22話
ーー足利義満ーー
「しかして、謁見は急がずともよい。いずれ大覚寺の方より、申し出があろう」
「然らば、そのように致しまする」
三ヶ夜続きし内侍所御神楽を終え、三種の神器、京に戻りたり。
「伊勢守に御座います」
「入れよ」
兼煕と語り終えし直後にて貞行、折よく来たり。
「失礼仕り候。後ほど参り申す」
「待て貞行。今しがた語り終えしところよ」
入り来たるや、兼煕に向かいて平に伏す。
「此度の大役、誠に見事に御座候」
「いやはや、我は大した事を致しておらぬ。御隠居様が吉野へ参られませぬれば、成し得ざりしと存ず。輿に詰めて連れ来たりし伊勢守こそ、勲功の者なり」
「我が不徳の致すところにて候」
再び頭を垂る貞行を眺めつつ、二人して笑いけり。
「分かりておる。あれは九条の当主の仕業よ。されどな、御隠居もいらぬことを致しおるわ」
「ひと月にて、すべて終わりしものと存じ候」
「楠木と北畠は諦めておらぬ。御隠居が’足利を討つべし’と申したと聞く」
「それは、、、大胆にて候な。吉野方の総大将と伊勢国司の兵力は健在なりと」
「神器さえ戻せばよしと、確かに申したりしがな。大覚寺に手出しも叶わぬ故、人質としては用い得ず」
「火種、未だ消えず候か」
「焚きつけたるが如きものよ」
「持明院様も騒がしきことと聞き及び候」
「御隠居が絡みおること知りたるも、九条と争うわけにはいかぬ。我ばかり責めらるるもまた、公家の術なるや?」
「御隠居様曰く、’公家には興、必要なり’と」
「ふふっ、そなたも二条家にて家司を仕りしほどのことはあるな。貞行、これぞ公家よ」
「恐ろしゅう御座いまする。興と申せば、白拍子につきて粗方調べつき候」
「聞こう」
「菅原氏高辻庶流の五条庶流、地下家の清岡家に生まれ、兄弟は現当主の兄一人のみ。千本通を北に、船岡山の傍らにて先代である父と住み入り候。三十路近くにて未だ婚姻なく、旅の護衛に雇いし男、出入りする由に候」
「地下家にて、あの辺の屋敷に住み居るや?所領は如何なる?」
「清岡家の所領とは分かれており、舞の手当のみには足らぬものと存じ候」
「どこぞの妾や?九条は如何なり?」
「御隠居様は、護衛すれども、旅に付き従うのみと申され候」
「ふむ、まぁよい。御隠居の此度の働きに報いんがため、盛大なる舞台を用意せん。清岡の家格も半家に上げ申すべし」
「家格を上げんとするは、前例を見ず。容易き事には候はず」
「半家の一つすら増やせぬや? 高辻も五條も、庶流の身上らば喜ぶべし」
「、、、御意に候」
兼煕、席を立ちし後、貞行と政につきて語り合いけり。
ーー弥太郎ーー
僧堂にて、皆で机に向かいて写経する。
(弓、尓、太、ろう?)
「’ろう’が書けぬ」
「もう一度見ておれ」
隣に座りし琳海が手本を見せる。
「こうで、こうで、こう。右は一、二、三で書くのだ」
真似て幾度も書いた。
「ちと楽な字にならぬか?」
「はっはっは、慣れればそう難くない。それに、名は願いの込められたるものなり」
掛海のみが笑っている。
「拙僧は三郎と申した」
「我も五郎」
「同じく次郎」
「拙僧も太郎と申した。弥太郎のみ一字多く、羨ましき」
永海、山海、照海に続き、琳海が不満げに申す。
「法名があるではないかや。弥の字は、’最も’や’ますます’という、めでたき意を持つなり。そなたの’はんえい’を願い、名付けたのであろう」
「はんえい?」
「家、家族やその周りを大きくするという意なり」
「おっとぉも村も無くなったぞ?」
皆が筆を動かし始めた。
「ま、まぁ、願いは叶わぬことも多きな。されど、思うままにならぬとて、悪行をなしてはならぬ。次の生は畜生道にて苦しむこととなろう」
「獣は嫌いか?」
山海と永海が横目にて此方を見る。
「弱き者は強き者に食われる厳しき世なり」
「獣も人と変わらんじゃろう?」
「いかにして、かく思うや?」
掛海の目が鋭い。
「狐の母は、子が飢えぬよう狩りをする。して、子が飢えぬよう狩りの術を授けるのじゃ。草が食えぬなら、肉を探すだけじゃろう?」
唸りつつ思い入る。琳海が不安げな顔をした。参詣人の声聞こえ、掛海が立つ。
写経を終え、琳海と二人にて僧堂の床を拭く。
「弥太郎の父上は何に生まれ変わりしと思う?」
「さぁ、何でもよかろう」
「生まれ変わりても、すぐに食われてしまうやもしれぬぞ?」
潤んだ目で此方を見る。
「兎も鹿も、母がすぐ気付きて逃げてしまうわ。肉を食らうは楽ではないぞ」
「かぁも、とぉも獣に生まれなばと恐ろしゅうて、、、」
こぼれる涙を拭う。
「皆それぞれに生きておる。どこか遠くにて、人には食らえぬ草を旨そうに食らうておるじゃろ」
「弥太郎の申す通りだな」
鼻をすすりつつ笑い、また床を拭き始めた。
(人の身はそれほど良きものだろうか)




