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82.どの口が言うのやら


 肌寒い風が吹く。

 髪が揺れる。


 なんの変哲もない。

 いや、それが当たり前になってしまった、風化した街に溶け込むようにして、ヒュースとフランクウッドは話をしていた。


「ヒュース、何処へ行っていたんだい?」


 その問いにヒュースは俯きながら、まるで叱られしょんぼりとした子犬の様に、自身の答えを口にする。


「……ドルクさんの所です」

「よろしい……」


 その素直な返答に、フランクウッドは少し、バツが悪そうにする。


「なんで、あまり戻ってこないんだ?」

「……気づいた頃にはいつもこんな時間で、ドルクさんに泊めていただいていました」

「そうか……」


 「それでいいと思っているのか」そんな言葉を吐くのが良いのだろうか。

 フランクウッドは言葉に詰まる。


 果たして、それが正解だとして、自身にそんな言葉を吐く資格はあるのだろうか。

 いや……本当にそれが正解なのだろうか。


「……」

「あの、師匠……」


 フランクウッドが何も言わないことに対してヒュースは焦る。

 が、彼もまた何も言えないでいる。


「心配するだろう、自主管理くらいはできるようになりなさい」

「……!」


 ヒュースを真っ直ぐ見つめ、フランクウッドは言葉を吐いた。

 それはあまりにも予想外の言葉であって、フランクウッドが実に言いそうな言葉だった。


 ヒュースは一歩後退る。


「……いや、すまない」


 先の言葉はフランクウッドが精いっぱい考えたものじゃない。

 いや、確かに考えた。どんな言葉を吐くべきか、どんな言葉なら吐けるものなのか。


 しかし、口は、心は「心配」そう口にしたのだ。


「いえ……俺の方こそ、すみません」


 それは傍から見ればあまりにも不器用な会話だった。


 しかしながら、互いに、互いのペースでお互いを見つめようとしているのだ。

 そこには不器用も何もない。


 そんな言葉で飾るのは、あまりにも無粋だろう。


「その……なんだ、最近の私は少し落ち着きがなかったみたいだ。だが……少し落ち着いたように思う。だから」


 それは誰かに励まされながら、口にすることができたように思う。


「君が話したい。そう思った時には、いつでも相談に乗ろう……もちろん、こんな私でもよければだがね」

「……」


 その不意な言葉に、ヒュースの喉奥から何かが込み上げてくる。

 しかし、それをヒュースはぐっと堪えて飲み込んだ。


 手を伸ばして、引っ込め、それでも何かを伝えたいかの様に。

 甘え慣れていない子供の様に、彼は無垢に無邪気に空っぽに――最大限に、大人ぶる。


「…………!! ありがとうございます…………」


 ヒュースは片手で頭を抱え、首を振る。


「でも、今は……」

「ああ、いくらでも待つさ。君の話は存外好きなんだ。どんなものであろうとね」


 ヒュースは目を見開いた。

 ヒュースは思う。


 何故、自分はこうも不器用なのだろうか、なぜこうも、意地を張ってしまうのだろうかと。


「ヒュース」

「……はい、何でしょう」

「あえてだ。あえて言おうか……」


 フランクウッドは言葉を濁す。月光に身を委ね、この夜闇に揺蕩いながら、たった一人の為に。


 ふと、「伝えたい」そう頭に浮かんだ言葉を重ねる。


「焦らなくていい。私も君と共に歩んでいこう。だから、少し待っていてくれ」


 壊れた街灯。それがこれでもかと言うほどに眩しく見えた。

 ヒュースにとっての恩師。その姿を鮮明に浮かび上がらせる。


 決して点くことのない、壊れた街灯がだ。


「すぐに君に追いつこう」


「……!! 俺は……俺は…………どうすれば」

「どうしなくたっていいさ」


 暗闇。それを照らすものは、必ずしも光である必要はないのだろう。

 眩しくて眩しくて仕方がない。


 そこに差し込む一つの影、そこの先に立つ人影。


 仮面がはがれそうになりながら、涙を流しそうになりながら、ヒュースは言葉を飲み込んだ。


「また今度、この気持ちについて、相談してもいいですか?」

「ああ、いつでも聞こう」



 ◇



「~♪ ♪ ~♪♪! ~…………私は何を」


 誰もいない部屋で、ディガードはいつか誰かが口ずさんでいたかのような歌を口にする。

 あまりにも覚えがないそれに、ディガードは一抹の不安を覚えるのだ。


「やめろ……止めろ……!! なさねばならぬことがあるのだ」


 痛む頭をディガードは必死に押さえつける。


「私は誰だ……なんだ……!? 何なんだ……」


 ディガードはハッと思い出したかの様に引き出しを乱雑に開ける。


 ――目標を見失うな――


「…………そうだ、私はなさねば……なさねばならぬのだ……」


 ディガードは髪を纏め、ポニーテールを作り上げる。

 そして、目元に指をそっとあて、ゆっくりと目を開いていく。


 そこに移るのは濁った死人のような目。

 それが、かつてのディガードを映し出している。


 ――パチリ。


 瞬き。刹那に瞳が切り替わる。

 傲慢なそうなそんな目だ。


「大丈夫だ。私ならできる。私にはできる。できないはずがない……そうだろう」

「……」


 そして、そんなディガードの様子を見て、ロイシアンは陰で笑う。


「フハハハハ……面白くなってきましたねぇ……ディガード様」

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