23話
ーー九条経教ーー
風もなく、日のさしあたたかなり。乾ける庭にて、護衛ども汗を流したり。
「次!」
左馬之助、また一人を地に転がしぬ。
「パンッ、カッ、ドッ」
「ぐうぅ、、」
「同じ手ばかり食らいおる、次!」
(来たり来たり)
木刀の先、触れざる間合いにて、睨み合う。皆、九兵衛の息遣いに心寄せたり。息を吐く途次に、九兵衛仕掛くる。
「カッカッパンッカッ、パンッ」
(ほぉ、ついに振り向きざまの斬りに応えしや)
再び向き合いて、息つく間もなく左馬之助、仕掛けたり。
「パンッパンッパンッ、カッ、ドッ」
一方的に攻められ、九兵衛蹴り飛ばされぬ。追い打ちをかけんと近づきし左馬之助、たちまち後ろへ跳び去りぬ。伏しつつ木刀をかざし、笑みを浮かべたり。
(あえて蹴られしや。いとをかし)
「これにても勝てぬか」
「その意気や壮。相手の刀を制するとは、かくのごとし」
(そのうち一本取りそうじゃな)
「大旦那様、、、」
下女、恐る恐る声を掛けきたり。
(またか。あと少しなれば、待たせてもよかるべし)
「済まぬな、そなたの故にあらず」
「神祇の吉田様、参り給いぬ」
(おぉ、兼煕や)
「此方に通せ。湯と衾もな」
好き加減に冷めし湯を呑み、手を温めたり。
「遅ればせながら、新年の御挨拶、奉り申し上ぐ」
兼煕、伏して申したり。
「そなたの心遣い、嬉しきことよ。今しがた合戦するところじゃ。共に眺めようぞ」
下女の置きたる円座に座し、膝に衾を掛けたり。
「忝い。二対四にて御座りまするか?」
「二人を相手にし得ば、三人も四人も同じことだそうな」
二つに分かれたる護衛ども、向き合いたり。左手奥に左馬之助、手前に九兵衛、やや間を隔てて立ちたり。四人が仕掛くると見せかけて、二人、先だちて斬りかかりぬ。
「カカッパンッカッ」
残りの二人、突きを差し込まんとすれば、九兵衛、苦し紛れに後ろへ跳び退きけり。左馬之助、巧みに所を入れ替え、奥の二人、刀振るえぬところを叩かれたり。残る二人も背後より叩かれけり。
「また下がりおる」
「此度は突かれざりしぞ」
「また一度!」
九兵衛叩かるる時もありつつ、四人、根を上ぐるまで続きぬ。
「すばらしき稽古にて候。武道を眺むるも、いとおもしろきことなり」
「然うじゃろう? 京に興なし。老いたる身、案ずる言を述べども、腹の内透けたる者ばかりなり。武家に関わりて、なお一層酷くなりぬ。良基の如くさらに踏み込みば、皆黙るかのぅ」
「しばし耐え給いたく存じ奉る次第なり。清岡家の桐子殿のため舞台を拵え、家格を半家に昇格せよと、殿より仰せ仕り候」
「かっかっか、昇格じゃと? 止めよ。公家どもにとやかく言わるるは、この儂ぞ」
「昇官に改め候」
「うむ、桐子殿は京の舞台を引き受けたるや?」
「それが、、、父上を通じても辞され、使者を遣わせども辞され、某も参りたりけれど、’公家如きに見さす舞など無き’と申したりけり」
(あの者らしき物言いよ)
「儂より頼んでみむ。あれほどの者が民の語り草にて終えるは、惜しきことなり」
「忝う存ず」
(冥土より見よ、良基。観阿弥だの世阿弥だの。静御前すら、彼の者には敵わぬなり)
騒がしく人や物の行き交う千本通より東に一本入りぬれば、小さからぬ屋敷ども、立ち並びたり。屋敷の下男下女と時々すれ違いつつ、静かなる道を歩みけり。
(武家、寺社、商人。高き塀にて、外より分からぬようにしておるや)
「此方に候」
「御苦労、事足れり」
兼煕の用意せし道案内、礼して立ち去りぬ。門の前にて塀の続きを眺めれば、他の屋敷に勝りて大きに見ゆ。扉を開け中に入りぬれば、塀との間広がりて、木や石を並べ得べきさまなれど、何も無き。
「誰ぞ、在るか?」
左馬之助、声を出づれば、戸開きて柳見えたり。
「、、御隠居様、よくこそおいでなされました」
うろたえつつ、礼をなしけり。
「桐子殿はおはすや?」
「此方へ、いざおはせ」
「そなたら、此処にて待ちたれ」
左馬之助と九兵衛を待たせ、柳に付き従いて屋敷を回り込みぬれば、さらに広き庭ありけり。
(此の面にも、何も無き)
「姫様、御隠居様参り給いたり」
「開けよ」
くぐもり声に従いて襖開けば、幾重にも重なる衾に埋もれ、顔半ばを出ずる桐子、横たわりぬ。
「ついに此処まで来ぬるか?」
「ほっほっほ、京の舞台を辞しておると、聞こえしことなりや?」
「舞う由無し」
「半家への昇格にても足りぬや?」
「よう見てみぃ、足りぬ物など無き」
「そなたの申す通りよ。然れど、公方も執念し」
妖しき目にて此方を見据えけり。
(折節、身の毛立つ目をしよる)
「はっはっは、よかろう。妾と勝敗を競いて勝てば、汝等が望み、何れも叶えん」
「何れもや?」
「何れもよ」
妖しく笑いけり。
「ほっほっほ、して、何を競はん?」
「蹴鞠ならば、楽しきや?」
(義満の長ずるところ、知らぬげなり)
「然れども、蹴鞠は勝敗を競うものに非ず。何を以て、負けと為すや?」
「鞠を渡すに及ばず、地に落とさば負けじゃ」
「いかほどの人にて競うや?」
「妾は独りにて足る。汝等は七人して懸かれ」
「七対一とな! かっかっか、いとをかし」
(飛鳥井の門弟に敵うまじ)
「時と所は任す、人払いせよ」
「そなたの心変わらぬ間に用意せねば。昼寝を障りしたり、許されよ」
「重き装束は相手にならず。軽やかなる衣を着よ」
(たいそうなる自信かな)
「心待ちにせん。さらば、これにて」
呆れし柳を背に、屋敷の入口へ向かう。
(あと十、否二十、若かりせばな)




