24話
ーー足利義満ーー
「アリッ、、、ヤア、、、、オウ」
飛鳥井の門弟ら、一向に鞠を落とす気色なし。
「下男の衣は軽し」
「我が門弟、鞠水干なりとも落とさじ。殿と御隠居様の御前にて、かくも見苦しきさまを晒さんとは、、、」
「我らのみなる勝負の数合わせにてあれば、案ずるに及ばぬ。清岡が息女は、蹴鞠の心得ありや? 息女などと言うても、我らより四、五歳下なるばかりなれど」
「難波流、御子左流にも、さようの者は存ぜぬ」
「いささか御隠居の面目を立て置かば、事足りよう」
雅縁と鞠を蹴れば、たちまちに寒さを忘れぬ。
輿二つ着きぬれば、一同列なりて、御隠居を出迎う。黒き直衣を身に纏い、威風漂う姿に、雅縁畏まりぬ。
「九条様におかせられましては、かようなあやしき庭へ御出で遊ばされ、面目至極に存じ奉る」
「うむ、見事な鞠庭じゃ」
輿より出でし桐子に、思わず目を奪われにけり。白き水干に、鮮やかなる紅の袴。長き黒髪を掻き撫で、烏帽子を被りたり。
(静御前か。今さら白拍子などは古りたりと思えど、美しければ見事にこそあれ)
横目にて此方を見つつ、しづしづと通り過ぎぬ。
「おのれ! 殿へ向かいて何たる無礼をば致すか!」
「よせ、苦しゅうない」
詰め寄らんと踏み出す雅縁を引き留め、後ろ姿を眺むれば、足元のあやしきに目を留めぬ。くるぶしにて切り詰めたる長袴、縦ざまに裂け破れたれば、歩みたがうごとに白き足の露わに見ゆる。
「草履にて鞠庭を汚すなど、、」
「ほっほっほ、見逃してつかわせ。さようのことも一興じゃ」
(裂けた袴に鴨沓すら履かぬとは、何を思うての仕業か)
列なれる門弟の前にて歩みを止め、鞠を求めて手を向けぬ。黙して鞠を手にし、しづしづと鞠庭へ踏み込みたり。各々座に直らんと歩みつつ、皆桐子を見守りぬ。
(ほぉ、なかなかに見事)
「おぉー」
左足の捌き鮮やかに鞠を操れば、門弟ども目を見張りて、どよめき合うたり。
(見事なれども、この者、鞠の法を知らぬな)
足捌きの鮮やかなるに目を奪われつつ、各々座に直れば、御隠居、間に出で立ちぬ。
「余が見証に立とう。桐子殿、公方が勝ちならば、何れの望みも思いのまま、異存あるや?」
「よかろう、望みのままにせい」
「さらば、そなたの勝ちならば、何れを所望いたすや?」
「義満よ、妾に手出しあるな」
此方を凛と見据え、妖しき笑みを湛えぬ。
「殿の御諱を口に掛くるとは!」
雅縁が声に続きて、近習の満成、刀に手を掛け歩み出でんとせり。
「ここは鞠庭ぞ。鞠を以て勝負を決せん」
満成、渋々と下がりぬ。
(誰も彼も、憚りなく我が諱を呼びおるわ。たいそうなる自信よ。御隠居の妾になしたる後、我が手に落つるものを)
「法は単純なり。鞠を返し得ず、地に落とされたるを負けと定めん」
御隠居が下がるとともに、我らと桐子の間を広く開けたり。
「殿、上鞠を」
雅縁が申せば、満成、枝鞠を捧げて歩み寄りぬ。枝より鞠を解き、少し前に出でて、桐子に向けて大きく蹴り出したり。いささか逸れたる鞠をば危うげなく蹴り上げ、落ち来るを捌きて返せば、門弟の足元に見事に収まりぬ。門弟どもが二度三度蹴りて返せば、左右の足を違えつつ鮮やかに捌き、また見事に蹴り返しぬ。暫しの間、鞠の音のみぞ絶えざりける。
(良い、これがいずれ我がものとならんとはな)
御隠居も見証の役目をば忘れ、ただ一心に見入りけり。
「このままでは果ての見えぬこと。いささか難易を上げんとす」
雅縁が下知すれば、門弟、鞠に転しを懸けんと鋭く蹴り出しぬ。
「おぉ」
何事もなかりし如く、足元に鞠を収め、此方を真っ向より見据えけり。
「構えよ! パンッ」
桐子が一声放つや否や、鞠は元木(四隅に生えた4.5m程の木)を遥かに凌ぎて、空へと舞い昇りぬ。身を傾くれば、紅の袴より、長く白き足露わになりぬ。
「パンッ!」
「うっ」
目にも留まらぬ一足、一直線に門弟を襲い、受くる間もなくあらぬ方へ弾け、地を転がりて止まりけり。鞠庭、静寂に包まれぬ。
(これが蹴鞠と申すか?)
「これにて勝負は決したり。桐子殿の勝ちにこそあれ」
御隠居、いかなる故にか嬉しげに申せり。
「これにて仕舞いか? 態々ここまで参りたる甲斐なきことよ」
「わ、我らを七人に揃えられたるは、終に残りし者を勝ちと定むるためでは御座らぬか?」
雅縁、知恵を絞りぬ。
「はっはっは、よう気づいたな。さぁ、続きを致そうぞ」
土つきたる門弟、転がりたる鞠を拾い上げ、桐子に渡しぬ。
「広がりおれ。何としても蹴り上げよ」
門弟ども、元木の外まで広がりたり。桐子が緩う蹴り上げれば、門弟ども、鞠を次ぎ次ぎに回しぬ。
「それがしに!」
一人の門弟が声を放てば、それに向かいて鞠渡されたり。門弟、桐子が如くに身を傾けぬ。
「パフッ」
桐子が許へは渡らず、力なくひらりと地に落ちにけり。
「面目なし」
(鞠裂けぬよう、力の加減まで致しておるか)
桐子が一足ごとに、門弟ども、木の葉の如くに掃き出されたり。
「殿!」
最後の門弟、神仏の助けか、見事に蹴り上げぬ。雅縁が辛うじてこれを拾い、目前に落つる鞠に足を延ぶれば、桐子に向かいて飛びゆきぬ。
(越えてしまはむか?)
此方を向きつつ、さらりと後ろへ下がる桐子。頭を垂るる背に鞠消えぬと思う刹那、高らかに跳ね上がりぬ。身を起こしてもう一度蹴り上げれば、これまでとは違う方へ身を傾けたり。白き左足露わになりて、雅縁の右足を射貫きけり。
「左足を用いるなど法に背きておる。かようなもの、断じて蹴鞠とは認め申さぬ」
「鞠を寄越せ」
桐子に鞠渡りて、雅縁へ緩やかに蹴り出したり。
「左足を用いてみよ」
無情や、雅縁、あらぬ方へ蹴り上げにけり。
「はっはっは、右足しか操れぬか。法に縋らねば鞠も蹴れぬとは、難儀じゃのぅ」
雅縁、ただ無言にて鞠庭を後にし、満成が許へ歩み寄りぬ。制する気なき満成の刀に手を掛け、引き抜きぬ。
「し、静まりおれ、雅縁」
白刃をひらめかせ、ただ桐子を見据えて足を運びたり。御隠居がしづしづと桐子の前に歩み出でれば、護衛の者一人、息を切らして駆け寄りぬ。わずかな手の動きにてそれを制せば、護衛、傍らに構えたり。
「其処を退かれよ」
「飛鳥井如きが、九条を斬れるや?」
一瞬の静寂の後、刀に手を掛けたる護衛の、足を捻ぢたる音が響きぬ。
「み、見事なる舞であった! さぞや、雅縁もそう思うであろう?」
雅縁が刀、激しう震いにけり。
「ガシャッ、、見事であった」
雅縁が刀を手放せば、御隠居、門弟どもを見渡したり。
「何事もなかりしこと、よいな?」
桐子と御隠居が鞠庭を去れば、護衛の者、此方を向きつつ下がりぬ。
「はぁ、興醒めよ」
雅縁、地に伏したり。
「我が一門の不徳の致すところに候。面目次第も御座らぬ」
「構わぬ。何も失うてはおらぬしな。御隠居の戯れに興じたまでよ。満成、輿を寄せい」
輿に乗り込むまで、門弟どもは伏し続けにけり。傍らに付き従う満成と共に、人払いしたる小路を進みゆく。
「いささかは抗うて見せよ」
「斬り捨てられても詮なき不調法にて御座候」
「雅縁があと一歩進まば、斬られたりと思うか?」
「刀弾かれ手を放すのみにて、事はおさまるべきものなり」
「そなた、彼の者に敵うか?」
「近江の山には鬼が棲むと聞き及びて候。春や秋には、賊の屍まろび臥したるとか。恥ぢ入る次第ながら、多勢に頼みてのほか、刀を血に染めたることは御座らぬ」
(公家の目利き、よに計りがたし。何としても手に収めたきものよ)
「乱破を以て、白拍子を脅かしてみせよ。屋敷に出入りいたす男を斬り捨てなば、向こうより頭を垂れて参ろうぞ」
「御意に候」
(我に逆らう者も随分と減りにけるものかな。平氏も源氏も及ばざりし高みまで、登りつめて見せん)




