20話
ーーいと/柳ーー
「ただ今、戻り参りました」
「大事はなかりしか?」
御主人様の座敷にて、旅の由を申し述べる。ふと隅に目をやれば、見慣れぬ焼き物が置かれていた。
「こ、これはな、市にて安く売られておりしゆえな、、、」
懐より割符を取り出す。
「掛け売りと一月分の費えに御座います」
居ずまいを正して割符を畳の上に置き、押し出した。
「いつも済まぬことよ」
顔をほころばせ、手に取る。
「も、もう少しばかり、何とならぬか?」
「姫様にうかがいてみん」
「いや、桐子にはの、上手く伝えてくれ」
「承知仕りたり」
座敷を後にし、土間へと向かう。散らかりし台所を伊助が整えていた。
「下女を雇うべき銭まで使い果たすとは」
「食材もほとんど何もなし」
「はぁ、掛け売りにて飢えをしのぐなど」
二人にて片付け終えし頃、与吉が輿を担ぎし二人の男と共に来た。手際よく輿より物を出し、台所へ運び入れる与吉らに置く所を指し示す。男らを見送った与吉が甕の蓋を開け、匂いを嗅いでいる。
「たまには夕餉をご馳走くれぬか?」
「早うお行き。おかみさんに叱らるるよ」
「ではでは、また明日な」
不満げに裏口より立ち去った。
「たまには良きではありませぬか?」
「かような良き物ばかり食せば、姫様のごとくなりてしまうわ」
(根のもの、葉物、白き米に醤、味噌。いずれも日々食せる物にあらぬというのに)
米を炊き、汁は濃い目に仕立てた。
「お味のほど、如何にて御座いましたか?」
「まずまずじゃな」
「別の具材にいたすほうがよろしきや?」
「ふっ、まだ気にしておったか」
歯の隙間に爪を立て、衣で指を拭く。
「採れたての地の物に勝るものなどあるまい。魚を捕りてより京まで、幾日かかると思うておるのじゃ?」
「では、この献立にてよろしゅうござりまするな?」
「今までの下女どもに比すれば、よくこしらえおるな。つつじ屋のたまなどは、’食えればよろし’と言い捨ておったわ」
「かねてより気にかかっておりましたれば、あそこの主人にお会いしたことがござりませぬ」
「与吉は鶴屋におるぞ」
「与吉?割符屋にござりまするや?」
「あの家の男は皆与吉よ。いつも取りに行っておるじゃろう?」
「そういうことでありましたか。先の家では割符に触れることなどなかりしゆえ。そういえば、御主人様のことにて御座いますが、、、」
「割符を出せ」
懐より取り出し、姫様の前に置く。一枚を手に取り、座敷を出て行った。
(ただ渡すことなどあろうか)
「き、桐子、よせ、やめるのじゃ!」
何かが割れる音。何事もなかりしごとく、姫様が戻ってきた。
「よろしきや?安からぬとお見受けしましたが」
「焼き入れが足らぬわ」
(焼き物にまで詳しきとは)
身を横たえんとする姫様のため、膳を片付ける。
ーー永海ーー
寝支度を整えし後、山海と共に掛海様の居間へ向かう。弥太郎と山へ入り、疲れが身に堪え来る。大きめの麻袋一杯に栗を拾い、指が赤く腫れおる。
「答えが出たと思うておるか?」
「ますます険しき様に見ゆる」
夕の勤行も山海に任せ、居間に戻られたり。
「山海と永海に御座います」
「入られよ」
山海と並びて座る。
「あの者は獣の頃の記憶を有つと申すそうなり」
「菩薩なりしか!」
驚く山海を宥めつつ、右平次様との語らいを述ぶ。
(弥勒菩薩までおはすとは)
夢幻のごとき話にて、山海が黙りぬ。
「永海、高野山にて修行して参れ」
「お大師様も下生なされしとぞ?」
「何事か起こりつつあるやも知れぬ」
「時宗聖のごとく、銭に目くらみておるからなり。かくのごとき所へ、永海を遣わされるや?」
「そなたよりも、つつがなくこなすであろう」
「乱闘の騒ぎを起こすようなことはあるまじ」
山海が此方を睨む。
「学侶として十分に成し得るよう教え来たつもりなれど、明日よりいささか厳しう教えよう」
「年明け頃になり申すか?」
「否、春に神様に御逢いし、事の次第を問うてからなり。何を仰せられようとも、準備だけはしておかねばならぬ」
「畏まり申した」
山海と居間を後にす。
「聖方が教えに背くゆえ、かくなるのなり」
「まだ然ると決まりしわけにはあらぬ」
「あやつらのごとく、安易なる信仰に染まるるべからず」
煩き山海を無視し、僧堂に入ればすぐに筵に横たわりたり。
「明日はまた栗を食うべしや」
琳海が嬉しげに何やら呟きておる。
「然うだなぁ」
「くふふふふ」




