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84.温かい


「グランドマザー、お疲れでしょう。後は俺たちにお任せください」


 協会に設けられた食堂の厨房で、上級狩人であるクンツァイトがあくせくと働いていた。


「何言ってんだい! 皆辛いって時に、あたしが休んでどうするってんだい」

「流石に、朝からずっと働きづめの人を放ってはおけませんよ」


 外は、もう随分と暗くなっている。

 それでも、先の魔女による大被害の処理に追われて皆、精神的にすり減っているのだ。


 仕事や訓練や、ぐちゃぐちゃになった感情をどこかにぶつける。


 皆、していることはそれぞれだろう。


 休む時間があったとしても心の奥底までは休まらない。


「それで言ったらあんただってそうだろう。休みな」

「いえ、俺は平気です」

「…………そうかい」


 クンツァイトは部下に対して、一つ、睨みをきかせる。


「あんただって知ってんだろ? あたしゃ家族を魔女に殺された。ここに居る連中だって、そういうやつは少なくない」

「ええ」

「あたしゃね、皆のよりどころでありたいのさ。飯を食って上手いと思わせたい。温かいと思わせたい。ちっとは、誰かにとって、ここにいてもいいんだって思えるような居場所でありたいんだよ」

「……ええ」

「あたしは失った!」


 小さく力強く言い放つ。


「家族をね……」


 しかし、続く言葉は穏やかで。


「思ったよ。同じ思いの人間がいっぱいいるんだろうってね。だからここに来た。皆の突き進むべき道を指し示す、光であるためにね」


 その内に秘めた思いを再度、部下へと伝える。

 それに対し、部下は一人息を吐く。


「だとしても休むべきです。普段ならご自分で体調管理もできるでしょう」

「……そうだね。わたしも疲れてるのかね?」

「おそらくは」


 部下に普段との違いを指摘され、ふとクンツァイトは我へと戻る。

 どんなに、気持ちが滾っていても人は休まなければ倒れてしまう。


 それも、ずっと厨房の中を行ったり来たりしていれば尚更だろう。

 熱に宛てられ、重い鉄鍋を振るい、時間を把握し、適時動き続ける必要があると来た。


「グランドマザー、貴方が戻って来た後に俺も休みます。なので先に休んで下さい」

「……わかった。ありがとね」

「いえ」



 ◇



 クンツァイトは休憩に入ったというのに、やって来た狩人たちの元へと回って声をかけていく。


「おう、あんた。五体満足で帰ってこれたみたいで何よりさ!」


 とある狩人には無事に生きて帰ってこれたことを喜び、元気に話す。


「あの子の件は残念だったね……今は一人になりたいかもしれないけど、何かあったら声をかけておくれ。いつでも力になるからね」


 ある狩人には、仲間の死を共に悲しみ、慰め、励ましの声をかける。


「ははっ! そりゃあたしゃまだまだ現役よ!」


 クンツァイトが生きていることに対して喜んでくれる狩人に対しては、明るく、絶妙なラインで茶化すようにふるまってみせる。


「ああ、そうだ。この前はありがとうね、あの時は凄く動きやすかったよ。ええ? 何だって? そりゃあんたのせいじゃないよ」


 先の戦いで、サポーターとしての仕事を十分にこなせなかったと嘆く者には、以前共闘した時のことを引き合いに出し、元気付ける。


 ふくよかで、温かで、厨房に立っている姿がよく似合う。

 それでいて、なんの経歴もないのに、上級狩人に上り詰めることが出来る実力者と来た。


 人が死ぬ。人だと思っていた者が魔女へと変わる。仲間が死ぬ。自身の体が吹き飛んでいく。

 そんな凄惨な日常の中で、彼女の存在は多くの狩人にとっての支えの一つになっていた。


「グランドマザー!! しっかり休んでください!」


 厨房に入っている狩人は全員彼女の部下に当たる者たちだ。

 と言っても、協会の仕組み上では部下なるものは存在しない。

 あるのは等級くらいだろう。


 そういった上下関係は元々、共に動いていた者や、こういった何かを共に作る場所などでよく用いられている。

 と言っても、それらは強制ではない。


 あくまで、それが慣れている者、あるいは、相手を強く慕っている者たちが勝手にそうしているだけに過ぎない。


「これでも休んでるよ!!」


 クンツァイトにとってそれは、そう悪い気持ちがするものではなかった。

 それに尽きるだろう。


 だから、自身を慕う人物に対しては優しく接し、上司として見てくる人物には時に厳しく、気楽に接する。

 ただ――


「グランドマザー! それを休んでいるとは言いません!!」

「あんまり厨房内で叫ぶんじゃないよ!!」


 「グランドマザー」そう呼ぶように指示しているのは、彼女自身であったりもするのだが。

 ともあれ、彼女の周りはいつもどこか暗い雰囲気に満ちた日常すらも、笑顔になる。


 だから皆、彼女がいる食堂へと足を運ぶのだ。


「全く……」


 クンツァイトはため息を付く。

 傍からすれば、どの口がである。


「もう暗いってのに、随分と元気にやってるじゃねえか」

「ん? クオーツじゃない……アグス!! 元気にしてたかい?」


 そして、そんなやり取りの最中に現れたのは、クオーツとアグスだった。

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