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神の遣い  作者: Moa
25/25

24話


ーー足利義満ーー


 「アリッ、、、ヤア、、、、オウ」

飛鳥井の門弟ら、一向に鞠を落とす気色(けしき)なし。

「下男の衣は軽し」

「我が門弟、鞠水干(まりすいかん)なりとも落とさじ。殿と御隠居様の御前(おんまえ)にて、かくも見苦しきさまを(さら)さんとは、、、」

「我らのみなる勝負の数合わせにてあれば、案ずるに及ばぬ。清岡が息女は、蹴鞠の心得ありや? 息女などと言うても、我らより四、五歳下なるばかりなれど」

「難波流、御子左(みこひだり)流にも、さようの者は存ぜぬ」

「いささか御隠居の面目(めんぼく)を立て置かば、事足りよう」

雅縁(まさより)と鞠を蹴れば、たちまちに寒さを忘れぬ。


 輿二つ着きぬれば、一同(つら)なりて、御隠居を出迎う。黒き直衣(のうし)を身に纏い、威風漂う姿に、雅縁(かしこ)まりぬ。

「九条様におかせられましては、かようなあやしき庭へ御出(おい)で遊ばされ、面目至極(めんぼくしごく)に存じ奉る」

「うむ、見事な鞠庭(まりば)じゃ」

輿より()でし桐子に、思わず目を奪われにけり。白き水干(すいかん)に、(あざ)やかなる(くれない)(はかま)。長き黒髪を掻き撫で、烏帽子(えぼし)(かむ)りたり。

静御前(しずかごぜん)か。今さら白拍子(しらびょうし)などは()りたりと思えど、美しければ見事にこそあれ)

横目にて此方を見つつ、しづしづと通り過ぎぬ。

「おのれ! 殿へ向かいて何たる無礼をば致すか!」

「よせ、苦しゅうない」

詰め寄らんと踏み出す雅縁(まさより)を引き留め、後ろ姿を眺むれば、足元のあやしきに目を(とど)めぬ。くるぶしにて切り詰めたる長袴、縦ざまに裂け破れたれば、歩みたがうごとに白き足の(あら)わに見ゆる。

「草履にて鞠庭を(けが)すなど、、」

「ほっほっほ、見逃してつかわせ。さようのことも一興じゃ」

(裂けた袴に鴨沓(かもくつ)すら履かぬとは、何を思うての仕業(しわざ)か)

(つら)なれる門弟の前にて歩みを止め、鞠を求めて手を向けぬ。黙して鞠を手にし、しづしづと鞠庭へ踏み込みたり。各々(おのおの)座に直らんと歩みつつ、皆桐子を見守りぬ。

(ほぉ、なかなかに見事)

「おぉー」

左足の(さば)き鮮やかに鞠を操れば、門弟ども目を見張りて、どよめき合うたり。

(見事なれども、この者、鞠の(のり)を知らぬな)

足捌きの鮮やかなるに目を奪われつつ、各々座に直れば、御隠居、間に出で立ちぬ。

「余が見証(けんぞ)に立とう。桐子殿、公方(くぼう)が勝ちならば、(いづ)れの望みも思いのまま、異存あるや?」

「よかろう、望みのままにせい」

「さらば、そなたの勝ちならば、何れを所望いたすや?」

「義満よ、(わらわ)に手出しあるな」

此方を凛と見据え、(あや)しき笑みを(たた)えぬ。

「殿の御諱(ごきい)を口に掛くるとは!」

雅縁(まさより)が声に続きて、近習(きんじゅ)の満成、刀に手を掛け歩み出でんとせり。

「ここは鞠庭ぞ。鞠を(もっ)て勝負を決せん」

満成、渋々と下がりぬ。

(誰も彼も、(はばか)りなく我が(いみな)を呼びおるわ。たいそうなる自信よ。御隠居の(めかけ)になしたる後、我が手に落つるものを)

(のり)は単純なり。鞠を返し得ず、地に落とされたるを負けと定めん」

御隠居が下がるとともに、我らと桐子の間を広く開けたり。

「殿、(あげ)鞠を」

雅縁(まさより)が申せば、満成、枝鞠を(ささ)げて歩み寄りぬ。枝より鞠を(ほど)き、少し前に出でて、桐子に向けて大きく蹴り出したり。いささか逸れたる鞠をば危うげなく蹴り上げ、落ち来るを捌きて返せば、門弟の足元に見事に収まりぬ。門弟どもが二度三度蹴りて返せば、左右の足を(たが)えつつ鮮やかに捌き、また見事に蹴り返しぬ。(しば)しの間、鞠の音のみぞ絶えざりける。

(良い、これがいずれ我がものとならんとはな)

御隠居も見証(けんぞ)の役目をば忘れ、ただ一心に見入りけり。

「このままでは()ての見えぬこと。いささか難易を上げんとす」

雅縁が下知(げち)すれば、門弟、鞠に(まわ)しを()けんと鋭く蹴り出しぬ。

「おぉ」

何事もなかりし如く、足元に鞠を収め、此方を真っ向より見据えけり。

「構えよ! パンッ」

桐子が一声放つや否や、鞠は元木(四隅に生えた4.5m程の木)を遥かに(しの)ぎて、空へと舞い昇りぬ。身を(かたぶ)くれば、紅の袴より、長く白き足(あら)わになりぬ。

「パンッ!」

「うっ」

目にも留まらぬ一足、一直線に門弟を襲い、受くる間もなくあらぬ方へ弾け、地を転がりて止まりけり。鞠庭、静寂(しじま)に包まれぬ。

(これが蹴鞠と申すか?)

「これにて勝負は決したり。桐子殿の勝ちにこそあれ」

御隠居、いかなる故にか嬉しげに申せり。

「これにて仕舞いか? 態々(わざわざ)ここまで参りたる甲斐(かい)なきことよ」

「わ、我らを七人に揃えられたるは、(つい)に残りし者を勝ちと定むるためでは御座らぬか?」

雅縁(まさより)、知恵を絞りぬ。

「はっはっは、よう気づいたな。さぁ、続きを致そうぞ」

土つきたる門弟、転がりたる鞠を拾い上げ、桐子に渡しぬ。

「広がりおれ。何としても蹴り上げよ」

門弟ども、元木の外まで広がりたり。桐子が(ゆる)う蹴り上げれば、門弟ども、鞠を次ぎ次ぎに回しぬ。

「それがしに!」

一人の門弟が声を放てば、それに向かいて鞠渡されたり。門弟、桐子が如くに身を傾けぬ。

「パフッ」

桐子が(もと)へは渡らず、力なくひらりと地に落ちにけり。

「面目なし」

(鞠裂けぬよう、力の加減まで致しておるか)

桐子が一足ごとに、門弟ども、木の葉の如くに掃き出されたり。

「殿!」

最後の門弟、神仏の助けか、見事に蹴り上げぬ。雅縁が辛うじてこれを拾い、目前に落つる鞠に足を()ぶれば、桐子に向かいて飛びゆきぬ。

(越えてしまはむか?)

此方を向きつつ、さらりと後ろへ下がる桐子。頭を垂るる背に鞠消えぬと思う刹那、高らかに跳ね上がりぬ。身を起こしてもう一度蹴り上げれば、これまでとは違う方へ身を傾けたり。白き左足露わになりて、雅縁(まさより)の右足を射貫(いぬ)きけり。

「左足を用いるなど(のり)(そむ)きておる。かようなもの、断じて蹴鞠とは認め申さぬ」

「鞠を寄越せ」

桐子に鞠渡りて、雅縁へ緩やかに蹴り出したり。

「左足を用いてみよ」

無情や、雅縁、あらぬ方へ蹴り上げにけり。

「はっはっは、右足しか操れぬか。法に(すが)らねば鞠も蹴れぬとは、難儀じゃのぅ」

雅縁、ただ無言にて鞠庭を後にし、満成が(もと)へ歩み寄りぬ。制する気なき満成の刀に手を掛け、引き抜きぬ。

「し、静まりおれ、雅縁」

白刃をひらめかせ、ただ桐子を見据えて足を運びたり。御隠居がしづしづと桐子の前に歩み出でれば、護衛の者一人、息を切らして駆け寄りぬ。わずかな手の動きにてそれを制せば、護衛、(かたわ)らに構えたり。

其処(そこ)退()かれよ」

「飛鳥井如きが、九条を斬れるや?」

一瞬の静寂(しじま)の後、刀に手を掛けたる護衛の、足を()ぢたる音が響きぬ。

「み、見事なる舞であった! さぞや、雅縁(まさより)もそう思うであろう?」

雅縁が刀、激しう震いにけり。

「ガシャッ、、見事であった」

雅縁が刀を手放せば、御隠居、門弟どもを見渡したり。

「何事もなかりしこと、よいな?」

桐子と御隠居が鞠庭を去れば、護衛の者、此方を向きつつ下がりぬ。

「はぁ、興醒(きょうざ)めよ」

雅縁(まさより)、地に伏したり。

「我が一門の不徳の致すところに候。面目次第も御座らぬ」

「構わぬ。何も失うてはおらぬしな。御隠居の(たわむ)れに興じたまでよ。満成、輿を寄せい」

輿に乗り込むまで、門弟どもは伏し続けにけり。傍らに付き従う満成と共に、人払いしたる小路(こうじ)を進みゆく。

「いささかは(あらが)うて見せよ」

「斬り捨てられても(せん)なき不調法(ぶちょうほう)にて御座候」

「雅縁があと一歩進まば、斬られたりと思うか?」

「刀弾かれ手を放すのみにて、事はおさまるべきものなり」

「そなた、彼の者に敵うか?」

「近江の山には鬼が()むと聞き及びて候。春や秋には、賊の(かばね)まろび()したるとか。恥ぢ入る次第ながら、多勢に頼みてのほか、刀を血に染めたることは御座らぬ」

(公家の目利き、よに計りがたし。何としても手に収めたきものよ)

乱破(らっぱ)を以て、白拍子を(おびや)かしてみせよ。屋敷に出入りいたす男を斬り捨てなば、向こうより頭を垂れて参ろうぞ」

「御意に候」

(我に逆らう者も随分と減りにけるものかな。平氏も源氏も及ばざりし高みまで、登りつめて見せん)

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