖を勢いよく閉める。荷の中より(のみ)を一本取り出で、屋敷の入口の方へと歩みゆく。

「此度は、いかなる御方を(おど)し申したのでございますか?」

(足利よ)

「はぁ、人の世を乱し奉るは、お控え下さりませ。ようやく天下が一つにまとまり申したものを」

(九条の小童(こわっぱ)の仕業よ)

「正体をば、明かし奉るおつもりで?」

(案ずるな。祟られたなどと触れ歩ける身の上ではあるまいに)

屋敷を出でければ、塀に飛び散りたる血を(のみ)にて()ぐ。

「倅は近頃、木刀を振り回すことに打ち興じております。護衛に()し使われますか?」

(それが役目であろう? そなたよりも頼りになるやもしれぬぞ)

「姫様がさように荒ぶる舞はねば、斯様(かよう)な事にはなりますまい」

(華麗に舞うておるまでよ)

日の昇る前に、血溜りを掘り返し、畳を運び出した。



ーー右平次ーー


 清が此方に背を向け、弥子に乳を与えている。飲み終えると、弥子が弥太郎の(もと)へと()う。振り向いた清の衣が乱れ、胸元が(あら)わになった。目を伏せる。

(気を付けねば。近頃は、胸もとばかり目に留まる)

弥太郎が弥子を抱えている。

「明日は弥太郎の生まれ日にて、少しお祝いをいたしとうございます」

清が手を()りて、(かしこ)まりつつ申す。

「十二か」

「十一じゃないのか?」

「腹のうちにいた分を一つと数うる」

「ふーん」

「明日の夕餉には、何やら買うて参ろう。干し(じし)を食うたことはあるか?」

「肉は旨きものか? 生にては食えぬし、焼けば(こわ)うなる」

「干し肉はさらにこわきものなれど、十二にもなりなば噛み得るべし。噛めば噛むほどに味が出で、旨きものぞ」

「米に合うか?」

「まずは干し肉を噛み、味の出でなば米を口へ運ぶ。()う飲み込まず、ともに噛み続けるのだ」

弥太郎が空なる口を動かす。

「楽しみじゃ」

弥太郎を眺むる清が笑みを(たた)える。

(春になりなば、屋敷へ戻ろう。今しばし、このぬくもりに抱かれていたい)

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