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神の遣い  作者: Moa
19/29

19話


ーー右平次ーー


 「あの者、童にては御座いませぬな?」

座敷にて威ただよう和尚と向かい合う。

「、、、確かに、童とは思えぬものなり。和尚は如何(いかが)見ておられるか?」

「観音菩薩にてあらせらるると思うなれど、やや(たが)う気も致す」

「聞き及びしことはあれど、菩薩とは如何なるものか?」

「本来の意味は修行者すべてを表すなれども、簡単に申せば、悟りに近き修行者なり。されば、それらは神通力を用いて行うこと叶い、六道にて迷い苦しむ人を救済しておられることなり」

「神通力とは?」

「空を舞い、水面を歩き、聞こえざる声を聞き、他人の心を見通す力のことなり」

「空を舞うことはあらずとも、鋭きことは確かにあり」

「そして名高き菩薩にてあらば、自他の前世を知り、輪廻転生の未来を見通すことも叶うなり。あの者が山にて迷わず、苦しむ母を救わんとするは、その力によるものにあらずや?」

(輪廻に詳しき者に、隠すこと(あた)わずか)

「弥太郎に関し、ことごとくを明かさざりしこと、誠にお詫び申し上げ奉る次第にて候」

居ずまいを正し、(こうべ)()る。

「よろしきことなり。我らを見極むる時もまた、必要なるべし。それでは、どうぞお聞かせくださいませ」

和尚の口元が微笑む。

「弥太郎は遠く北の山から参りし獣に御座います。人の身は此度(こたび)が初めてと申しており、先には、狐、兎、鹿、鼠としてこの世に在りしと。そして北の山にも獣や木の神様は幾つもおはし、助けを受けたと申す」

目頭に手をやり、深く思い入る。

「前世を知ることは心得たり。されど、何故に、毎度の生で神々がおはすのか理解できませぬ。地獄道に()る母を救わんがため、子に観音菩薩が宿り、それを地蔵菩薩が御告げにて導き給うものと考えておりけり」

「前世にては、ただの獣となりて筋も通らず」

「神々は実のところ一柱にあらずや?真言密教において、菩薩は大日如来の一部を顕現(けんげん)せしものと伝えられたり」

「爺らは皆優しいと申しておりましたが、菩薩同士の間にて正体を(いつわ)ると?」

「菩薩も多くおはしけれど、、、」

物思いに沈みつつ、つぶやき声もれぬ。

「教えに(たが)える話なれど、弥勒(みろく)菩薩にてあらば、、、」

「いかなる菩薩に?」

「お釈迦様の次に仏陀と成らんことが約せられ、教えに()れば五十六億年の後、天界から下生(げしょう)されると申す。空海様も弥勒菩薩と共に下生しまし、衆生(しゅじょう)、つまりすべての人々を救済し給うと。その時に至るまで、現世に仏がおられぬ故に、お地蔵さんと親しまれおはす地蔵菩薩が六道を巡り、衆生を救済し給うなり。時も所も異なりて下生しましし弥勒菩薩がため、地蔵菩薩が正体を明かさずして導きおはすやもしれず」

「自らが何者なるか覚えおはせぬと?」

「お釈迦様もかくの如くおはしたなり。生まれるや否や七歩を歩み、右の手にて天を、左の手にて地を指し’天上天下唯我独尊’と()かれた後、過去世を忘れおはし給いしなり。約三十年を王子として過ごし給いし後、ことごとくを捨て出家し、六年にして悟りの境地に至り給いおはしたなり」

()らば、弥太郎は既に悟り始めおるにあらずや?」

「天界にて何事か起こりしやもしれず。あるいは、仏法にては説き明かし得ぬことやもしれず」

神道(しんとう)の方にてこそ、よく道理に通ずると?」

「神道ならば何事もあり得ましょう。されど、認めまじきことなり。この世の苦しみも不条理も、ひたすら受け入れろと申されるがごとし。神がおはしますなら、何処(いずこ)かに救いもありましょうや?」

和尚の目が力強く訴えかける。

「神様に問うよりほか、道もあらず。春となれば、弥太郎も応じ給うべきことなり」

和尚の肩より力抜け、静まり返る。



ーーいと/柳ーー


 京の町に着く。通りで姫様と別れ、見世に向かう。建ち並ぶ見世の端、人々の目に留まらぬ小さき見世に立ち寄った。

「柳殿!ようやく帰ったか」

見世番の与吉が笑みをもって迎える。

「おかみさんはおはしますや?」

「呼んで参る」

慌ただしく見世の奥に消えた。雑然と連なれり、様々なる品どもを眺む。

(~つつじ屋~、何を売らんとするや、さっぱり心得ぬ。ほかに人の立ち寄りたるを未だ見ず)

「無事戻ったかい?」

見世の奥より、体つきふくよかなる女将が(あらは)る。

「他の者には、さまざまのことありしかど」

「さても、姫様は高笑いせしや?」

「伊助などは他の護衛に痛めつけられたり。姫様が刀二本を帯びさせ給いしにより」

「それほどのことなら、まさに幸いよ。あたしの頃は月なき夜に、三人で山越えしたからね」

やや隔てたる所より、与吉が耳をそば立てて聞き入る。

「宿などはいかに致し給いけるや?」

「姫様もさらに()でたくてねぇ、宿にも飯にも困らなかったよ。そうそう、これ取りに来たんやろ?」

懐から取り出さるる布を受く。開けば様々なる額の割符(さいふ)が十枚。

「御主人様には早まって渡すんじゃないよ。言われれば、少し足らぬものを選びな」

(かたじけな)い。気に()かりて、姫様は刀を振るい得るや?」

「うーん、まぁ振るうやろうねぇ。朝方、返り血にまみれて帰り来たることも幾度かありし。ただ、聞けども明らかに答えず、うちの旦那も姫様のことは語りたがらぬわ」

「刀を振るい得ば、我も旅に付き行けるか?」

与吉が目を大にして話に加わる。

「年ごろになりて、姫様の目に叶はば」

「よしておくれ、親子しておかかりするなど」

「かぁ、道場に入らせておくれ!」

深き息をつくおかみに頭を下げ、見世を後にした。

(知るほどに、姫様は不思議なる御方なり。かくのごとき財をかつての仕え人夫婦に託しきるとは)

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