11話
ーー節ーー
日も傾き、通りを行く人も疎らになる。見世を仕舞い始めると小さき甕を持った右平次が来た。
「漬物屋の主人が’節殿が呼びおるぞ’と申しておりましたが、いかにせしや?」
「いかにせしや?じゃないよあんた。薄き粥を漬物で誤魔化そうってかい?」
「、、、銭はしかと渡したでござる」
「児二つ抱えて使い尽くすわけないじゃないか。お前さんがために上質の筵を設けて、みすぼらしき姿で粟と稗を買ったんだよ」
右平次は目を伏せ、深く息を吸った。
「、、、上衣のみなりても直ちに買いて参ります」
「お待ち、あたしらがことごとく済ましたよ。今日よりおこわだから朝餉も共にしておやり。お前さんがなければあの子が粥を食うことになるからね」
「忝い。後にてお支払い仕り候」
深き礼をして足早に去る。
(一度なりとも抱けば、昔の女など忘れるだろうに)
「歯がゆいねぇ」
ーー右平次ーー
「右平次でござる」
筵戸を捲ると米の匂いがする。竈の前に立つ清は目が合うと慌てて床に伏した。
「面目もございません。何卒お許しくださりませ」
家の内を見回すと新しき草履や衣、麻袋、根のもの、竈の上の甑が湯気を上げている。
(これほどまでに節の手際が良いとは)
「頭を上げてくだされ。もはや銭は心配無用でござる。この家を清殿のものと致すことも叶うのです」
「ま、まことですか?」
顔を上げた清の頬に涙が伝う。遠く隔たりし女を思い出す。
(「右平次」)
「様。右平次様?」
「いや、あ、漬物を買いて参りました。切り分けてくだされ」
清を立ち上がらせて甕を渡し、弥太郎の方を向くと目が合った。心を見透かすがごとき鋭さで身に寒気が走り、目を逸らした。
「程なく出来上がりますゆえ、、、」
弥太郎が赤子に目を向けた隙に近寄り、そっと腰掛ける。
(今宵よりこの者の傍にて寝ねばならぬのか)
米を前にした弥太郎は並みの童であった。清はおこわを粥にして赤子に食べさせている。
「よろしければ、朝餉も共に致しませぬか?米はそれがしがしたためる故」
「左様に致してくだされば」
「明日も米が食えるのか?」
「よう食ろうて大きゅうならねばな」
「栗が落ちるのを待たなくてよいのか」
「栗と米を共に食らうと旨いぞ」
「楽しみじゃ」
弥太郎が子供のように悦ぶ。
「読み書きを教えんがために、弘法院に通わせてはいかがでござろう?」
「寺に出すのですか?」
「いえ、昼の間のみて寺で学ぶのでござる」
「坊さんの頭にするのか?」
「したければ、せばよかるべし。読み書きならぬ者は百姓にてしかあらぬ。米が食いたかろう?」
「うむ、米じゃ」
(食物にて誘き寄すほかあるまじ)
ーー足利義満ーー
「伊勢守に御座います」
「入れよ」
襖が開き、入り来たる貞行が面前にて平に伏す。
「見出だされしや?」
「御隠居様は小浜からの帰路にてあらせられます」
「かくも大事な時節にいかなる用向きで小浜なんぞに?」
「それが、、、ある白拍子を追いかけておはしますようで。座の列に紛れ、近江、長浜、敦賀と旅を」
「戯れおって!九条家の家長たる者が何を致しおる」
「十一代目に家督を譲りて久しく、実務に差し支えなからんと存じ候」
「そちは公家を心得ておらん。この五年にて鷹司、近衛、二条と順に長老が世を去り、一条は家を立て直す最中。五摂家の内、あの爺より朝廷を知る者はおらぬ。輿に詰めてにても連れて参れ。兼煕にてはこの約、纏めきれぬぞ」
「斯様な御仁に?」
「表には姿を見せぬが、公家の連中が最後に頼むはあの者よ」
(三種の神器を取り戻さば、両統迭立などいかようにも相成るであろう)
立ち上がり襖を開け、庭に咲く葛のしぼみたる花を眺む。
「次の春にはさらに花を咲かせようぞ」
目立たぬ薄の花が風に揺れた。




