25話
四代目将軍、足利義持の幼名は不明なため、創作で千春丸とします。
ーー足利義満ーー
白拍子、舞う。否、鞠をこそ蹴りてあれ。御所の庭一面に咲き満ちたる花々、桐子を引き立てて見ゆ。
(愉快なるかな。この世のことごとく、我が掌に収まりぬ)
桐子、鞠を捌きつつ、此方を見据えたり。
(妖しき目をしよる。されど、それが良い)
暫し眺めてあれば、鞠の黒きことに気付きたり。
(髪の毛か)
童の髪のかたちに見ゆる。
(目、耳、鼻、口、、童の首?、、、千春丸?)
桐子が首落ちて、二つの首を鞠のごとく、鮮やかに捌きたり。自らの首を蹴り上げ、身を傾けたり。白き足、首を蹴れば、此方に飛び来たる。笑う女の顔。
「うあぁっ!」
闇の中に、小さき灯のまたたきて見ゆる。
(夢?)
「殿! 如何なされ候」
壁代(カーテンのようなもの)の外に控えたる夜番、小さき灯を手に入り来り。
「はぁ、はぁ、はぁ、千春丸、千春丸は?」
「伊勢守様の屋敷に御座あらむと」
汗に濡れたる衣、いと冷し。
「替えの衣を持て、皆を叩き起こせ」
「されど、未だ夜、、」
「急げ!」
(何事の起これるぞ? ただの夢にや? 千春丸の無事、確かめねば)
灯持ちたる夜番ども、衣を持ち来れり。
「貞行の屋敷へ参る。馬廻どもを集めおけ」
「夜の明けて後なりとも、、」
睨み据えたれば、黙りて控えたり。
夜番の近習に囲まれ、夜の通りを歩む。風は冷く、月もなし。屋敷の入口にて貞行が出迎えたり。
「かかる夜更けに、如何なされ候?」
「千春丸は事なきや? 確かめんがため、これへ参りたるぞ」
「未だお休みになられて候が」
「見せよ」
「、、これへ」
松明掲げたる近習どもと庭へ回り、草履を脱ぎ棄てて広縁に上がりたり。貞行襖を開け、松明にて照らせば、千春丸の横たわれるが見ゆ。衾を捲り、首元を確かめたり。
「生きながらえてあり」
千春丸、眼を開きぬ。
「んぅー。く、くせ者じゃっ!」
貞行をはじめ、近習ども、打ち笑いけり。
(ただの夢か。いや、ゆゆしき心地あり)
「貞行、我が帰り来るまで灯を絶やすな。傍らを離るることなかれ。それと、清岡の屋敷へ道案内すべき者、呼び寄せよ」
近習を半ば残し留めて、御所へ立ち帰る。
馬廻ども、次第に集まり来る。
「殿、いかなる御ことにて候や?」
満成来れば、襖を立てて、二人きりになりぬ。
「白拍子に差し向けたる乱破は、いかになりぬるぞ?」
「男は数日前より屋敷に籠もりて、出で来ぬほどに、手を下し難しと」
(未だ手を下さぬならば、呪術の類にはあらじ)
「とにもかくにも、問い詰めねばならぬ。道案内が着き次第、白拍子の屋敷へ参らん」
「はっ」
松明掲げたる馬廻ども、慌ただしく馳せまわりたり。誰一人として居らぬ夜の今出川通を、近習に囲まれて進みゆく。馬廻ども、脇の通りを塞ぐように立ち、通り過ぎれば、また前方の通りへと馳せ行く。
千本通より小路に入れぬれば、土塀の高き屋敷の並びたるが見ゆ。
「数人先遣りして、屋敷を囲め」
満成下知すれば、八人ばかりが駆せ行きぬ。小路を縦長の列になりて、静かに進みゆく。先ほど駆せ行きたる者のうち、二人帰り来れり。
「屋敷のあたりに男の屍三つあり、入口の屍には、首こそなかりけれ」
「乱破は幾人動かしたるぞ?」
「四人にて候」
(しくじりたるか? もしや九条の護衛らが仕業なるか?)
「殿、あまりに危うう候。我らがなし果つるまで、ここにて御待ち候へ」
「これほど多く参りて、何をか臆しておる。疾く進め」
満成をよそに、列は進みゆく。屋敷の入口に横たわれる、首なき屍をのけさせたり。
「開けよ」
「某が先に参らん」
木門の内へと開きぬれば、満成を先頭に数人が続きて入りにけり。足音絶えて、静寂に包まれけり。
「やや、待たせ給え」
屋敷へ踏み入りたれば、松明、何事もなき庭を照らし出したる。
「殿、あちらまで血の跡引きて候」
照らされたる地面の染み、塀に沿いて彼方まで続きたり。
「未だ母屋へ入るべからず」
刀の柄に手を掛けたる満成の後に続き、地の染みを辿りて塀と母屋の間隔を進みゆけば、いよいよ広き庭に出でたり。先駆けの者、庭の真中なる何者かを照らし出したり。
「四人目の屍にて候」
他の者ども、松明にて母屋を照らし出したり。小さき染みの、点々と母屋に続きて見ゆる。
「開けよ」
続々と入り来りたる馬廻ども、四方を固めて身構えたり。二人同時に遣戸を引く。
「ふぅ」
広縁には何事もなし。二人、縁に上がりて襖に手を掛けたり。
「ひぃっ!」
おどろきて縁より転び落ちぬ。此方へ向けて首を据え置き、座敷の奥には足の見ゆる。
「お下がりあれ!」
刀を抜きたる近習、前に歩み出でて、松明にて座敷を照らし出したる。奥の襖にもたれ掛かりて、此方を見据えたる桐子。傍らには白刃を突き立てたり。
「何者ぞ!」
「妾が庭にて、騒ぐことなかれ」
(いかになりて気付かざりけん。人の為せる業にはあらじ。我が参るを、待ち設けておったか)
「殿、危うう候。お下がりくだされ!」
満成の手を払いのけて、者どもの刀を収めさせ、御前に歩み出でたり。
「いかなる事ぞ? 屍が四人までも転び臥しておるぞ」
「ふふっ、はっはっは。愉快なる小童じゃ。義満よ、そなた、約を違うつもりか?」
「某が斬り伏せ申さん」
満成、刀を抜き放ち、勇み進み出でたり。
「よせ、手を下すな」
衣の右脇を掴み、引き留めたり。
「もはや堪忍なりませぬ。斬り捨て奉れば、事足るにて候」
「これぞ命なるぞ! 控えよ」
刀を収めて、渋々ながら控えたり。桐子、妖しき笑みを浮かべけり。
「倅に、いかなる業をなしたるか!」
「見たであろう? 未だ何もしておらぬ」
(やはり斬り捨つべきか)
「いかにするつもりぞ?」
「そなたこそ、いかにするつもりでありしか? 春王よ」
(幼名まで知りおったか。我を祟ることすら容易きことと申すか)
「これにて、手を引くこととせん」
「次はなきものと思え」
「者ども、これより引き揚げん」
端の者より動き始めけり。桐子は未だ此方を見据えたるままなり。
「首、忘るなよ」
「取りて参れ」
近習どもが狼狽うる中、満成、座敷へ歩み寄りけり。草履のまま座敷へ上がりて、首を拾い、帰り来れり。庭の屍をも担がせ、屋敷を立ち出でぬ。
「他言無用ぞ。今宵のことは、皆忘れ果てよ」
「御意」
(かかることにて足利の果つべきや? 九条め、いかなる魔物を引き寄せたるぞ)




